猫被り姫

野原 冬子

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3、王太子と護衛騎士

月下の道行き

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 月明かりに照らされた王宮内苑の回廊を、5つの人影が移動していた。


 先導するのはベテラン王宮執事のエリオット、次に先王ヘンリとクリスティアナが並んで歩き、その後ろにラウルと、ヘンリ腹心の護衛騎士ブライアンが続く。

 王宮内苑で最も大きな正宮殿の中心にある国王の執務室を出た一行は、王家式典用施設のある東宮殿に向かっていた。

 クリスティアナがエリオットに案内を願ったのは『明星の間』だった。まさか、先王とその腹心の護衛にまで付き添われるとは思っていなかったのだけど。

ヘンリに笑顔で押し切られて、5人でこの隊列を組むことになった。




「わざわざ庭園へなど回らずとも、正面から堂々と入場してしまえ。わしのエスコートだ、誰にも文句は言わせんぞ?」

ヘンリがしれっと言う。

「それはもう大騒ぎになりますよね?」
クリスティアナが渋い顔で応じた。



「なるだろうが、夜会が混乱すれば王太子は喜ぶな」
顔を顰めるクリスティアナに、ヘンリは悪い笑顔になる。

「あやつはな、妃を自分で選ぶ気がないのだ」
そう言って、くつくつと笑った。


「今宵は元々別の趣向の夜会を開いてジョエル卿一家を招き出し動きを制す予定だった。王と示し合わせ秘密裏に進めておったのだが、敏い王妃が嗅ぎつけてな。自分が主催を請け負うから、王妃と王太子の執務を肩代わりしろと、それはそれは美しく笑った」

「・・・王妃様が?」

 グリンガルドの侯爵位継承の義に王妃の助力もあったのなら、何かしら考慮しなければならないだろう。クリスティアナが考える素振りを見せると、それをヘンリが遮った。

「問題ない。王妃は、成された侯爵位継承の義には一切関与しておらんし、暴こうともしておらん。ただ、好機と見極め乗っただけだな。こちらからはキッパリと目をしらし、嬉々として王太子妃選びの夜会を用意した」

「・・・そんな夜会に乱入したら、王妃様に恨まれるのでは?」
「半々といったところか。試してみるのも面白かろう?」

楽しそうなヘンリに、クリスティアナは半眼になる。

「冗談ではありません。王妃様を敵に回すような所業は極力避けて通りたい所存です」

「賢明ではある。が、お前ならあの王妃とも渡り合えると思うぞ?」
「渡り合う必要がございません」
「ふむ、それは残念」


面白がる先王に、クリスティアナは苦笑を禁じ得ない。


「お気持ちは嬉しく存じます。しかし、当家王都侯爵代理にかかる嫌疑は複数ありまして、一網打尽に、綺麗さっぱりと取り払わねばなりません。今宵の夜会でヘンリ様の御威光をお借りして代理を踏み潰すのは容易かと思われますが、得策ではございません」

ふとヘンリの態度が冷え、視線にも底光りするような鋭さが加わった。
「オーウェンがあのボンクラ嫡子を排除せずに他界した理由は?」


それを、クリスティアナは迷いのない夜空を映したような静かな瞳で受け止める。
「ございます。それも含めて、からなずや一網打尽にいたします」


「後日、必ず無事を報告せよ」
「御意。明日で決着がつきましょう。明後日以降、なるべる早い時期に我がグリンガルドのロングギャラリーにお招き致します」

利き手を胸に当て腰を折る。騎士の礼をとったクリスティアナに、ヘンリが目を細めた。



「・・・似ておるな。お前の祖父に」

懐かしげな、それでいて寂しげで、でも嬉しげな。
複雑な声音だった。

クリスティアナは顔を上げて、嬉しげに、でも少しだけ寂しさを滲ませて笑う。

「髪の色も目の色も、祖父のものを継ぐことはできませんでした。きっと年を取れば、この薄い色の髪にも銀の霜が降り晩年の祖父に似るのでは、と今から心待ちにしております」

「お前の顔立ちは若い頃のオーウェンに似ておるよ。だが、見た目よりも、心のあり様が正にあいつ譲りだな。言うことなす事が、清々しいまでに太々しい」

「それは、まさか、私、褒められています?」
「もちろんだとも」

困った顔で肩をすくめるクリスティアナに、ヘンリが、今度は心底楽しそうな笑みを刷いた。









「はっ 新侯爵はとんだお転婆だな」

ヘンリは呆れと同情を混ぜ込んだ目で、グリンガルド最強の騎士を見た。


クリスティアナは、文字通り飛んだ。

庭園の茂みの中から飛び上がり2階のテラスにヒラリと身軽に着地して、光の中へ吸い込まれて行った。

もちろん、最高級の絹のドレスを身に纏ったままで。

風を孕んで膨らみひらめいたドレスから白い足がのぞけそうになって、エリオットは咄嗟に主ヘンリと自分の目を塞ぎ、ヘンリの腹心ブライアンも機敏に顔を背けた。

ラウルは、テラスを背に膝をつき、組んだ両手にクリスティアナの片足を受けて身体を上に投げ上げる役割を押し付けられていたから、角度的に安泰だったけれど。



「・・・護身術は私が教えました」
立ち上がり膝の土を払うラウルの表情は、達観も極まった無の境地に至っている。

ラウルを見るヘンリの瞳の同情の色が深まった。

「まぁ、身を守る術に長けておるのは、よいことではある。・・・が、しかし、『大勢の人が載っている広間の床を見分したい』というだけで、ここまでするものか?」


「・・・ご覧の通りです」

ラウルが、少しだけ視線を逸らした。
そして、ヘンリはそれを見逃さない。
どうやら主従の間では了解済みの目的がもう一つあるようだ。

「レオナルドか?」
短く指摘すると、

「・・・さて」と、曖昧に答えて逃げようとするラウルの首根っこを視線で押さえるように、ヘンリは目を眇めた。

「オーウェンは、次男が家を離れるのを止めなんだ。が、籍をうっかり抜き忘れていたようだったな」

「・・・・・」
ラウルは口を引き結んで地面に視線を落とす。

主は、クリスティアナただ一人であり、それは何人に対しても優先する。旧知の仲であろうが、尊敬する伯父の友人であろうが、先王であろうが、だ。当主の許しなく侯爵家の企てや秘密を明かす訳にはいかない。


ヘンリはラウルの覚悟をみてとって、静かに「話さずともよい」と、頷いた。

「孫が成人するまでに片付けるはずのものだったのだろうな。・・・まぁ、ワシも色々無理をさせた自覚はあるが。少し逝くのが早すぎたのだ、あの馬鹿は」

目を伏せてほろ苦く寂しげな独白を溢し、次にクリスティアナの消えたテラスに視線を投げる。

「あれの後継など、並大抵の覚悟では務まるまい。しっかり支えてやれ」


「この命に代えましても」

穏やかな先王ヘンリの視線と声音に、ラウルは利き手を胸に当て跪く最敬礼で応じる。

「グリンガルドの寄木張りに立つのは久しぶりだ。終わったら、さっさと招待してくれ。あいつの魔力の残滓とやらが消えぬうちに、魔女と示し合わせて美味い酒を持って行く」


ヘンリは、くくっと、押し殺した笑い声をラウルの背中に落とすと、糟糠の執事と腹心の騎士に目配せをして、『明星の間』の庭の茂みの中から立ち去った。


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