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piece4 夜の電話

とめどなく込み上げる不安

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剛士が帰ってから約1時間後、お喋りを切り上げて3人も帰路につく。

「じゃあね、悠里!」
「今日はナイトがいなくて、ごめんね? オレ明日、アイツに会うからさ。よく言っとくよ!」
悪戯っぽい拓真の微笑みに、悠里も笑う。

彩奈が肩を叩いてきた。
「男たちが明日デートするならさ、私たちも明日、女子デートしようよ!」
「うん!」
悠里は明るく微笑んだ。
明日を独りきりで過ごさずに済むことに、ホッとする。


「じゃあ悠里ちゃん、気をつけて帰ってね!」
改札を抜ければ、悠里だけが違う電車だ。
いつもなら剛士と2人、同じ方向に歩いていくのに。

彩奈と拓真が、周りが笑うくらい大げさに、手を振ってくれた。
2人の笑顔に助けられ、悠里は彼が隣にいない寂しさから必死に目を逸らす。

「悠里、また明日ね!」
彩奈の大声に悠里は微笑み、元気に手を振り返した。
「ありがとう! 2人とも、気をつけて帰ってね!」


悠里が帰宅したとき、弟の悠人はまだ帰っていなかった。

――今日は遅くなるって、言ってたっけ。

確か彼は、部活仲間の家に集まって晩ごはんまで食べてくるはずだ。
1人きり、がらんと広いリビングを見渡すと、堪えていた寂しさが胸に噴き出してきた。

彩奈と拓真のくれた元気は、溜め息とともに萎んでいく。
笑顔を無くした身体は、何だか急に寒さを感じさせた。
「……お風呂、入ろ」
首を振り、悠里はバスルームに向かった。

 
暖かい湯を張り、気に入りの入浴剤を放り込むと、悠里はバサバサと乱暴に制服を脱ぎ捨てていった。
弟が居るときにはできない、行儀の悪いことをしたい気分だった。

暖かいお湯に身体が包まれ力が抜けてしまうと、不安がとめどなく流れ出した。
『剛士!』
エレベーターホールで聞いた彼女の明るい声が、否応なしに頭によみがえる。

彩奈と拓真は、気がつかなかっただろう。

でも、彼のすぐ隣にいた自分には、聞こえた。
『エリ……』
剛士が、微かな声で彼女を呼んだのを。


その悲しい声を思い返すと、ズキリと胸に痛みが走った。
張り詰めていた心が、ぽろぽろと悠里の頬に零れ落ちていく。

拓真から聞いた剛士の過去。
彼女と出会った瞬間から、別人のように固く強張った剛士。
見てしまった、彼の傷口。

悠里は涙を拭うことも忘れ、必死に剛士の像を心に描いた。
でも思い出せるのは、いつもの優しい笑顔ではなくて。
悲しく伏せられた切れ長の瞳。
いつもの彼が持つ、強くて綺麗な瞳とは遠い姿ばかりだった。


彼女と話し、自分たちの元に戻ってきた剛士。
拓真に促され歌い始めたものの、何故か曲の途中で歌い止めた。

『いや。この曲、歌いたくなくて……』
そのちぐはぐな行動は、彼の心が自分たちの元に戻ってきていないことを証明するかのようだった。

『悪い。俺は帰る』

1人、席を立った剛士。
悠里たちの方を振り返ることもなく、慌ただしく出て行った。

思えば、カラオケボックスで剛士と目が合ったのは、彼が部屋に入ってきたときだけだった。
あとは一度も、剛士は自分の方を見てくれなかった気がする。
いや、自分の方こそ、彼を見ることができなかったのかも知れない。


「ゴウさん……」
唇が独りでに、彼を呼ぶ。
少しずつ近づいていると感じていた剛士との距離が、急に果てしなく遠いものに思えた。

剛士の心に、自分などいない気がした。
彩奈、拓真といるときは堪えていた不安と悲しみを、もう止めることはできなかった。

フラッシュが焚かれたように鮮烈に頭をちらつく、エリの華やかな微笑。
剛士と彼女が並んだ姿を、嫌でも想像してしまう。
2人の昔の姿を、思い描いてしまう。
長身で、大人びた色香を持ったエリ。
彼女が剛士と並んだ姿は、きっとお似合いだっただろう。

苦しい疑問が心を支配する。

ーーゴウさん。
あの人のことを、まだ、好きですか?

暗がりに落ちていく。
今の悠里に、抵抗する力などなかった。
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