117 / 134
四ノ巻 胸中語るは大暗黒天
四ノ巻10話 現れ出た敵は
しおりを挟む霧の中、崇春は連続で拳を繰り出す。
「ぬおおおおおおおっっ!」
澄んだ輝きをまとうそれは、しかし黒みを帯びた金の輝きに防がれた。東条紫苑が自らの前に作り出した金色の壁に。それはちょうど、長大な金の延べ棒をいくつも地に突き立てたような形。
「無駄だ、我が【黒き黄金の大城壁】の前には――」
紫苑の言葉には取り合わず、崇春は大きく腕を振りかぶる。澄んだもやを上げるその拳の先には、黄金色の鎧をまとった鬼神の剛腕が浮かび上がっていた。
「おおおおおっっ! 【真・スシュンパンチ】じゃああっっ!」
その拳が重い音を立て、黄金の壁を打ち破った。
横合いから至寂の声が飛ぶ。
「何をしているのです、崇春!」
壁を打ち破った先に紫苑の姿は見えなかった。そこには代わりに、大判小判の奔流が噴き上がっていた、崇春の視界を塞ぐほどに。
「むうううぅーーっっ!?」
打ち上げられて吹き飛ぶ崇春を見上げ、紫苑は笑う。壁から大きく身を引いた位置で。
「君のことだ、そう来ると思っていたよ。【南贍部洲護王拳】、大した威力だが。それだけで事が解決すると――」
「動くな」
紫苑の首に、後ろから、ひたり、と。刀が突きつけられていた。抜き身の日本刀、【持国天剣】。
それを手にした平坂円次が言葉を継ぐ。
「武器を捨てろ、妙な動きはすンな。向こうで暴れてる帝釈天も止めてもらおうか、さもなきゃ――」
「さもなくば?」
紫苑は平坂の方へと振り向く。微笑んだまま。
「な……ッ」
口を開け、身動きできずにいる平坂に構わず紫苑は喋る。
「斬る、というわけにもいかないだろうね。阿修羅のときもそうだったようだが、君の刀は鋭過ぎる……怪仏相手にはともかく、本地たる人間に向けるにはね。気の毒だが、抑止力にはなり得ないよ。さて――」
目の前の刀を気にした風もなく、再び平坂に背を向けた。何歩か歩いたところで、掌を上にして片手を掲げる。
「とはいえ、これだけ相手が多いと不利なのも事実。こちらも手勢を増やすとしよう。来たれ、我が『大黒袋』より――」
掌から上がる黒いもやが濃度を増し、やがてまとまって一つの形を取る。黒い巾着袋のような。
それを手にし、紫苑は真言を唱える。
「オン・アロリキヤ・ソワカ……念彼観音力! 皆が見上げて救いを求める、君こそ僕らの偉大な英雄! その名は怪仏・観世音菩薩、六観音が一尊にして正調、正しき怪仏こそが君! 出でよ怪仏『正観音菩薩』、またの名を英雄・『正観音』!
紫苑の手にした黒い袋が大きく腹を波打たせ、光の玉を吐き出した。それは地に着くとまばゆく輝く。
光が収まったとき、そこにはヒーロー風の怪仏の姿があった。
身にぴったりとついた金色のアクションスーツ、ヘルメットのような金色の仮面。額には蓮のつぼみの意匠が浮き彫りにされており、目の辺りは黒いゴーグルとなっている。
その怪仏は、ぴしり、と音がしそうな動作で、真っ直ぐに天を指差した。
「――天に輝く日の光より、まばゆき光ここにあり! 『極聖烈光・正観音』、見参!!」
指差していた手を開き、力強く握り締めた。その腕を胸の前に横たえ、もう片方の手も拳を構える。片脚を前に出した形で踏ん張り、ぴたり、とポーズを決めた。
しばしそのままでいた後。ポーズを崩すと両手を腰に当て、胸を張って話し始めた。
「――やあやあ諸君、また会ったな! どうやら先日私を追っていた、熱心なファンもいるようだ。応援ありがとう!」
平坂と崇春の顔を見回す。人差指と中指を伸ばし、敬礼のように額へ掲げてみせた。
崇春は震えるほどに拳を握り締める。
「おのれライトカノン……ここであったが百年目よ!」
相手を真っ直ぐに指差して言った。
「現れるたび、ことごとくわしより目立ってくれおって! 今度という今度は許さん、目にもの見せてくれるわ……このわしの目立ち力でのう!」
「そーいうことじゃねェだろ……」
あきれたようにつぶやくと、平坂は前へ出た。正観音を見据えつつ、提げた刀を鞘に納めながら。
「前に会ったときよ……オレが何て言ったか覚えてるか」
正観音は高らかに笑う。
「――ハッハッハ、もちろんだとも! 握手の約束だったな!」
歩み寄って差し出してきたその手を、平坂は音を立てて払った。
「ンなわけあるか! 『三枚に下ろしてやる』ッつッたンだよ」
真顔になって続ける。
「忘れちゃいねェ。てめェが馬頭観音をボコったこと、百見をバカにしてくれたこと。……その借り、ここで返す」
正観音は高らかに笑う。
「――ハッハッハ! 恨まれたものだな! だが」
自らを親指で指し、平坂を人差指で指す。
「――ヒーローたる私に歯向かう者すなわち悪! 悪は許さん……我が正義の力で叩きのめしてやろう! あのときとどめを刺した、馬頭観音のように。そう……この【観音聖光砲】でな!」
正観音の右手が輝き、その光が前腕を覆って一つの形を取る。白く滑らかな光沢を持った筒状のもの、先が細くくびれたそれはまるで陶器の水瓶。あるいは、それを模した砲のような。
平坂の頬が、ひくり、と動く。それが収まった後、無表情で言った。
「やってみろ」
「――何?」
「やってみろよ。できるもんならな」
再び笑い、正観音の肩が大きく上下する。
「――ハッハッハ、面白い冗談だな少年! だがその言葉、そっくりそのままお返ししよう! この私を三枚に下ろすなどと――」
言葉の途中で、ヒーローは腕を上げていた。平坂へと素早く、光を帯びた砲口を向ける。
平坂もまた動いていた。舞うような動きだった。相手の舞いを知っていて、それに合わせて舞うかのような。
突き出される正観音の右腕を待ち受けていたように。鞘から放たれ、斬り上げる刀が迎え討つ。それはまるで、差し出された淑女の手を、ダンスパートナーが取るかのような。完全に呼吸を合わせた動き。
刀と砲身が、硬い音を立ててかち合う。
「――な……」
驚愕の声を洩らす正観音、その右腕は斬り落とされたわけではなかった。砲身を浅く裂かれ、そこから光を漏れ出させつつも、砲口から光弾を放っていた。ただし斬り上げられたその砲は、大きくその向きを狂わせ。
光弾は誰もいない宙に、その軌跡を残して飛び去った。
そして、そのうちにも。平坂の返す刃が、左手も添えて握り、振り下ろした刀が。正観音を裂いていた。首元から胸、脇腹近くまで、斜め一文字に。
「――あ……? が、ぁ……」
つぶやいて、自らの体を見下ろす正観音。やがてその傷口が、ふつ、と開いて。
血飛沫のように光が、花火のような火花が吹き出し、流れ落ちた。押し止めようとするように両手を傷に当てるが、その手の下から、指の間から、抑えようもなく光が流れ落ちていく。
それから、ど、と重い音を立て。ヒーローは地に膝をついていた。
「ふン……」
鼻で息をつき、刀を肩にかつぐと。平坂は足を上げて、正観音を蹴倒した。
「口ほどにもねェ……しかし、ま。聞いちゃいたが、怪仏ってのは丈夫なンだな。その傷受けて生きてるとはよ」
倒れた正観音は声もなく、地に伏せて震えていたが。
平坂はその頭をサッカーボールのように蹴り飛ばす。そして腹の底から長く長く、震えるような息をついた後。
地に転がって呻く怪仏に言い放った。
「三枚下ろしは勘弁してやる、てめェへの借りはこれでチャラだ。ンで、本題」
刀を額の上へと掲げ。風を斬る音を立て、血を払うように振り下ろす。
片手に握ったそれを提げ――握った指先はこわばり、ひどく震えてはいたが――、紫苑へと視線を向けた。
「もっとでけェ借り、返させてもらう。確かに人まで斬りたくはねェ、が――」
三日月が躍るかのような軌跡を残し、刀をひるがえす。右腰の後ろへと刀身を引き、脇構えを取った。
自らの体で敵の視界から刀身を隠すその構えは、現代剣道から失われた形。刀を引いて敵前に身をさらしつつも、秘めた刃に必殺の意思を込めた姿。
「比良坂心到流は戦場往来、活殺自在。苦しみなく介錯してやる形もあるが……それは例外中の例外。殺さず壊す技もある」
じり、と音を立て、すでに紫苑へと間合いを詰める。
「怪仏のせいで親友とオレと、どっちが相手を殺してもおかしくねェ戦いになった。そもそも怪仏を憑けてくれやがった、黒幕の借りは超でけェ」
手の内で密かに刃を返し、峰打ちの形を取る。
「さっきの奴みたいに優しくはやれねェ……オレの技、ずいぶん痛ェぞ」
紫苑の頬がわずかに引きつる。
「それは……興味深いね」
槌を掲げた。真っ直ぐ、上段へ。
じり、と音を立て、平坂がすり足で身を寄せる。
じり、と音を立て、紫苑が足を引いて間合いを取る。
そこから。両者が同時に動こうとした、そのとき。
重く、空を裂く音がした。霧の向こう、平坂の遠く背後から、紫苑へ向かって。
そちらを見上げた紫苑と、気配を感じた平坂。動いたのは同時だった。
紫苑が打った地面からせり上がる黄金の壁が、そして平坂が振り向きざま掲げた刀が。甲高い音を上げ、それぞれに打ち落とした。放たれていた、大振りな片刃のナイフを。
二振りのそれらは跳ね返され、地面へと突き刺さる。
「なンだ……? てめェ、まだ仲間が――」
平坂は刀を自らの身に寄せつつ、警戒するように紫苑の方へ向ける。その一方で、ナイフの飛んできた方向に目をこらした。
「いけない……伏せろ!」
そこへ紫苑が――槌を捨て、刀に自らの体が触れるのも構わず――、覆いかぶさるように平坂を押し倒した。
その一瞬後、平坂が声を上げる間もなく。
二振りのナイフへ向け、稲妻の速度で。光が、落ちた。
一抱えもある柱のような、太く真っ直ぐな青い光の束。それが空を裂き、霧を焦がし蒸発させる音を立て。地を揺らし、轟音を上げて。ナイフを目印にしたかのように、打ち当たった。
「なァ、あ……ッ!?」
地に当たって爆ぜた光が飛沫となり、紫苑と共に伏せた平坂の肌を焦がす。
腕をかざして目を覆いつつ、崇春は声を上げる。
「なんじゃ、これは……!」
そのとき。声が響いた。低くかすれた、しかし妙に通る男の声が。
「オン・イシャナエイ・ソワカ……」
その声に感応したかのように。光に打たれたナイフが青く光を宿した。内部から発光するかのように明滅するそれらが、一際輝きを増したとき。
止まった、空気が。
大気は一拍置いて渦を巻いた、風となって。
その流れは遠く吠えるような音を上げ、渦を巻き渦を巻き。嵐となって、その場の誰もを打ち据えた。
渦生が足をもつれさせて転び、至寂が頭巾を押さえて伏せる。
帝釈天は風の中、紫苑へ向けて声を上げた。
「――いかん! 紫苑殿、奴が! しかもこれは――」
地に伏せ、きちりと整えた前髪を押さえつつ――平坂の刀に裂けた首筋の傷を、浅手とはいえ気にした様子もなく――紫苑は言った。
「ああ、奴が来る。大自在天の男――シバヅキが」
誰もが地に伏せ、風がようやく収まったその場所へ。
煤けたコートをたなびかせ、くすんだ男は歩を進めた。まるで焦土と化した敵国を歩む征服者のような足取りで。しかし背を丸め、うつむいて。
シバヅキ、そう呼ばれた男は。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる