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piece6 未来への欠片
薄い隔たり
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「ごめんなさい……」
弟との恥ずかしいやり取りを見られてしまい、自然と悠里の声は沈んでしまう。
しゅんと肩を落とした悠里に、剛士が微笑んで応える。
「お前の意外な一面が見られて、面白かった」
「意外な、一面?」
恥ずかしさを消せないまま、悠里は小さな声で聞き返す。
「お前はいつも、礼儀正しいイメージだったからさ」
彼の返答に、そんなふうに思われていたんだと、悠里は驚く。
「初めて会ったとき、ただ傘に入れただけなのに、お辞儀して名前まで名乗っただろ。すごい丁寧な子だなって、驚いたんだ」
そこで、堪えきれなくなったのか、剛士が笑い出した。
「それが、家の前で弟とケンカだもんな」
「うぅ……」
恥ずかしさのあまり、悠里は俯く。
「面白かった。というか、嬉しかった」
「え?」
「新しいお前を、見られた」
剛士が優しく微笑み、悠里の顔を覗き込んだ。
その暖かい瞳に、悠里の心は甘やかに高鳴る。
彼の存在を急速に、間近に感じた。
「俺たち、知り合ってから殆ど毎日一緒にいるけど……始まりは、あんな感じだったからさ」
悠里の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩きながら剛士は言う。
「だから、これからはたくさん、お前と日常を過ごしてみたいんだ」
「ゴウさん……」
剛士が、優しい声で呟いた。
「悠里のこと、もっと知りたい」
剛士の瞳が、真っ直ぐに自分を見つめていた。
心が、喜びと恥ずかしさに翻弄され、浮き足立つ。
その熱に浮かされたまま、悠里は反射的に答えた。
「私も。私も、ゴウさんのこと、もっと知りたい……」
剛士が柔らかく微笑み、悠里の髪をそっと撫でた。
普段、彩奈や拓真といるときには、こんなふうに触れられることはない。
今日は、いつもと違う日になる。
悠里の心臓はドキドキと跳ね上がった。
剛士と2人きり。
友だちという関係から、ひとつ、踏み出せるような気がした。
「ゴウさんって、有名なんだね」
街をぶらつく前に早めのランチをしようと、2人は駅前のカフェに入っていた。
向かいの剛士を見つめ、悠里は言った。
同じバスケ部とはいえ、中学生の悠人が彼のことを知っていたのは、驚くべきことだ。
「ウチは、練習試合だけでなく、普段の練習も公開することがあるんだ」
運ばれてきたパスタを食べながら、剛士が応える。
「割と近隣の中学高校が見に来るから、お前の弟も来たことがあるのかもな」
周辺校との交流を大切にするのがウチの方針でな、と彼は付け加えた。
「……そうなんだ」
ふいに、ショートカットで背の高い笑顔が、悠里の心をちらついた。
『剛士!』
ボウリング場で聞いた、彼女の声が耳に蘇った気がした。
その交流によって、剛士は彼女と出会い、関係を深めたのだ。
悠里には、立ち入ることのできない、遠い遠い思い出の場所。
今の悠里では到底敵わない、積み重ねられた、多くの時間――
思考が暗い方に進みかけていることに気がつき、悠里はハッとする。
――こんなこと、考えちゃダメだ。
今日は、ゴウさんと笑顔で過ごすんだって、決めてるんだから。
負の気持ちを飲み込むように、悠里は紅茶に唇をつけた。
「悠里?」
慌てて目を剛士に戻すと、切れ長の綺麗な瞳が、少し心配そうに彼女を見つめていた。
何を考えてしまったか見透かされてしまいそうで、悠里は瞬きを数回繰り返し、気持ちを押し込める。
「あ、あの。すごいなあって感心してたの。それだけ」
努めて明るい声を出し、にっこりと口角を上げて見せた。
「……ん、そっか」
嘘だと、気づかれただろう。
けれど剛士は、彼女の意思を汲むように優しく微笑み返しただけで、追及はしてこなかった。
2人の間に、すうっと。
ベールのような薄い隔たりが現れた気がする。
互いに対する気遣いと遠慮が、心を見えにくくする。
2人の時間が、寂しい沈黙に支配されそうになる――
それを振り払おうと、2人は慌てて話題を切り替えた。
「あ……この後、どこに行きますか?」
「うん。じゃあ……楽器店に付き合ってほしい」
「楽器店?」
意外な返答に悠里は、きょとんと首を傾げる。
「買いたいものがあってな。拓真がずっと探してた、バンドスコアなんだけど」
「もしかして、この間歌ってたバンドさんの?」
「うん。あいつにとって、目標のギタリストが、あのバンドなんだ」
剛士が微笑んだ。
「あいつ、普段はあんなだけど。ギターに関してはすごく真剣で、長いことレッスンにも通ってるんだ」
「すごい!」
悠里は感心して頷く。
「拓真さんがギター弾いてるところ、見てみたいな」
「……うん。見せたいな」
剛士が優しい顔で微笑んだ。
「ギター弾いてるあいつ、すげえかっこいいから」
同じ言葉を、拓真からも聞いたことを思い出した。
勇誠学園で行われた練習試合に誘ってくれた拓真。
『バスケやってるあいつ、すげえかっこいいから』
嬉しそうに微笑んで教えてくれた。
そう、今の剛士のように。
――ゴウさんと、拓真さん。素敵な関係だな……
何だか自分まで嬉しくなり、悠里も微笑んだ。
弟との恥ずかしいやり取りを見られてしまい、自然と悠里の声は沈んでしまう。
しゅんと肩を落とした悠里に、剛士が微笑んで応える。
「お前の意外な一面が見られて、面白かった」
「意外な、一面?」
恥ずかしさを消せないまま、悠里は小さな声で聞き返す。
「お前はいつも、礼儀正しいイメージだったからさ」
彼の返答に、そんなふうに思われていたんだと、悠里は驚く。
「初めて会ったとき、ただ傘に入れただけなのに、お辞儀して名前まで名乗っただろ。すごい丁寧な子だなって、驚いたんだ」
そこで、堪えきれなくなったのか、剛士が笑い出した。
「それが、家の前で弟とケンカだもんな」
「うぅ……」
恥ずかしさのあまり、悠里は俯く。
「面白かった。というか、嬉しかった」
「え?」
「新しいお前を、見られた」
剛士が優しく微笑み、悠里の顔を覗き込んだ。
その暖かい瞳に、悠里の心は甘やかに高鳴る。
彼の存在を急速に、間近に感じた。
「俺たち、知り合ってから殆ど毎日一緒にいるけど……始まりは、あんな感じだったからさ」
悠里の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩きながら剛士は言う。
「だから、これからはたくさん、お前と日常を過ごしてみたいんだ」
「ゴウさん……」
剛士が、優しい声で呟いた。
「悠里のこと、もっと知りたい」
剛士の瞳が、真っ直ぐに自分を見つめていた。
心が、喜びと恥ずかしさに翻弄され、浮き足立つ。
その熱に浮かされたまま、悠里は反射的に答えた。
「私も。私も、ゴウさんのこと、もっと知りたい……」
剛士が柔らかく微笑み、悠里の髪をそっと撫でた。
普段、彩奈や拓真といるときには、こんなふうに触れられることはない。
今日は、いつもと違う日になる。
悠里の心臓はドキドキと跳ね上がった。
剛士と2人きり。
友だちという関係から、ひとつ、踏み出せるような気がした。
「ゴウさんって、有名なんだね」
街をぶらつく前に早めのランチをしようと、2人は駅前のカフェに入っていた。
向かいの剛士を見つめ、悠里は言った。
同じバスケ部とはいえ、中学生の悠人が彼のことを知っていたのは、驚くべきことだ。
「ウチは、練習試合だけでなく、普段の練習も公開することがあるんだ」
運ばれてきたパスタを食べながら、剛士が応える。
「割と近隣の中学高校が見に来るから、お前の弟も来たことがあるのかもな」
周辺校との交流を大切にするのがウチの方針でな、と彼は付け加えた。
「……そうなんだ」
ふいに、ショートカットで背の高い笑顔が、悠里の心をちらついた。
『剛士!』
ボウリング場で聞いた、彼女の声が耳に蘇った気がした。
その交流によって、剛士は彼女と出会い、関係を深めたのだ。
悠里には、立ち入ることのできない、遠い遠い思い出の場所。
今の悠里では到底敵わない、積み重ねられた、多くの時間――
思考が暗い方に進みかけていることに気がつき、悠里はハッとする。
――こんなこと、考えちゃダメだ。
今日は、ゴウさんと笑顔で過ごすんだって、決めてるんだから。
負の気持ちを飲み込むように、悠里は紅茶に唇をつけた。
「悠里?」
慌てて目を剛士に戻すと、切れ長の綺麗な瞳が、少し心配そうに彼女を見つめていた。
何を考えてしまったか見透かされてしまいそうで、悠里は瞬きを数回繰り返し、気持ちを押し込める。
「あ、あの。すごいなあって感心してたの。それだけ」
努めて明るい声を出し、にっこりと口角を上げて見せた。
「……ん、そっか」
嘘だと、気づかれただろう。
けれど剛士は、彼女の意思を汲むように優しく微笑み返しただけで、追及はしてこなかった。
2人の間に、すうっと。
ベールのような薄い隔たりが現れた気がする。
互いに対する気遣いと遠慮が、心を見えにくくする。
2人の時間が、寂しい沈黙に支配されそうになる――
それを振り払おうと、2人は慌てて話題を切り替えた。
「あ……この後、どこに行きますか?」
「うん。じゃあ……楽器店に付き合ってほしい」
「楽器店?」
意外な返答に悠里は、きょとんと首を傾げる。
「買いたいものがあってな。拓真がずっと探してた、バンドスコアなんだけど」
「もしかして、この間歌ってたバンドさんの?」
「うん。あいつにとって、目標のギタリストが、あのバンドなんだ」
剛士が微笑んだ。
「あいつ、普段はあんなだけど。ギターに関してはすごく真剣で、長いことレッスンにも通ってるんだ」
「すごい!」
悠里は感心して頷く。
「拓真さんがギター弾いてるところ、見てみたいな」
「……うん。見せたいな」
剛士が優しい顔で微笑んだ。
「ギター弾いてるあいつ、すげえかっこいいから」
同じ言葉を、拓真からも聞いたことを思い出した。
勇誠学園で行われた練習試合に誘ってくれた拓真。
『バスケやってるあいつ、すげえかっこいいから』
嬉しそうに微笑んで教えてくれた。
そう、今の剛士のように。
――ゴウさんと、拓真さん。素敵な関係だな……
何だか自分まで嬉しくなり、悠里も微笑んだ。
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