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piece3 持てる者と、持てない者

ユタカの思惑

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「……はは。キミこそ、どうして?」
彼女を捕らえるユタカの腕に、更に力が込められた。
「どうして、バスケ部の部員が全員、剛士のことダイスキ!……って前提で話すの?」

ユタカの顔が近づいて来る。
悠里は、震えそうになる心を堪えるために、唇を噛み締めた。
ユタカは彼女を見据え、冷ややかに続ける。
「同じバスケ部だからってさ。みんながみんな、剛士のこと大好きで、全員が喜んで、付き従ってるとでも思ってる?」

冷たく言い放たれ、悠里は言葉を失う。
ユタカは、不自然に大きな笑みを、顔に塗りつけた。
「……ははっ、まあね? 剛士は人気あるよ? バスケ上手いし、成績良いし、部員の勉強も見てあげるし? まさに理想のキャプテンなんじゃね?」

剛士の評を、早口で並べ立てる。
ユタカの眉と、笑った口の端は、ヒクヒクと引き攣っていた。
空元気を振り回し、明るい声音で降参宣言をしてみせる。
「いやー、敵わない。敵わないよ、オレはね。剛士に敵うもの、1個もない!」


ユタカは乾いた笑い声を発し、悠里を見つめた。
彼女の大きな瞳と視線がぶつかると、ユタカは、ふっと偽りの笑みを消した。


***


ユタカが、ポツリと言う。
「……オレね、剛士と同じポジションなんだ。知ってるかな? シューティングガードっていうの」

彼が真剣な眼差しで目を覗き込むので、悠里は思わずユタカの目を見つめ返し、しっかりと頷いていた。

それは、彼が初めて悠里に見せる、本音だった。


「1年の始めはね。まあ自分で言うのもなんだけど、割と実力拮抗してたんだ。でもさ、どんどん差が開いちゃってさ」
これまでの、悠里を小馬鹿にした声音ではない。
寂しそうな、悔しそうな、暗い声と表情でユタカは語る。
「剛士は、1年の夏には準レギュラー、3年が引退してからは、完全にレギュラーに定着してた」

ユタカは目を伏せ、自嘲気味に笑った。
「で、1年の冬には、早々と次期キャプテンに内定してね。もうこの頃には、オレの出る幕なんか無かった。あっはは、万年補欠決定だよね」


ふいにユタカの両腕に力が籠もり、悠里の頭は彼の胸に押し付けられてしまう。
「あっ……!」
身を固くする悠里に構わず、ユタカは話し続けた。
「先輩に可愛がられて。同い年に好かれて。後輩にも慕われて」

震える彼女の髪を、ユタカは執拗に撫でつける。
悠里が逃げ出そうと身じろぎをするたびに、ユタカは彼女を締め付ける両腕に、力を込めた。

「剛士のこと、嫌う方がおかしい。そういう目で見られるよ、実際」
な?と、同意を求めるようにユタカは後輩たちに笑いかけた。
「ははっ、ま、そっすね」
「ショージキ、ただの嫉妬っていう自覚もありますしねー!」
後輩たちも、あっけらかんと笑った。

ユタカも一緒になって笑い、悠里に囁いた。
「どうしてこんなことするの? って。キミは、聞きたいんだよね? じゃあ、キミにわかる? オレの気持ち」
その声には、悠里の心を踏み躙る、冷たい圧力が戻っていた。
「キミに……剛士に、わかるわけないよねぇ。オレたちの気持ち」


オレたち。
その視線の先には、カンナがいる。
ユタカが、ニヤリと残忍な笑みを浮かべた。
「……カンナさんの気持ち、わかっちゃいましたわ」
悠里の身体を締め付けるユタカの両腕に、暴力的な力が籠もる。
「ムカつきますね、この女」

その言葉を聞いた瞬間、カンナは、ニヤッと口の端を上げた。
「アンタなら、わかってくれると思ってたよ」
「わかる。超わかる」
ユタカが、乾いた笑い声を上げた。

「悠里ちゃんも、剛士も。当たり前のように『持ってる』人間には。オレたちみたいに、『持ちたくても持てない』人間のことなんて、そもそも眼中に無いんだよな」
グイッと悠里の後ろ髪を掴むようにして、ユタカは無理やりに彼女の顔を自分に向けさせる。

「わかるわけないよな。オレたちの苦悩を、『こんなこと』で片付けちゃう、キミにはさぁ」
痛みと恐怖に、悠里の大きな目が竦む。

ユタカは彼女の脅えた顔を見ると、楽しそうに笑みを深めた。
「なぁ? バカにしてんだろ? オレたちのこと」
「そん、な……」
悠里は、慌てて首を横に振る。
「してんだよ。無意識に。無自覚に」
髪を掴んだ手に、ぎゅっと力を入れられ、悠里は息を飲む。

「わかんねぇだろ、思いもよらねぇだろ? こんなことしかできない、オレたちの気持ち。どんだけがんばっても、存在を見て貰えない、オレたちの辛さをさぁ」
ユタカが、苛立ちを隠せない低い声で吐き捨てた。


「ポジションも、キャプテンの座も、その上、可愛い彼女も。何もかも持ってるって。ズルすぎんだろーが。1個くらい、オレに寄越せよって。なぁ?」

自分の言葉に、閃きがあったらしい。
ユタカが、目を輝かせた。


自分が抱き竦めている悠里を見つめ、ユタカは、ニィッと唇に笑みを広げた。
「……悠里ちゃんを、オレ色に染め上げてやったら。剛士は、どんな顔するだろう?」

「……え?」
「ははっ。じゃあキミ、今から、オレの彼女ね?」
ユタカは、さも名案と言わんばかりに、軽やかな声で続けた。
「カンナさんいなくなったら、発散場所無くなるし。ちょーどいい、キミでいいや。剛士への嫌がらせにもなって、一石二鳥!」
ユタカの手が、悠里の髪をぎゅっと握り、軽く引っ張りながら撫でた。

「ねえ、悠里ちゃん」
ビクッと肩を震わせる悠里に、ユタカは囁きかける。
「今から、既成事実、作っちゃおうか?」


カンナが、弾かれたように笑い出す。
「ははっ! いーんじゃない? エリカとの約束の時間になるから、私はそろそろ出るし。あとは好きにやりなよ」
「あはっ。カンナさん、ありがとー」
ユタカが楽しげに答えた。

「えー、岸部さんだけ、ずるいわー」
「さっきから、ドサクサに紛れて、ずーっと悠里ちゃんのこと、抱っこしてるしー」
後輩たちも、笑いながら文句を言っている。

ユタカは、明るい声で後輩たちを宥める。
「あー。オレ、女の子に処女とか純潔とか、別に求めねーし。全然貸したげるよ、悠里ちゃんのこと」
「うっそ、マジでー!」
後輩たちが、歓喜の声を上げた。


絶望が、胸を押し潰す。
悠里は必死に両手を突っ張り、逃れようとする。
ユタカが笑いながら、悠里の左腕を掴む。
「やっ!」
「あはは、だからムリだってー。さっき教えたでしょ? 男のチカラは強いって。キミじゃ到底敵わないんだって」

胸が、苦しい。
悠里は乾いた唇を開き、息を吸おうとする。
必死に酸素を掻き集めようとする。
苦しさは、増すばかりだ。
涙が込み上げる。
「やだ……嫌、助けて……」
悠里は、うわごとのように心の叫びを漏らした。
「ゴウさん……ゴウさん……」


その声を聞いた瞬間、ユタカが、グッと悠里に顔を近づけてきた。
濡れた瞳を間近に見つめ、ゆっくりと囁く。
「オレ、できれば女の子に、手荒なマネしたくないんだよねぇ」

掴まれたままだった腕を、強い力で握られる。
悠里は、涙の混じる悲鳴を上げる。
「だからさ、」

ユタカが冷たい目で、悠里に迫った。
「脱げよ……悠里?」
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