10 / 28
piece3 持てる者と、持てない者
黙って引き下がるヘタレ
しおりを挟む
「あーあー。もう、カンナさん。やり過ぎだってー」
床で身体を丸めたまま、小さな声で呻いている悠里に、ユタカがゆっくりと歩み寄る。
「だーいじょうぶー? 悠里ちゃん?」
ユタカが膝をつき、悠里の強張った身体を抱き起こす。
「うっ……うぅ……」
背を伸ばすと、みぞおちに激痛が走る。
悠里は、ユタカの腕を拒むこともできず、力なく、その膝にもたれてしまう。
ユタカの手が何度も何度も、彼女の背を撫でる。
拒絶したくても、悠里は満足に腕を上げることすら、できなかった。
「あっはは。かわいー」
自分の膝の上に頭を乗せた状態で、動けずにいる悠里の姿に、ユタカは楽しげに笑う。
そして、歌うような明るい声音で、後輩たちに言った。
「オレに膝枕されちゃってる、可愛い悠里ちゃん。これ剛士が見たら、どんな顔するだろうなー?」
「いい加減、コロされますよ岸部さん!」
「柴崎さん、キレたらマジ怖いっしょ!見たことないけど」
後輩たちが、面白半分、呆れ半分で突っ込んでいる。
「え~? オレ、ぶん殴られちゃうかなあ? そしたらアイツ、キャプテンをクビになるから、それでもいいけど!」
「岸部さん、捨て身過ぎでしょ!」
「どんだけキライなんすか、柴崎さんのこと!」
「ってか、アイツがキレるワケねーじゃん。彼女を先輩に寝取られても、黙って引き下がるヘタレなんだぞ?」
後輩たちの言葉に、ユタカが馬鹿にしたような笑い声を上げる。
「エリカさん寝取られ事件のこと。オレ、剛士のクラスメイトにリークしたんだけどさあ」
「えっ、柴崎さんの生き恥を、わざわざクラスにバラしたんすか?」
「さすが、やることエグいっすよねぇ。いっそ清々しいですわ」
「ははっ、春休み終わった直後は、かなりイジられてたぜー? でもアイツ、クラスの奴らに何言われても、キレるどころか言い返しすらしなかったらしいし。マジでヘタレっしょ」
可笑しくてたまらない、という声音で、ユタカは話し続けた。
剛士の優しさと傷を貶める言いように、悠里の心に怒りが沸き上がる。
悔しい。
こんな人に、剛士を馬鹿にされたくない。
悠里は、みぞおちの痛みに苦しみながらも、グッと両手を握り締める。
そんな彼女の様子を気にも留めず、ユタカは続けた。
「エリカさん、めっちゃ美人だったのに。もったいねーよな、剛士のヤツ」
「あー、エリカさん」
後輩2人が、顔を見合わせた。
「オレらは写真でしか見たことないけど、確かにめっちゃ綺麗でしたわ」
「だろ? すげー色っぽかったし! ショージキ、オレ何回かオカズにしたし!」
「サイアク!!」
「ヒトの彼女使って、ナニやってんすか!!」
後輩たちが、手を叩いて笑い出す。
「まあ、剛士って、オンナの趣味良いよな?」
後輩たちの笑い声に包まれ、ユタカは満足そうに言った。
「エリカさんの次は、悠里ちゃんでしょー? 綺麗系と可愛い系を網羅とか、贅沢すぎ」
後輩2人も、大きく頷く。
「確かに! 綺麗系と可愛い系! 言われてみりゃ、彼女さんの系統、全然違いますね?」
「柴崎さんって、どっちのがタイプなんだろー?」
カンナが、不機嫌に口を挟む。
「はあ? そんなのエリカに決まってんじゃん。こんなちっさい、ガキみたいな女、剛士くんに相応しくない」
「あっははー。カンナさん的には、そうだろうねー」
ユタカはカンナの嫉妬心を、あっけらかんと聞き流した。
「まあでも、オレもエリカさんのが好みかなー? セクシーだけど、笑うと可愛くて、ギャップ萌えだったわ」
「岸部さんには聞いてねぇ~!」
ユタカの軽口には突っ込み慣れているらしく、後輩は流れるように応える。
もう1人の後輩も、笑いながら言った。
「マジっすか。オレは、清純っぽい悠里ちゃんのが好きだなー。オレ色に染めたくなる感じ!」
「それはわかる!」
トントン、とリズム良く悠里の背中を叩きながら、ユタカは頷いた。
「ちょい幼くて、何も知らない感じが、オレ好みに育ててやろうって思えてイイかも。リアル光源氏!」
「キタ源氏物語ー」
「マジ紫式部ー」
身を固くする悠里をよそに、男子3人は、大声で笑い合った。
カンナは、ふん、と小さく鼻を鳴らし、悠里を抱えたまま笑みを浮かべているユタカを見下ろした。
ユタカは、悠里の震える背中と長い髪を撫でながら、探るようにカンナを見つめる。
「ってか、カンナさん。さっきの話、マジなの?こっちの大学やめて、明日地元帰るって。二度と、こっちには来られないって?」
「……そうよ」
「えー? 寂しいじゃん。なんでオレに教えてくれなかったのー?」
「アンタに伝える義理なんかない。エリカにさえ、まだ言ってないのに」
「冷てぇなあ」
悠里の髪に指を盛んに絡ませ、好きなように弄びながらユタカは笑った。
「オレ、こんなヤバいことにまで手を貸して、カンナさんに尽くしてるのにー」
カンナは鼻で笑い、応える。
「ハイハイ、今夜空けときなよ。最後だし、いっぱい、してあげるよ」
「いぇ~!」
ユタカが大袈裟に歓声を上げた。
「楽しみにしてるよ、カンナさん。今夜は寝かさないよ~?」
「ははっ、キモ」
2人の会話を遠くに聞きながら、悠里は必死に腕に力を込め、身を起こそうとする。
自分の髪。
剛士が、綺麗だと褒めてくれる髪。
こんな人に、触られたくない。
ユタカの手から、逃れようともがく。
「んー? 悠里ちゃん、動いて大丈夫なのー? 遠慮なく、オレにもたれてていいのよ?」
ユタカが、悠里の身体を胸に抱き寄せ、あやすように髪を撫でつけた。
「い、や……っ」
みぞおちの鈍痛を堪え、悠里は腕を突っ張り、ユタカから距離をとろうとする。
痛くて痛くて、声が殆ど出ない。
代わりに悠里の両目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「あーあー、こんなに泣いちゃって。かわいそーに」
ユタカが、唇の片側だけを吊り上げた、意地の悪い笑みを見せる。
ユタカは片腕で悠里を抱き竦めたまま、濡れた頬に触れようとした。
しかし悠里は力を振り絞り、パシンッとその手を払い除ける。
悠里は唇を噛み締め、キッと、ユタカを睨みつけた。
「おっ?」
ユタカは悠里を抱く腕は緩めず、笑い出した。
「キミって、大人しそうに見えて、案外気が強いよね? いいと思うよ? オレ、強い子大好き!」
悠里は答えず、彼の胸を叩くように両腕をバタつかせた。
ユタカは楽しげに笑いを深めると、悠里の左手を捕らえた。
そうして恋人繋ぎのように、無理やり指を絡めてみせる。
「わ、悠里ちゃん、手ぇ小さいね?」
「やっ!」
慌てて悠里は手を引っ込めようとしたが、ユタカがそれを許さない。
笑いながら指に力を込め、悠里の手を握り締めた。
「あっ……!」
痛い。
悠里は思わず、小さな悲鳴を漏らす。
ギリギリと、締め上げるように手を捕まえられ、悠里は眉を顰めた。
「……男って、チカラ、強いでしょ?」
ユタカがニヤリと笑い、探るように悠里の顔を覗き込んだ。
「これでも、半分もチカラ入れてないよ? どう、悠里ちゃん?……怖い?」
心が握り潰されていくような、恐怖だった。
剛士と手を繋いだとき。抱きしめられたとき。
痛かったことなんて、一度もない。
いつも優しくて、暖かくて。
剛士に触れられると、安心した。
嬉しくて、心地よくて、幸せだった。
もっと触れて欲しいと、思った。
こんな状況で初めて、剛士がどんなに気を遣って、そっと、自分に触れてくれていたのかを知る。
後輩2人も、そしてカンナも、うすら笑いを浮かべながら、ユタカを見つめていた。
いまこの場にいる人はみんな、自分の味方ではない。
親友も、先生も、ここにいない。
自分は、ひとりだ。
心が、崩れていく。
もう、駄目かも、知れない……
「ゴウ、さん……」
涙に混じり、心の叫びが零れ落ちた。
「助けて……」
「……ははっ。いいなー剛士。こんな状況で名前呼ばれるほど、好かれて。そんなに剛士のこと、好き?」
ユタカが、せせら笑った。
「キミがいま、こんな目に遭ってるのは、その剛士のせいなんだけどねー」
指を絡めたままだった悠里の左手を無理やり引き寄せ、ユタカが再び彼女を腕の中に閉じ込める。
悠里は身体を縮め、少しでもユタカに触れてしまう部分を少なくしようと足掻く。
しかし、そうすればするほど、ユタカは彼女を嘲笑うかのように、その華奢な身体を押さえつけた。
「うぅ……っ」
敵わない。無力な自分を思い知る。
苦しげに揺れた悠里の瞳に、涙が滲んだ。
ユタカが口にした言葉が、悠里の脳裏に悲しく蘇った。
『剛士に嫌がらせしたい』
「……どうして、こんな……」
悲しくて、悔しくて、悠里はユタカに問いかける。
剛士はいつも、バスケ部のために、がんばっているのに。
「貴方も、バスケ部なのに」
剛士の努力を、この人は、間近で見ているはずなのに。
「貴方は、ゴウさんの、仲間なのに……」
剛士は部員を、仲間を、大切に思っているのに……
悠里は、ユタカの見えない本心に向かい、じっと目を凝らした。
床で身体を丸めたまま、小さな声で呻いている悠里に、ユタカがゆっくりと歩み寄る。
「だーいじょうぶー? 悠里ちゃん?」
ユタカが膝をつき、悠里の強張った身体を抱き起こす。
「うっ……うぅ……」
背を伸ばすと、みぞおちに激痛が走る。
悠里は、ユタカの腕を拒むこともできず、力なく、その膝にもたれてしまう。
ユタカの手が何度も何度も、彼女の背を撫でる。
拒絶したくても、悠里は満足に腕を上げることすら、できなかった。
「あっはは。かわいー」
自分の膝の上に頭を乗せた状態で、動けずにいる悠里の姿に、ユタカは楽しげに笑う。
そして、歌うような明るい声音で、後輩たちに言った。
「オレに膝枕されちゃってる、可愛い悠里ちゃん。これ剛士が見たら、どんな顔するだろうなー?」
「いい加減、コロされますよ岸部さん!」
「柴崎さん、キレたらマジ怖いっしょ!見たことないけど」
後輩たちが、面白半分、呆れ半分で突っ込んでいる。
「え~? オレ、ぶん殴られちゃうかなあ? そしたらアイツ、キャプテンをクビになるから、それでもいいけど!」
「岸部さん、捨て身過ぎでしょ!」
「どんだけキライなんすか、柴崎さんのこと!」
「ってか、アイツがキレるワケねーじゃん。彼女を先輩に寝取られても、黙って引き下がるヘタレなんだぞ?」
後輩たちの言葉に、ユタカが馬鹿にしたような笑い声を上げる。
「エリカさん寝取られ事件のこと。オレ、剛士のクラスメイトにリークしたんだけどさあ」
「えっ、柴崎さんの生き恥を、わざわざクラスにバラしたんすか?」
「さすが、やることエグいっすよねぇ。いっそ清々しいですわ」
「ははっ、春休み終わった直後は、かなりイジられてたぜー? でもアイツ、クラスの奴らに何言われても、キレるどころか言い返しすらしなかったらしいし。マジでヘタレっしょ」
可笑しくてたまらない、という声音で、ユタカは話し続けた。
剛士の優しさと傷を貶める言いように、悠里の心に怒りが沸き上がる。
悔しい。
こんな人に、剛士を馬鹿にされたくない。
悠里は、みぞおちの痛みに苦しみながらも、グッと両手を握り締める。
そんな彼女の様子を気にも留めず、ユタカは続けた。
「エリカさん、めっちゃ美人だったのに。もったいねーよな、剛士のヤツ」
「あー、エリカさん」
後輩2人が、顔を見合わせた。
「オレらは写真でしか見たことないけど、確かにめっちゃ綺麗でしたわ」
「だろ? すげー色っぽかったし! ショージキ、オレ何回かオカズにしたし!」
「サイアク!!」
「ヒトの彼女使って、ナニやってんすか!!」
後輩たちが、手を叩いて笑い出す。
「まあ、剛士って、オンナの趣味良いよな?」
後輩たちの笑い声に包まれ、ユタカは満足そうに言った。
「エリカさんの次は、悠里ちゃんでしょー? 綺麗系と可愛い系を網羅とか、贅沢すぎ」
後輩2人も、大きく頷く。
「確かに! 綺麗系と可愛い系! 言われてみりゃ、彼女さんの系統、全然違いますね?」
「柴崎さんって、どっちのがタイプなんだろー?」
カンナが、不機嫌に口を挟む。
「はあ? そんなのエリカに決まってんじゃん。こんなちっさい、ガキみたいな女、剛士くんに相応しくない」
「あっははー。カンナさん的には、そうだろうねー」
ユタカはカンナの嫉妬心を、あっけらかんと聞き流した。
「まあでも、オレもエリカさんのが好みかなー? セクシーだけど、笑うと可愛くて、ギャップ萌えだったわ」
「岸部さんには聞いてねぇ~!」
ユタカの軽口には突っ込み慣れているらしく、後輩は流れるように応える。
もう1人の後輩も、笑いながら言った。
「マジっすか。オレは、清純っぽい悠里ちゃんのが好きだなー。オレ色に染めたくなる感じ!」
「それはわかる!」
トントン、とリズム良く悠里の背中を叩きながら、ユタカは頷いた。
「ちょい幼くて、何も知らない感じが、オレ好みに育ててやろうって思えてイイかも。リアル光源氏!」
「キタ源氏物語ー」
「マジ紫式部ー」
身を固くする悠里をよそに、男子3人は、大声で笑い合った。
カンナは、ふん、と小さく鼻を鳴らし、悠里を抱えたまま笑みを浮かべているユタカを見下ろした。
ユタカは、悠里の震える背中と長い髪を撫でながら、探るようにカンナを見つめる。
「ってか、カンナさん。さっきの話、マジなの?こっちの大学やめて、明日地元帰るって。二度と、こっちには来られないって?」
「……そうよ」
「えー? 寂しいじゃん。なんでオレに教えてくれなかったのー?」
「アンタに伝える義理なんかない。エリカにさえ、まだ言ってないのに」
「冷てぇなあ」
悠里の髪に指を盛んに絡ませ、好きなように弄びながらユタカは笑った。
「オレ、こんなヤバいことにまで手を貸して、カンナさんに尽くしてるのにー」
カンナは鼻で笑い、応える。
「ハイハイ、今夜空けときなよ。最後だし、いっぱい、してあげるよ」
「いぇ~!」
ユタカが大袈裟に歓声を上げた。
「楽しみにしてるよ、カンナさん。今夜は寝かさないよ~?」
「ははっ、キモ」
2人の会話を遠くに聞きながら、悠里は必死に腕に力を込め、身を起こそうとする。
自分の髪。
剛士が、綺麗だと褒めてくれる髪。
こんな人に、触られたくない。
ユタカの手から、逃れようともがく。
「んー? 悠里ちゃん、動いて大丈夫なのー? 遠慮なく、オレにもたれてていいのよ?」
ユタカが、悠里の身体を胸に抱き寄せ、あやすように髪を撫でつけた。
「い、や……っ」
みぞおちの鈍痛を堪え、悠里は腕を突っ張り、ユタカから距離をとろうとする。
痛くて痛くて、声が殆ど出ない。
代わりに悠里の両目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「あーあー、こんなに泣いちゃって。かわいそーに」
ユタカが、唇の片側だけを吊り上げた、意地の悪い笑みを見せる。
ユタカは片腕で悠里を抱き竦めたまま、濡れた頬に触れようとした。
しかし悠里は力を振り絞り、パシンッとその手を払い除ける。
悠里は唇を噛み締め、キッと、ユタカを睨みつけた。
「おっ?」
ユタカは悠里を抱く腕は緩めず、笑い出した。
「キミって、大人しそうに見えて、案外気が強いよね? いいと思うよ? オレ、強い子大好き!」
悠里は答えず、彼の胸を叩くように両腕をバタつかせた。
ユタカは楽しげに笑いを深めると、悠里の左手を捕らえた。
そうして恋人繋ぎのように、無理やり指を絡めてみせる。
「わ、悠里ちゃん、手ぇ小さいね?」
「やっ!」
慌てて悠里は手を引っ込めようとしたが、ユタカがそれを許さない。
笑いながら指に力を込め、悠里の手を握り締めた。
「あっ……!」
痛い。
悠里は思わず、小さな悲鳴を漏らす。
ギリギリと、締め上げるように手を捕まえられ、悠里は眉を顰めた。
「……男って、チカラ、強いでしょ?」
ユタカがニヤリと笑い、探るように悠里の顔を覗き込んだ。
「これでも、半分もチカラ入れてないよ? どう、悠里ちゃん?……怖い?」
心が握り潰されていくような、恐怖だった。
剛士と手を繋いだとき。抱きしめられたとき。
痛かったことなんて、一度もない。
いつも優しくて、暖かくて。
剛士に触れられると、安心した。
嬉しくて、心地よくて、幸せだった。
もっと触れて欲しいと、思った。
こんな状況で初めて、剛士がどんなに気を遣って、そっと、自分に触れてくれていたのかを知る。
後輩2人も、そしてカンナも、うすら笑いを浮かべながら、ユタカを見つめていた。
いまこの場にいる人はみんな、自分の味方ではない。
親友も、先生も、ここにいない。
自分は、ひとりだ。
心が、崩れていく。
もう、駄目かも、知れない……
「ゴウ、さん……」
涙に混じり、心の叫びが零れ落ちた。
「助けて……」
「……ははっ。いいなー剛士。こんな状況で名前呼ばれるほど、好かれて。そんなに剛士のこと、好き?」
ユタカが、せせら笑った。
「キミがいま、こんな目に遭ってるのは、その剛士のせいなんだけどねー」
指を絡めたままだった悠里の左手を無理やり引き寄せ、ユタカが再び彼女を腕の中に閉じ込める。
悠里は身体を縮め、少しでもユタカに触れてしまう部分を少なくしようと足掻く。
しかし、そうすればするほど、ユタカは彼女を嘲笑うかのように、その華奢な身体を押さえつけた。
「うぅ……っ」
敵わない。無力な自分を思い知る。
苦しげに揺れた悠里の瞳に、涙が滲んだ。
ユタカが口にした言葉が、悠里の脳裏に悲しく蘇った。
『剛士に嫌がらせしたい』
「……どうして、こんな……」
悲しくて、悔しくて、悠里はユタカに問いかける。
剛士はいつも、バスケ部のために、がんばっているのに。
「貴方も、バスケ部なのに」
剛士の努力を、この人は、間近で見ているはずなのに。
「貴方は、ゴウさんの、仲間なのに……」
剛士は部員を、仲間を、大切に思っているのに……
悠里は、ユタカの見えない本心に向かい、じっと目を凝らした。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
#秒恋7 それぞれの翌日――壊れた日常を取り戻すために
ReN
恋愛
#秒恋7 それぞれの翌日――壊れた日常を取り戻すために
悠里と剛士を襲った悲しい大事件の翌日と翌々日を描いた今作。
それぞれの家族や、剛士の部活、そして2人の親友を巻き込み、悲しみが膨れ上がっていきます。
壊れてしまった幸せな日常を、傷つき閉ざされてしまった悠里の心を、剛士は取り戻すことはできるのでしょうか。
過去に登場した悠里の弟や、これまで登場したことのなかった剛士の家族。
そして、剛士のバスケ部のメンバー。
何より、親友の彩奈と拓真。
周りの人々に助けられながら、壊れた日常を取り戻そうと足掻いていきます。
やはりあの日の大事件のショックは大きくて、簡単にハッピーエンドとはいかないようです……
それでも、2人がもう一度、手を取り合って、抱き合って。
心から笑い合える未来を掴むために、剛士くんも悠里ちゃんもがんばっていきます。
心の傷。トラウマ。
少しずつ、乗り越えていきます。
ぜひ見守ってあげてください!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる