#秒恋2 2人の日常を積み重ねて。〜恋のトラウマ、ゆっくりと乗り越えよう〜

ReN

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piece6 未来への欠片

来年の9月

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その楽器店は、駅前の大通りから少し脇道に逸れた場所にあるという。

「結構古いバンドのスコアだから、なかなか無くてな」
道すがら、剛士が説明する。
「楽譜を置いてる店に片っ端から問い合わせして、見つけたんだ」
「そうだったんだ」

「あいつを今日連れてく予定だったんだけど、せっかくだからプレゼントしようと思って」
剛士が微笑を浮かべた。

日頃は鋭い印象の強い彼の瞳が、柔らかく輝いている。
そんな剛士の表情を見て、自然と悠里の心も暖かくなる。

「拓真さん、きっと喜んでくれるね!」
「うん。今日をお前とのデートに譲ってもらったから、お礼にちょうどいいよな」

剛士がさらりと口にした、デートという言葉に、悠里の胸が跳ね上がる。
にわかに昨日のやり取りが思い出され、悠里は頬を染めた。

「……俺は、デートのつもりだけど」
それを見た剛士が、昨日と同じように挑発的な微笑を浮かべて悠里を覗き込んだ。
「違ったか?」

悠里は声も出せず、ただ優しい切れ長の瞳に惹き込まれていく。

「弟に、俺のこと彼氏じゃないって、きっぱり否定してたもんな」
剛士の方は悪戯っぽく笑い、楽しそうに囁く。

弟とのやり取りを口にされ、悠里は慌てて口をパクパクさせた。
「あの、違うんです、あの」
「ちょっと、傷ついた」
「ご、ごめんなさい!」

「冗談だよ」
剛士が声をあげて笑い出す。
「……これからだよな?」
「え?」
予想だにしない言葉に、ついに悠里は耳まで真っ赤になってしまう。

「お前って本当、すぐ赤くなるよな」
剛士の大きな手が、悠里の髪を撫でた。
「可愛いな」

その温もりが、甘やかに彼女の心を掴む。
剛士が彼女の顔を覗き込み、微笑んだ。
彼の真っ直ぐな瞳に射抜かれ、悠里は息が止まりそうになる。

「ゴウさん……」
2人きりの今日。気がつけば、どんどん距離が詰められていく。
自分はこれから、どれくらい剛士にドキドキさせられてしまうのだろう。

「心臓が、もたないよ……」
真っ赤な顔のまま悠里が呟くと、剛士は笑いながらもう一度、彼女の髪をぽんぽんと撫でた。
「ゆっくりでいいから、慣れてな」


目的の楽器店は、こじんまりとした古い店だった。
重い扉を押し、2人は足を踏み入れる。
様々な形や色合いのギターが飾られたショーケースに出迎えられた。
店内は、独特の神聖な空気に包まれている。

「いらっしゃい」
奥から店主らしき白髪の男性が、顔を出した。
暖かい笑顔が印象的だった。

「電話をした、柴崎です」
剛士が会釈した。
「ああ、待ってたよ」
店主の笑顔が大きくなる。

「はい、このバンドスコアだね」
分厚い楽譜を手に、店主が言う。
「良いバンドだよね。でも、よく知ってるね。もう20年も前に解散したのに」
君、まだ生まれてなかったでしょ、と店主は笑った。

「ギターをやってる友だちが、このバンドが好きなんです」
剛士も笑みを浮かべて応える。
「このバンドのギタリストが、憧れだそうです」
「ご友人、いいセンスしてるね。このギターは上手いし、良いフレーズが多い」
楽しそうに店主は笑う。

初対面の店主と、和やかに会話を進める剛士。
落ち着いた声音と、適度な親しみが込められた話し方に、悠里は感心する。
またひとつ、彼の新しい表情を見た気がした。

「君は、何かやってないの?」
「僕は学園祭で、その友だちと組んで歌うくらいですね」
「へえ!ボーカルさんかあ」
店主は笑った。

「いいね。今度バンドやるときは知らせてよ。観てみたい」
「次回はきっと、このバンドスコアからやると思います」
買ったばかりの楽譜を掲げ、剛士も微笑する。

「がんばってね!」
「今度、友だちも連れてきます」
「待ってるよ」
店主は、ニコニコと店の扉まで送ってくれた。


「ありがとな、悠里」
歩きながら、剛士が微笑んだ。
「よかったね!」
悠里もにっこり笑ってみせる。

そして、店主とのやり取りで聞いたことを尋ねた。
「ゴウさん、歌うの?」
「学祭の出し物でな」
「観たい!」
「次にやるのは、来年だけどな」
剛士は笑った。
「ウチの学祭は9月だから、観に来いよ」

来年の9月。

少し遠い未来の約束を剛士から提示してくれたことが、嬉しかった。
悠里は微笑んで、大きく頷いた。
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