上 下
6 / 30
piece2 剛士の翌日――崩れゆく努力の証

谷との面談

しおりを挟む
既読だけが付けられ、返ってくることのないメッセージ。

剛士は、自嘲の笑みを浮かべる。
当たり前だ。
返事など、ある筈がない。
彼女は、あんな目に遭わされていたのだから。

傷つけられ、痛めつけられ、心も身体も、ボロボロに踏み躙られた。
恐怖と絶望が群がるあんな場所に、彼女をたったひとりで、放り込ませてしまった。


カンナが口にした、自分への歪んだ思い。
ユタカの言った、自分とバスケ部への感情。
自分に向かう筈だった怨み、憎しみ、全てのものが、悠里に向かってしまった。


ユタカの嘲笑が聞こえる。
『可愛いかったぜー? 『ゴウさん、ゴウさん』って。必死でお前に助けを求める、あの子』

恐怖と絶望のなか、彼女は自分を呼んでくれていた。
必死に、助けを求めていた。

それなのに、間に合わなかった。
助けてあげられなかった……


『いやっいやああ! やめ、やめて!』
剛士の脳裏に、昨日の悠里が鮮烈に蘇る。

剛士が背に触れた瞬間、悠里は悲痛な叫びをあげた。
『来ないで!いや! 怖い! 怖いよぉっ』
絶望に喘ぎながら、それでも必死に逃げようと、エリカの腕の中で暴れ出した。

恐怖に塗り潰された目が、一瞬、剛士を向いた。
けれどその瞳が、いつものように剛士を映し、認めてくれることはなかった。
引き攣れた声で。残った力を振り絞って。
彼女は、ただただ必死に、恐怖に抗い続けた。


いつも、ニコニコと優しい微笑みを浮かべてくれる悠里。
『ゴウさん』
柔らかな声で、自分を呼んでくれる悠里。


『いやああっやめてっ……やめ、て……っ』
そんな彼女が、ガタガタと震えながら、息も絶え絶えに泣き叫んでいた――


あの動画はきっと、絶望の、ごく一部。
悠里が、どれほどの激しい暴力と辱めに晒されていたのか、計り知れない……


剛士は目を閉じ、頭を抱える。
自分は彼女のために、一体どんな償いができるというのだろう。

せめて、自分に罰を与えて欲しい。
苦しませて。どうか痛めつけて。
何をしても、彼女の感じた恐怖と絶望には、遠く及ばないのだから。


***


ドアが、ノックされた。
剛士は応えなかったが、そっと身を起こし、椅子に座り直す。
ここは生活指導室だ。ノックの主の予想はついていた。

「――入るぞ、柴崎」
いつもとは違う、静かな声がして、谷が部屋に入ってきた。
壁に付けるように設置されたテーブルと、向かい合わせに置いた2脚の椅子。
剛士は、右側の椅子に腰掛けたまま、黙って谷を迎える。

「驚いたぞ。まさかの休日出勤だ」
勇誠学園では、争いごとが起きた際は必ず、生活指導教諭が双方の事情聴取を行う決まりがあった。

谷は向かいの席ではなく、剛士の傍らに立ち、テーブルに手を置いた。
そうして、いつもの明るく豪傑な調子ではない、厳かな声音で問う。
「何があった、柴崎?」


剛士は谷から顔を背けるように、右肩と頭を壁にもたせかけた。
答える気はないと言わんばかりの態度に、谷は眉間に皺を寄せる。

「……柴崎。黙秘はお前の為にならんぞ? お前のやったことは紛れもない、暴力だ。それなりの事情を説明して貰わんと、厳しい措置を取る可能性も出てくる」


厳しい措置。
バスケ部からの、除名処分。

あるいは、島流しか―― 

剛士は、乾いた笑いを零した。
「……いいんじゃね? 別に」


退学という措置を行わない勇誠学園として、最も厳しい措置は、離島にある全寮制の分校への転校である。
大きな問題を起こした生徒が送り込まれる学校で、校内の生活はもちろん、寮でも教師の厳しい監視がつく。

分校の教師は、生徒の性根を鍛え直すための精鋭揃いだという噂だ。
生徒間では『島流し』と揶揄され、恐れられている懲罰となる。


――いいかも知れない。

剛士は、そう思った。
分校に行って、信頼も、バスケ部も仲間も、何もかも失ってしまえば。

少しは、償いになるだろうか……


バスケ部の同級生、後輩、卒業した先輩たち。
副キャプテンとして自分を支えてくれる、健斗の顔が頭をよぎった。

剛士は痛みを堪えるために、ぎり、と歯を食いしばる。
我知らず、脚の上で固く組んだ両手が、震えていた。


――当然だ。
悠里を救えず、あれだけの目に遭わせたのだから。
自分は、罰を受けなければ……


剛士の脳裏に次々と、カンナとユタカの声が蘇る。

カンナは悠里を指差し、笑った。
『この女は私から、剛士くんを奪った。当然の報いよ』

『コイツに、制裁を加えることができた。私を見てくれなかった、貴方の心にも。一生消えない、私の傷をつけることができた』


ユタカは、せせら笑った。
『……効果的だったから』

『悠里ちゃんが、丁度よかったんだよ、お前への嫌がらせにさ。深い意味なんて無いよ別に』


カンナの言葉、ユタカの言葉。
それから、悠里と繋がるきっかけとなった、彼女のストーカーの言葉が。
ふいに剛士の記憶の中から、鮮明に思い出された――


自分と同じ、勇誠学園の2年生だった、悠里のストーカー。

『お前のせいだ! お前が悠里ちゃんに近づかなかったら、オレタチは電話も手紙も……あんな手荒なこともしなかった! 遠くから見てるだけで充分だったんだ!』

『お前が悠里ちゃんを盗ったからだぞ! お前のせいだ全部!! お前さえいなければ――!!』


剛士は、悠里を傷つけた人間たちから投げつけられた言葉を、ひとつひとつ、反芻した。


ふっと、ひとつの事実に思い当たる。
彼らが、悠里に危害を加えた原因。

それが全て、自分であることに。


――俺のせい。
悠里を傷つける事件が起こったのは。

俺が、悠里に関わってしまったこと。
俺が、悠里を好きになったせいなのか。

じゃあ、俺さえいなくなれば。
悠里はもう、傷つけられなくて済むのかな……


だったら、分校に行ってもいいな、と剛士は思う。
約束を守れなかった。
悠里を、守れなかった。
それどころか、原因になったのが、自分だった。

自分はもう、彼女の傍にいる資格など、無いのかも知れない――


悠里は、自分のことよりも周りの人間の心配ばかりする子だから。
剛士が分校に行ったと知れば、ショックを受けてしまうだろうか。

そうならないように、拓真にフォローをお願いしよう。
俺は、自分の意志で分校に行ったのだと、拓真から伝えて貰おう。

自分は静かに、あの子の前から消えてしまえばいい。
そうすればもう、自分に関わる誰かが、彼女を傷つけることもない――


ぼんやりする頭で、剛士は、そんなことを考えていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

R18 溺愛カレシと、甘い甘いエッチ♡ オトナの#秒恋 〜貴方と刻む、幸せなミライ〜

ReN
恋愛
♡R18 ラブラブな2人の激甘エッチ短篇集♡ 愛溢れる幸せなエッチ短篇集♡ 互いを思い合う、2人の気持ちが伝わりますように。 本編 #秒恋(学園ものラブコメ)もよろしくお願いします! ・第1章は、2人の初エッチ♡ 前半は、2人で買い物をしたりお料理をしたりする、全年齢OKの甘々エピソード。 後半は、愛し合う2人の、初めてのエッチ♡ 優しい言葉をかけられながら、たくさん愛される、R18エピソードです。 ・第2章 初エッチから、2週間後の2人。 初めて、舌でイかされちゃったり、愛の証をつけられちゃうお話♡ ・第3章 まだまだ初々しい悠里。 でも、だんだん剛士に慣らされて? 無意識に、いやらしく腰を振っちゃう可愛い悠里に、夢中になってしまう剛士のお話♡ ・第4章 今回は、攻守交代。 クラスメイトと、彼の悦ばせ方の話をした悠里は、剛士に「教えて?」とおねだり。 剛士に優しく教えられながら、一生懸命に彼を手とお口で愛してあげる…… 健気でエッチな悠里、必見♡ ・第5章 学校帰り、初めて剛士の家にお呼ばれ♡ 剛士の部屋で、剛士のベッドで組み敷かれて…… 甘い甘い、制服エッチ♡ ・第6章、11/18公開! いわゆる、彼シャツなお話♡ 自分の服を着た悠里に欲情しちゃう剛士をお楽しみください♡ ★こちらは、 #秒恋シリーズの、少し未来のお話。 さまざまな試練を乗り越え、恋人になった後の甘々ストーリーになります♡ 本編では、まだまだ恋人への道のりは遠い2人。 ただいま恋の障害を執筆中で、折れそうになる作者の心を奮い立たせるために書いた、エッチな番外編です(笑) なので、更新は不定期です(笑) お気に入りに登録していただきましたら、更新情報が通知されますので、ぜひ! 2人のなれそめに、ご興味を持ってくださったら、 本編#秒恋シリーズもよろしくお願いします! #秒恋 タグで検索♡ ★1 『私の恋はドキドキと、貴方への恋を刻む』 ストーカーに襲われた女子高の生徒を救う男子高のバスケ部イケメンの話 ★2 『2人の日常を積み重ねて。恋のトラウマ、一緒に乗り越えましょう』 剛士と元彼女とのトラウマの話 ★3 『友だち以上恋人未満の貴方に甘い甘いサプライズを』 2/14バレンタインデーは、剛士の誕生日だった! 親友たちとともに仕掛ける、甘い甘いバースデーサプライズの話 ★4 『恋の試練は元カノじゃなく、元カノの親友だった件』 恋人秒読みと思われた悠里と剛士の間に立ち塞がる、元カノの親友という試練のお話 2人の心が試される、辛くて長い試練の始まりです… よろしくお願いします!

彼女のお母さんのブラジャー丸見えにムラムラ

吉良 純
恋愛
実話です

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜アソコ編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとエッチなショートショートつめあわせ♡

私の大好きな彼氏はみんなに優しい

hayama_25
恋愛
柊先輩は私の自慢の彼氏だ。 柊先輩の好きなところは、誰にでも優しく出来るところ。 そして… 柊先輩の嫌いなところは、誰にでも優しくするところ。

#秒恋4 恋の試練は元カノじゃなくて、元カノの親友だった件。

ReN
恋愛
恋人同士まで、秒読みだと思っていたのに―― 思いを伝え合った悠里と剛士。 2人の間に立ち塞がったのは、剛士の元カノ・エリカ――ではなかった。 悠里に激しい敵意をぶつけてくるのは、エリカの親友・カンナ。 カンナは何故、悠里と剛士の仲を引き裂こうとするのか。 なぜ、悠里を追い詰めようとするのか―― 心を試される、悠里と剛士。 2人の辛くて長い恋の試練が、始まる。 ★こちらは、シリーズもの恋愛小説4作目になります。 ・悠里と剛士は、ストーカー事件をきっかけに知り合い、友だち以上恋人未満な仲 ・2人の親友、彩奈と拓真を含めた仲良し4人組 ・剛士には元カノに浮気された経験があり、心に傷を抱えている ★1作目 『私の恋はドキドキと、貴方への恋を刻む』 ストーカーに襲われた女子高の生徒を救う男子高のバスケ部イケメンの話 ★2作目 『2人の日常を積み重ねて。恋のトラウマ、一緒に乗り越えましょう』 剛士と元彼女とのトラウマの話 ★3作目 『友だち以上恋人未満の貴方に、甘い甘いサプライズを』 剛士の誕生日を、悠里と親友2人でサプライズお祝いする話 ラブコメ要素強めの甘い甘いお話です ★番外編 R18 『オトナの#秒恋 心が満たされる甘い甘いエッチ♡〜貴方と刻む幸せなミライ〜』 本編#秒恋シリーズの少し未来のお話 悠里と剛士が恋人同士になった後の、激甘イチャラブHな短篇集♡ こちらもぜひ、よろしくお願いします!

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

両隣から喘ぎ声が聞こえてくるので僕らもヤろうということになった

ヘロディア
恋愛
妻と一緒に寝る主人公だったが、変な声を耳にして、目が覚めてしまう。 その声は、隣の家から薄い壁を伝って聞こえてくる喘ぎ声だった。 欲情が刺激された主人公は…

処理中です...