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―― 本編 ――

【010】服を脱ぐ口実

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 そんなこんなであっという間に一週間が経過した。毎日手紙のやりとりをしていたとはいえ、再び静森が家に来る日が近づくにつれ、砂月はそわそわとしてしまった。

「こ、こんなもんでいいよね?」

 朝早く起きて手で掃除をした砂月は、無駄にピカピカになった床を見る。元々綺麗だったのだが、今ではまるで新品のようだ。その後砂月はシャワーを浴びて、一緒に食べる約束をしている昼食の確認をした。生産で、既に魚の煮付けなどを作ってある。

 こうして待ち合わせの午前十時が訪れると、ドアがノックされた。

「はーい!」

 砂月が声をかけてそちらへ向かいドアを開けると、そこには微笑している静森が立っていた。シャツの上にローブといういつもの出で立ちだ。

「おはよう、静森くん。どうぞ」
「ああ」

 砂月が促すと、静森が中へと入ってきた。すぐに珈琲を用意して砂月が戻ると、ソファに座っていた静森が微笑して礼を言う。こうしてこの日も隣りに一緒に座る。

「砂月に会えない一週間は長かったが、必ず会えるという約束があるのはよいな」
「確かにフィールドだと、いつ来るか分からないもんね」
「ああ。それに今後は、会いたい時に、会いたいと言えるのだと思うと感無量だ」

 静森はそう述べて綺麗に笑うと、ゆっくりとカップを持ち上げた。

「美味い」
「ありがとう。そうだ、静森くん、あのさ」

 それを見ながら、砂月はふと思い出して尋ねる。

「伴侶クエストってあるじゃん? 結婚した後だけ、二人一緒にできるスキルクエスト」
「ああ」
「そういうのやりたい? バフのスキルとかあるんでしょう?」
「砂月がやりたいのならば、一緒にやろう」
「俺は静森くんがやりたいなら、で。やりたくないならば別に」
「俺はやりたい」
「あ、そう? じゃあ、やる?」
「そうだな。ただもう少し、ここで砂月とゆっくりしたい」
「うん。俺も静森くんと一緒に話してたい。いつでもできるしね」

 にこにこと笑いながら、二人でそんなやりとりをした。目と目が合うだけで、胸いっぱいに温かい感情と、なにやらドキドキをもたらす不思議な気持ちがこみ上げてきて、ずっとこの場にいたいと思わせられる感覚に、砂月のテンションが上がる。そうか、これが、恋なのか。人生で初めて知る驚きである。結婚からの開始となったが、自分が静森をいつから好きだったのか、最早自信が無い。ずっと好きだったような気さえしている。

「手紙で静森くんから『おはよう』って来る度に、なんだか一日が始まったって気分になったよ」
「俺も返事が来る度に、今日も同じ空の下に砂月がいるのだなと感じた」
「静森くんって結構早起きだよね」
「ああ。朝は決まって、スキルの練習をするのが日課なんだ」
「努力家! 俺なんてなんとなくノリで使ってるよ」

 静森はそれなりに玄人に思えるが、まだどの程度のガチ度なのか、砂月は知らない。スキルクエストを一緒にすれば自ずと分かるだろうと考えていた。

「臨機応変に使えるのは長所だ」
「そっかなぁ? 静森くんにそう言われると嬉しい」

 砂月の頬が緩む。照れくささもあって、ずっとにこにこしてしまう。

「砂月はどの職業スキルに力を入れているんだ?」
「一応魔術師と暗殺者だよ。静森くんは?」
「俺は魔術師だ。ただ暗殺者のスキルも上げている」
「気が合うね。やっぱり範囲職と単体火力があるとやりやすいよね」
「そうだな。素材集めでは特にそうだろうな」
「うんうん」

 砂月は頷いてから、ふと炊き出しについて思い出した。

「そういえばこの前、ふらふらしてたら、炊き出しをしているギルドがあったんだよ」
「――そうか」
「親切なギルドだなぁって思ってさ。この状況で、みんなのために何かを率先してするって、凄いことじゃないかな」

 砂月は本心からそう思いながら、言葉を続ける。

「そういうギルド、これから増えていくのかなぁ」
「増えることを俺は祈る。ログアウト不可の混乱自体も一時期よりは落ち着いてきた今だからこそ、それぞれが生活の基盤を確立できる状況が訪れるとよいと考えている」
「確かにね。今ってNPCからのクエストでも、エルスって手に入るんだっけ?」
「ああ。素材収集クエストで、エルスとツクシが手に入る事が広まってからは、だいぶ餓死者も減ったと聞く」
「ツクシはHP回復アイテムだもんね。生産スキルでも初級の茹でるでおひたしに出来るし」
「ああ」

 そんな話をしながら二人でいると、時があっという間に経過した。

「そろそろお昼ご飯にする? 煮付けの用意をしておいたんだけど」
「ご馳走になりたい」
「勿論!」

 こうして二人はダイニングテーブルへと移動した。砂月が生産品の煮付けやその他の小鉢などをテーブルに並べるのを、静森が優しい笑顔で見ている。

「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」

 静森が箸を手に取るのを、対面する席に座って砂月は見ていた。端正な唇に魚が運ばれていく。箸使いが巧みだ。静森は一口食べると、目を丸くし、それから破顔した。

「美味い。砂月は本当に料理が上手だな」
「調理スキルの賜物です」
「生産ギルドの話を少し聞いたが、生産ギルドでもカンスト者は少なかったらしいが」
「生産にも色々あるからね。生産のスキルツリーもあるし」

 にこにこしながら砂月も煮付けを食べる。練習にと昨日も同じ物を作って食べたのだが、静森と一緒に食べる方が、なんとなく美味しく思えた。

「今度来るときは何が食べたい?」
「なんでもよいというのが本心だ。砂月といられるのならば。ただそれは困らせそうな返答だという自覚があるから、肉じゃが」
「……了解! 肉じゃが作ります!」

 そんなやりとりをしながら食事を終えた後、静森が皿洗いを買って出た。砂月は任せることに決めて、それからふと奥の寝室のドアを見た。

 ――結婚したわけである。
 ――やはり、閨の営みはあるのだろうか……?
 ――セックスレスで離婚になんてなったら嫌だ。

 そのような葛藤が浮かんでくる。寝室のシーツも朝、ビシッと整えた。だが過去に誰かと深い関係になったことのない砂月は、そもそもSEXの経験もなく、さらには誘い方なんてさっぱり分からない。

 ちらりと静森に振り返ると、丁度皿洗いを終えたところだった。タオルで手を拭いている。

「ねぇ、静森くん」
「なんだ?」
「――その、実はさ、俺いつも和服アバターだけどたまには洋服もいいかなぁって迷ってるんだ。でもどのアバターにするか迷ってるから、見てくれない?」
「構わない。いくらでも付き合う」
「ありがとう! 寝室のクローゼットに入っているからついてきて!」

 と、こうして砂月は静森を寝室へと誘い、服を脱ぐ口実を得たのだった。


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