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piece3 痛みの追憶

春休みの奔走

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春休みは、部内に撒かれた火種を消すのに奔走する日々を過ごした。
先輩たちを宥め、高木への制裁を止めた。
聖マリアンヌ女学院のキャプテンにも、エリカを責めないよう口添えした。
亀裂の入った部を立て直すには、自分が、高木とエリカを庇う形にならざるを得なかった。

「お前、それでいいの? なんで高木さんに何も言わないの?」
剛士を思えばこそ、彼の対応に疑問を抱く人間もいた。
「お前がそんなヘタレだから、彼女取られるんだよ」
耳に痛い言葉を、投げつけられることさえあった。

けれど、剛士を支える仲間も、たくさんいた。
「ドンマイ、剛士」
「バスケ部、辞めんなよ!」
あえて軽い口調で、自分に接してくれた。
「辞めねえよ、バカ」
微苦笑を浮かべ、剛士は応える。
卒業式の日までは想像だにしなかった。
頭がグラグラするような、苦しい春休み。
仲間のおかげで、彼は顔を上げていられた。


2年生に進級しても、勇誠学園はクラス替えを行わない。
気心の知れたクラスメイトであるが故に、4月のうちは遠慮なく突つかれた。
「剛士でも、そんな振られ方するんだな」
「うっせ」
「ドンマイ! 女のいない青春も、いいモンだ」
「はいよ」

自分の発する言葉は、口癖の二言で事足りた。
拓真はいつも近くにいて、うまく話題を逸らしたり、ときには庇ってもくれた。


普通にしていたつもりだった。
しかし4月の終わり、気が抜けたのか。
拓真に、弱さを晒してしまったことがある。

「……俺、なんなんだろうな」
剛士は、机に突っ伏した。
彼女も先輩も、自分の元を去っていった。
残された自分は、バスケ部を守るために走り回った。
部員の皆が、事の経緯を知っている、生き恥のような環境のなかで。

短い沈黙の後、拓真は言った。
「お前、今日の部活サボれ」
「……え?」
ぽかんと見上げた拓真の顔は、いつになく真剣だった。
「行くぞ」

半強制的に連れて行かれたのは、カラオケボックスだった。
2人で、声が枯れるまで歌った。
「ゴウ、やっぱ歌うまい!」
拓真がニコニコして言った。
「今年の学園祭、バンドやろうぜ!」
彼につられて、剛士も笑ってしまう。
未来の楽しい話をすると、少し気持ちが明るくなる気がした。

拓真が自分の目を、優しい顔で覗き込んでくる。
「ちょっとは、発散できた?」
「……うん」
剛士が小さく応えると、彼は微笑んだ。

「ゴウは、ゴウだよ」
「……え?」
「バスケ部の皆もさ、わかってくれてると思うよ。お前の気持ち」
彼の手が、剛士の髪をクシャクシャと撫でる。
「ゴウは我慢しすぎ。もっと、弱音吐いていいと思うよ?」

拓真の慰めに苦笑し、剛士は目を閉じた。
弱音なんて吐かなくてもいい。
自分にはバスケ部の仲間も、親友もいる。

「大丈夫だよ、俺は」
親友の顔を見、剛士は微笑んだ。



停車して開いたドアの向こうに見えた駅名は、自分が降りるはずのところを2つも過ぎていた。

――何やってんだ、俺。
溜め息を漏らしながら、剛士は電車を降りた。
頭を冷やしがてら歩いて帰ろうと、改札を潜り抜け、夜道を足早に進んだ。

『行くぞ、ゴウ』
拓真が自分を現実にとどめようと、しっかりと腕を引いてくれたのに。
過去を振り返ってしまった自分。

――吹っ切れてると、思ってたのに。
未だ心に巣食う、もう一つの感情に負けてしまった。

思い知らされた。
自分のエリカへの感情は、手付かずのまま。
まだ心の片隅で息をしているのだ。


もう一度、剛士は深く溜め息をつく。
夜空を仰ぎ、いま自分が毎日一緒にいる、柔らかい笑顔を思い浮かべた。

――悠里。
彼女を置いて、帰ることを選んでしまった。
別れ際、その顔を見ることすらせずに。

「……何やってんだ、俺は」
悠里を大切に思う自分。
彼女を守りたいと思った自分。
嬉しかった。
彼女の笑顔を頼りに、前に進んでいけると思っていたのに。

その気持ちを見失ってしまった自分に、怒りを覚えた。
助けを求めるように、悠里の像を思い描く。
過去を振り返り、あまつさえ手を伸ばしかけてしまった自分を、封じ込めるために。
心が、引き裂かれてしまいそうだった。

『剛士!』

エレベーターホールで再会した、エリカの華やかな笑顔と声が、鮮烈によみがえる。
思わず剛士は眉をしかめた。

――どうして、出会ってしまったんだろう。

噴き上がる様々な感情を引き摺りながら、剛士は1人、夜道を歩いた。
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