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3、王太子と護衛騎士
うんざり王太子
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艶やかな金色の髪が、巨大なシャンデリアの灯りを反射し煌めいている。碧羅の空を写したような深く明度の高い宝石眼は、見るものの心を一瞬で奪うほどに美しい。
王宮内苑では3番目に広い『明星の間』の上手、夜会を主催する王族席のソファーに、紫紺のベルベット生地に白金の肩飾りのある王国軍魔術師団最高位の正装を優雅に着こなした美貌の青年が、長い足を組んで座っていた。
いま、会場に咲く色とりどりの花々、王妃エリーゼの招待を受けた17歳以上20歳未満の伯爵家以上の家格を持つ令嬢たちの熱い視線を一身に集めているのは、アルタイル王国の王太子アルフレッド・アルタニッシュだ。
今年の夏で20歳になる。
が、彼は未だ婚約者を決めていなかった。
17歳で王立貴族学園を主席で卒業した後、王妃の母国であるヴァルド王国最高学府魔道学院の編入試験を受けて最終四回生選抜クラスに合格、そちらも優秀な成績で卒業した。その学歴を引っ提げ18歳で王国軍魔術師団に入団、現在は王太子でありながら師団長も兼任している。
文官肌の現国王ウィリアムよりも国民の支持を集めているといっても過言ではない。闇堕ドラゴン討伐の実績もあって、特にちびっ子人気では他の追随を許さない。
威信と強さで国内外に知れ渡る、光り輝く金色のヒーロー、それがアルタイル王国王太子のアルフレッドだ。
そんな完全無敵のヒーローなのだけど、、、
モテモテの選びたい放題だったにもかかわらず、学生時代は魔術の研鑽を、成人後は王太子の執務と魔術師団の仕事を理由に、己の伴侶選びを後回しにし続けてきた。そのツケを、まるっと一括して支払わされているのが、まさに今だ。
麗しく神々しいまでに美しい笑顔の裏で、アルフレッドは心の底からうんざりしていた。
会場に集められた御令嬢と付き添い人の、挨拶と軽い応答は全て捌き切った。合計30組だ。よくもこんなに集めてくれたものだ。
アルフレッドは、チラリと自分の座らされている中央から少しズレた位置にある長椅子にゆったりと座る、艶やかな黒髪に紫水晶の瞳を持つ王妃エリーゼを盗み見た。
母の気に入る令嬢であれば誰でも構わないと言っているのに。
普通に仕事ができて会話が成り立つ人材であれば、誰でもいい。婚姻後に関係を構築してゆけばいいと割り切っている。
清楚で凛とした白百合のような見た目に反して、真っ黒な腹黒で時々目の覚めるような苛烈さを発揮する曲者王妃との嫁姑関係の方が、未来の王家の安寧のためにははるかに重要だとアルフレッドは考えていた。
妃選びの夜会など、時間の無駄でしかない。
「私はもう退がってもよいのでは?」
和やかな笑みを浮かべる口元からは想像もできないほどに冷たい、氷の礫のような呟きを背後の護衛騎士にだけ拾えるように溢す。
「退場の許可は王妃様にお取りください」
護衛専用の鉄面皮を貼り付けたまま素っ気なく応じたのは、王太子護衛騎士隊長レオナルド・ウッズワーズ。
柔らかく波打つ月色の髪にエメラルドの瞳を持つ四十絡みの壮年の騎士は、穏やかな雰囲気のある長身の美丈夫だ。隣国ヴァルドへの留学にも帯同した側近の一人で、王太子の剣術の師匠でもある。
ツレない側近にチッと心の中で舌打ちをしてから、アルフレッドは念入りに笑顔の光度を上げて母に向き直った。
「母上、交流もひと通り終えたことですし、そろそろ私は執務に戻るべきかと思うのですが?」
「まぁ、なんて往生際の悪い。本日の貴方の執務は先王ヘンリ様と国王陛下が、お引き受け下さっています。お2人のお手を煩わせているというのに。しっかりお励みなさい」
静かで穏やかな声音を美しい微笑みに乗せてくる母の目は、少しも笑っていなかった。
「釣書や評判だけで人柄は判断できないでしょう? 百聞は一見に如かずというではありませんか。気になる令嬢をダンスに誘うくらいのこと、してもバチは当たりませんよ?」
「では母上が気に入った令嬢を教えて下さい。その方をダンスに誘い、求婚します」
ほんの少しだけ、微かに、ちょっぴりとだ、目を眇めて言ってみたところ、
「私は、王太子がマザコンだなんて陰口は、絶対に叩かれたくないの」
笑顔の母の全身から、じわりと冷たい威圧が滲み出た。
「あなたの妃を選ぶのです。他力本願は許しません」
スッと笑顔を消した王妃の視線に、ぞくっと背中を悪寒が駆け抜け自ずと背筋がピンと伸びる。
「さあ、いつまでもぐずぐず座ってないでお行きなさい」
パチンと閉じられた扇子ですっと会場を指し示されて、アルフレッドは会場に顔を向けざるおえなくなった。
「・・・マザコン王太子とは」
背後の護衛騎士が思わずのように漏らした呟きに背中を押され、アルフレッドは立ち上がる。
母は、『マザコンと噂されたくなければ行け、行かなければ、己の妃さえ母に選んでもらうマザコン王太子だと噂を流すぞ』と言っているのだ。
「未来の国王だぞ、やれるものならやってみろ」なんて口が裂けても言ってはいけない。絶対にダメだ。アルフレッドは知っている。そんな口答えをしたら、マザコン王太子確定だ。
・・・完全無敵という評判も、過ぎたるは及ばざるの原理で信憑性に欠けるかもしれない。少しくらい遊び的な隙はあったほうが親近感を得られるのでは、と考えたことはなくはない、が。
・・・マザコン王太子?
それはちょっと、嫌すぎるぞ?
うん。
冗談じゃない。
陽光の輝きを放つ美貌の王太子が立ち上がり、主催者席のある壇上から広間の中央へ足を向けると、にわかに会場が色めき立った。
ナムサン・・・
アルフレッドは、いつかどこかの本で読んだ異国の呪文を心の中で唱え、令嬢の海に飛び込んだ。
王宮内苑では3番目に広い『明星の間』の上手、夜会を主催する王族席のソファーに、紫紺のベルベット生地に白金の肩飾りのある王国軍魔術師団最高位の正装を優雅に着こなした美貌の青年が、長い足を組んで座っていた。
いま、会場に咲く色とりどりの花々、王妃エリーゼの招待を受けた17歳以上20歳未満の伯爵家以上の家格を持つ令嬢たちの熱い視線を一身に集めているのは、アルタイル王国の王太子アルフレッド・アルタニッシュだ。
今年の夏で20歳になる。
が、彼は未だ婚約者を決めていなかった。
17歳で王立貴族学園を主席で卒業した後、王妃の母国であるヴァルド王国最高学府魔道学院の編入試験を受けて最終四回生選抜クラスに合格、そちらも優秀な成績で卒業した。その学歴を引っ提げ18歳で王国軍魔術師団に入団、現在は王太子でありながら師団長も兼任している。
文官肌の現国王ウィリアムよりも国民の支持を集めているといっても過言ではない。闇堕ドラゴン討伐の実績もあって、特にちびっ子人気では他の追随を許さない。
威信と強さで国内外に知れ渡る、光り輝く金色のヒーロー、それがアルタイル王国王太子のアルフレッドだ。
そんな完全無敵のヒーローなのだけど、、、
モテモテの選びたい放題だったにもかかわらず、学生時代は魔術の研鑽を、成人後は王太子の執務と魔術師団の仕事を理由に、己の伴侶選びを後回しにし続けてきた。そのツケを、まるっと一括して支払わされているのが、まさに今だ。
麗しく神々しいまでに美しい笑顔の裏で、アルフレッドは心の底からうんざりしていた。
会場に集められた御令嬢と付き添い人の、挨拶と軽い応答は全て捌き切った。合計30組だ。よくもこんなに集めてくれたものだ。
アルフレッドは、チラリと自分の座らされている中央から少しズレた位置にある長椅子にゆったりと座る、艶やかな黒髪に紫水晶の瞳を持つ王妃エリーゼを盗み見た。
母の気に入る令嬢であれば誰でも構わないと言っているのに。
普通に仕事ができて会話が成り立つ人材であれば、誰でもいい。婚姻後に関係を構築してゆけばいいと割り切っている。
清楚で凛とした白百合のような見た目に反して、真っ黒な腹黒で時々目の覚めるような苛烈さを発揮する曲者王妃との嫁姑関係の方が、未来の王家の安寧のためにははるかに重要だとアルフレッドは考えていた。
妃選びの夜会など、時間の無駄でしかない。
「私はもう退がってもよいのでは?」
和やかな笑みを浮かべる口元からは想像もできないほどに冷たい、氷の礫のような呟きを背後の護衛騎士にだけ拾えるように溢す。
「退場の許可は王妃様にお取りください」
護衛専用の鉄面皮を貼り付けたまま素っ気なく応じたのは、王太子護衛騎士隊長レオナルド・ウッズワーズ。
柔らかく波打つ月色の髪にエメラルドの瞳を持つ四十絡みの壮年の騎士は、穏やかな雰囲気のある長身の美丈夫だ。隣国ヴァルドへの留学にも帯同した側近の一人で、王太子の剣術の師匠でもある。
ツレない側近にチッと心の中で舌打ちをしてから、アルフレッドは念入りに笑顔の光度を上げて母に向き直った。
「母上、交流もひと通り終えたことですし、そろそろ私は執務に戻るべきかと思うのですが?」
「まぁ、なんて往生際の悪い。本日の貴方の執務は先王ヘンリ様と国王陛下が、お引き受け下さっています。お2人のお手を煩わせているというのに。しっかりお励みなさい」
静かで穏やかな声音を美しい微笑みに乗せてくる母の目は、少しも笑っていなかった。
「釣書や評判だけで人柄は判断できないでしょう? 百聞は一見に如かずというではありませんか。気になる令嬢をダンスに誘うくらいのこと、してもバチは当たりませんよ?」
「では母上が気に入った令嬢を教えて下さい。その方をダンスに誘い、求婚します」
ほんの少しだけ、微かに、ちょっぴりとだ、目を眇めて言ってみたところ、
「私は、王太子がマザコンだなんて陰口は、絶対に叩かれたくないの」
笑顔の母の全身から、じわりと冷たい威圧が滲み出た。
「あなたの妃を選ぶのです。他力本願は許しません」
スッと笑顔を消した王妃の視線に、ぞくっと背中を悪寒が駆け抜け自ずと背筋がピンと伸びる。
「さあ、いつまでもぐずぐず座ってないでお行きなさい」
パチンと閉じられた扇子ですっと会場を指し示されて、アルフレッドは会場に顔を向けざるおえなくなった。
「・・・マザコン王太子とは」
背後の護衛騎士が思わずのように漏らした呟きに背中を押され、アルフレッドは立ち上がる。
母は、『マザコンと噂されたくなければ行け、行かなければ、己の妃さえ母に選んでもらうマザコン王太子だと噂を流すぞ』と言っているのだ。
「未来の国王だぞ、やれるものならやってみろ」なんて口が裂けても言ってはいけない。絶対にダメだ。アルフレッドは知っている。そんな口答えをしたら、マザコン王太子確定だ。
・・・完全無敵という評判も、過ぎたるは及ばざるの原理で信憑性に欠けるかもしれない。少しくらい遊び的な隙はあったほうが親近感を得られるのでは、と考えたことはなくはない、が。
・・・マザコン王太子?
それはちょっと、嫌すぎるぞ?
うん。
冗談じゃない。
陽光の輝きを放つ美貌の王太子が立ち上がり、主催者席のある壇上から広間の中央へ足を向けると、にわかに会場が色めき立った。
ナムサン・・・
アルフレッドは、いつかどこかの本で読んだ異国の呪文を心の中で唱え、令嬢の海に飛び込んだ。
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