14 / 41
piece4 夜の電話
とめどなく込み上げる不安
しおりを挟む
剛士が帰ってから約1時間後、お喋りを切り上げて3人も帰路につく。
「じゃあね、悠里!」
「今日はナイトがいなくて、ごめんね? オレ明日、アイツに会うからさ。よく言っとくよ!」
悪戯っぽい拓真の微笑みに、悠里も笑う。
彩奈が肩を叩いてきた。
「男たちが明日デートするならさ、私たちも明日、女子デートしようよ!」
「うん!」
悠里は明るく微笑んだ。
明日を独りきりで過ごさずに済むことに、ホッとする。
「じゃあ悠里ちゃん、気をつけて帰ってね!」
改札を抜ければ、悠里だけが違う電車だ。
いつもなら剛士と2人、同じ方向に歩いていくのに。
彩奈と拓真が、周りが笑うくらい大げさに、手を振ってくれた。
2人の笑顔に助けられ、悠里は彼が隣にいない寂しさから必死に目を逸らす。
「悠里、また明日ね!」
彩奈の大声に悠里は微笑み、元気に手を振り返した。
「ありがとう! 2人とも、気をつけて帰ってね!」
悠里が帰宅したとき、弟の悠人はまだ帰っていなかった。
――今日は遅くなるって、言ってたっけ。
確か彼は、部活仲間の家に集まって晩ごはんまで食べてくるはずだ。
1人きり、がらんと広いリビングを見渡すと、堪えていた寂しさが胸に噴き出してきた。
彩奈と拓真のくれた元気は、溜め息とともに萎んでいく。
笑顔を無くした身体は、何だか急に寒さを感じさせた。
「……お風呂、入ろ」
首を振り、悠里はバスルームに向かった。
暖かい湯を張り、気に入りの入浴剤を放り込むと、悠里はバサバサと乱暴に制服を脱ぎ捨てていった。
弟が居るときにはできない、行儀の悪いことをしたい気分だった。
暖かいお湯に身体が包まれ力が抜けてしまうと、不安がとめどなく流れ出した。
『剛士!』
エレベーターホールで聞いた彼女の明るい声が、否応なしに頭によみがえる。
彩奈と拓真は、気がつかなかっただろう。
でも、彼のすぐ隣にいた自分には、聞こえた。
『エリ……』
剛士が、微かな声で彼女を呼んだのを。
その悲しい声を思い返すと、ズキリと胸に痛みが走った。
張り詰めていた心が、ぽろぽろと悠里の頬に零れ落ちていく。
拓真から聞いた剛士の過去。
彼女と出会った瞬間から、別人のように固く強張った剛士。
見てしまった、彼の傷口。
悠里は涙を拭うことも忘れ、必死に剛士の像を心に描いた。
でも思い出せるのは、いつもの優しい笑顔ではなくて。
悲しく伏せられた切れ長の瞳。
いつもの彼が持つ、強くて綺麗な瞳とは遠い姿ばかりだった。
彼女と話し、自分たちの元に戻ってきた剛士。
拓真に促され歌い始めたものの、何故か曲の途中で歌い止めた。
『いや。この曲、歌いたくなくて……』
そのちぐはぐな行動は、彼の心が自分たちの元に戻ってきていないことを証明するかのようだった。
『悪い。俺は帰る』
1人、席を立った剛士。
悠里たちの方を振り返ることもなく、慌ただしく出て行った。
思えば、カラオケボックスで剛士と目が合ったのは、彼が部屋に入ってきたときだけだった。
あとは一度も、剛士は自分の方を見てくれなかった気がする。
いや、自分の方こそ、彼を見ることができなかったのかも知れない。
「ゴウさん……」
唇が独りでに、彼を呼ぶ。
少しずつ近づいていると感じていた剛士との距離が、急に果てしなく遠いものに思えた。
剛士の心に、自分などいない気がした。
彩奈、拓真といるときは堪えていた不安と悲しみを、もう止めることはできなかった。
フラッシュが焚かれたように鮮烈に頭をちらつく、エリの華やかな微笑。
剛士と彼女が並んだ姿を、嫌でも想像してしまう。
2人の昔の姿を、思い描いてしまう。
長身で、大人びた色香を持ったエリ。
彼女が剛士と並んだ姿は、きっとお似合いだっただろう。
苦しい疑問が心を支配する。
ーーゴウさん。
あの人のことを、まだ、好きですか?
暗がりに落ちていく。
今の悠里に、抵抗する力などなかった。
「じゃあね、悠里!」
「今日はナイトがいなくて、ごめんね? オレ明日、アイツに会うからさ。よく言っとくよ!」
悪戯っぽい拓真の微笑みに、悠里も笑う。
彩奈が肩を叩いてきた。
「男たちが明日デートするならさ、私たちも明日、女子デートしようよ!」
「うん!」
悠里は明るく微笑んだ。
明日を独りきりで過ごさずに済むことに、ホッとする。
「じゃあ悠里ちゃん、気をつけて帰ってね!」
改札を抜ければ、悠里だけが違う電車だ。
いつもなら剛士と2人、同じ方向に歩いていくのに。
彩奈と拓真が、周りが笑うくらい大げさに、手を振ってくれた。
2人の笑顔に助けられ、悠里は彼が隣にいない寂しさから必死に目を逸らす。
「悠里、また明日ね!」
彩奈の大声に悠里は微笑み、元気に手を振り返した。
「ありがとう! 2人とも、気をつけて帰ってね!」
悠里が帰宅したとき、弟の悠人はまだ帰っていなかった。
――今日は遅くなるって、言ってたっけ。
確か彼は、部活仲間の家に集まって晩ごはんまで食べてくるはずだ。
1人きり、がらんと広いリビングを見渡すと、堪えていた寂しさが胸に噴き出してきた。
彩奈と拓真のくれた元気は、溜め息とともに萎んでいく。
笑顔を無くした身体は、何だか急に寒さを感じさせた。
「……お風呂、入ろ」
首を振り、悠里はバスルームに向かった。
暖かい湯を張り、気に入りの入浴剤を放り込むと、悠里はバサバサと乱暴に制服を脱ぎ捨てていった。
弟が居るときにはできない、行儀の悪いことをしたい気分だった。
暖かいお湯に身体が包まれ力が抜けてしまうと、不安がとめどなく流れ出した。
『剛士!』
エレベーターホールで聞いた彼女の明るい声が、否応なしに頭によみがえる。
彩奈と拓真は、気がつかなかっただろう。
でも、彼のすぐ隣にいた自分には、聞こえた。
『エリ……』
剛士が、微かな声で彼女を呼んだのを。
その悲しい声を思い返すと、ズキリと胸に痛みが走った。
張り詰めていた心が、ぽろぽろと悠里の頬に零れ落ちていく。
拓真から聞いた剛士の過去。
彼女と出会った瞬間から、別人のように固く強張った剛士。
見てしまった、彼の傷口。
悠里は涙を拭うことも忘れ、必死に剛士の像を心に描いた。
でも思い出せるのは、いつもの優しい笑顔ではなくて。
悲しく伏せられた切れ長の瞳。
いつもの彼が持つ、強くて綺麗な瞳とは遠い姿ばかりだった。
彼女と話し、自分たちの元に戻ってきた剛士。
拓真に促され歌い始めたものの、何故か曲の途中で歌い止めた。
『いや。この曲、歌いたくなくて……』
そのちぐはぐな行動は、彼の心が自分たちの元に戻ってきていないことを証明するかのようだった。
『悪い。俺は帰る』
1人、席を立った剛士。
悠里たちの方を振り返ることもなく、慌ただしく出て行った。
思えば、カラオケボックスで剛士と目が合ったのは、彼が部屋に入ってきたときだけだった。
あとは一度も、剛士は自分の方を見てくれなかった気がする。
いや、自分の方こそ、彼を見ることができなかったのかも知れない。
「ゴウさん……」
唇が独りでに、彼を呼ぶ。
少しずつ近づいていると感じていた剛士との距離が、急に果てしなく遠いものに思えた。
剛士の心に、自分などいない気がした。
彩奈、拓真といるときは堪えていた不安と悲しみを、もう止めることはできなかった。
フラッシュが焚かれたように鮮烈に頭をちらつく、エリの華やかな微笑。
剛士と彼女が並んだ姿を、嫌でも想像してしまう。
2人の昔の姿を、思い描いてしまう。
長身で、大人びた色香を持ったエリ。
彼女が剛士と並んだ姿は、きっとお似合いだっただろう。
苦しい疑問が心を支配する。
ーーゴウさん。
あの人のことを、まだ、好きですか?
暗がりに落ちていく。
今の悠里に、抵抗する力などなかった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
#秒恋7 それぞれの翌日――壊れた日常を取り戻すために
ReN
恋愛
#秒恋7 それぞれの翌日――壊れた日常を取り戻すために
悠里と剛士を襲った悲しい大事件の翌日と翌々日を描いた今作。
それぞれの家族や、剛士の部活、そして2人の親友を巻き込み、悲しみが膨れ上がっていきます。
壊れてしまった幸せな日常を、傷つき閉ざされてしまった悠里の心を、剛士は取り戻すことはできるのでしょうか。
過去に登場した悠里の弟や、これまで登場したことのなかった剛士の家族。
そして、剛士のバスケ部のメンバー。
何より、親友の彩奈と拓真。
周りの人々に助けられながら、壊れた日常を取り戻そうと足掻いていきます。
やはりあの日の大事件のショックは大きくて、簡単にハッピーエンドとはいかないようです……
それでも、2人がもう一度、手を取り合って、抱き合って。
心から笑い合える未来を掴むために、剛士くんも悠里ちゃんもがんばっていきます。
心の傷。トラウマ。
少しずつ、乗り越えていきます。
ぜひ見守ってあげてください!
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。
梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。
ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。
え?イザックの婚約者って私でした。よね…?
二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。
ええ、バッキバキに。
もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。
愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる