64 / 134
二ノ巻 闇に響くは修羅天剣
二ノ巻24話 賀来留美子はいろいろ言いたい
しおりを挟む翌日、教室で。
賀来留美子は机に片手でほおづえを突き、思いっきり頬を膨らませていた。かすみたちからそっぽを向いて。
「ほーーん、で? そーんな面白いことがあったのに、この我は仲間外れかーぁ。ふーーーん、へーーぇ」
かすみは苦く笑って言った。崇春や百見が何か言って、ややこしくなる前に。
「いや、面白いとかじゃないですからね? 石灯篭真っ二つにして石畳とか叩き割るような戦いですよ、めちゃくちゃ危険――」
銀髪混じりのツインテールを震わせ、食らいつくように賀来が顔を向ける。
「何それ超見たい! 超絶見たいではないか、くぅぅ……人智を越えた魔力と召喚術飛び交う戦いかぁ、はぁぁ~いい、いいなぁ何とも空想的かつ麗しい光景であったろうなぁ……」
うっとりと視線を宙に向けつつ両手でほおづえを突き、机の下でばたばたと足を動かす賀来には悪いが。実際はよく分からない怪仏――帝釈天――が尻を焦がされたり、結局平坂が剣術で打ち勝ったりしたのだった。
気を使ってか、珍しく斉藤逸人が口を開く。
「ウス……まあ、仕方ない、と思うス……そんな戦いじゃ、何の力もないオレたちが、いても……迷惑になる、ス」
賀来は意外そうに目を見開いたが。すぐに、浴びせかけるように笑ってみせる。
「そんなことを言うものではない。斉藤くんがいれば、どんな戦いだって大丈夫であろう。な?」
「ウ、ス……」
目をそらした斉藤に向け、さらに畳みかける。身につけたコロンの香りが届くくらいに体を寄せて。
「だから、だな? 次にそうしたことがあれば、我らも絶対呼んでもらおうではないか! な、そうしよ、それがいい! ほらどうだ、斉藤くんもそう言っているのだぞ、な?」
勝手に斉藤の同意を得たことにして、崇春の方を見て言った。
腕を組んだ崇春は苦い顔をしていた。昨日は血を流すほどの怪我をして倒れていたはずだが、今はそのような跡もなく、絆創膏の一つも貼ってはいない。
「むう……しかしじゃ、今回の戦いも危ういところじゃった……平坂さんの力がなければどうなったことか。もしも二人が来ちょったとして、守り切れたかどうか――」
賀来はそこで笑ってみせる。
「何を言っておる、貴様と斉藤くんがおるのだぞ? どんな敵からでも守ってくれるに決まっておろうが。それこそ、貴様の言うところの『目立つ』というものではないか」
崇春は強く拳を握り、足音を立てて床を踏む。
「おうよ! まったくそのとおりじゃい、どんな時でも誰が相手でも、目立って目立って目立ちまくったるんじゃい!」
かすみは密かに息をついた。
どうやら、いつもの雰囲気に戻ってきた。本当はそれでも、多くの疑問が残っているが――
そう思う間に賀来が言う。
「そうだ! それでも心配だというのなら……我らも守護仏? とやらを得ればよいのではないか!」
かすみの、斉藤の、崇春の顔をくるくるとのぞき込みながら賀来は続ける。
「な、そうであろう、よくは知らぬがきっと格好よい――」
だん、と重い音を立てて机が叩かれた。無言の百見の手によって。
賀来は動きを止め、それからかすみたちに目をやり、ちらりと百見の表情をうかがって。決まり悪げに、姿勢を正した。
しばらく誰も何も言わなかったが。やがて百見が口を開く。
「……あまり軽々しく言わないでほしい。斉藤くんの例を近くで見ただろう……怪仏は業を持つ者の望みを叶えるように見えて、その者を取り込んでしまう。あるいはその者の心すら、望みすら歪ませて。――話してはいなかったが、僕らの使う守護仏も本質的には怪仏と同じ。例外的に制御することができているだけだ」
上目遣いに賀来が言う。
「ではだな、その例外というのにだな――」
努めて無表情に――表情を消そうとしていると分かる程度には、感情をあらわに――、百見は賀来をにらむ。
「例外は例外、どうにもできるものじゃあない。……この話はここまでだ」
しばらく誰もが黙っていた後、崇春がなだめるように言う。
「ガーライルよ、そうは言うがの。怪仏とはすなわち業。業とは執着であり煩悩……多くの人のそうしたもんが積もり積もって、形と力を持ってしもうたのがすなわち怪仏。そのようなもん、持たぬ方がよほど上等よ」
なぜだろう。その言葉を向けられたわけでもない百見が、不意に崇春から顔を背けた。見ていられないとでもいった風に。眉の端を下げ、わずかに唇を噛んで。
賀来はそれでも、不満げに口をすぼめる。
「んー……そうは言ってもだな、やっぱりあった方が格好よいではないか。な、かすみもそう思うであろう?」
「え」
急に話を振られて答えに詰まる。
考えたことはなかったが、言われてみればどうだろう。
確かに、その力があった方が。悔しい思いはしなくて済むのではないか。崇春たちだけを危険な目に遭わせることも。守られるばかりで、何もできないなんてこともなくて済むのではないか。だったら――
賀来が言葉を継いで、そちらに注意が向いたことで。かすみの思考は中断された。
「それにだな、平坂だって、何? 四天王とやらを使ったのだろう、それなら――」
そうだ、それこそ問題だ。
なぜ平坂の持国天を封じようとしたのか? それに崇春はともかく、渦生は何も言わなかった。つまり渦生も容認するだけの理由が?
その思考はまたも中断された。百見が不機嫌げに、机を指で叩く音で。
かぶりを振って息をついて、それからしばらく――感情を整えようとするみたいに――間を空けて。百見はやっと口を開く。いつもと変わらぬ表情で。
「まったく……しょうがない人だね、カラベラ嬢。その話は終わりだと言ったはずだが。……とにかく、平坂さんの方だって。いつまでも怪仏を持っていてもらうつもりはないさ、いつ取り込まれないとも限らない。説明して封じさせてもらうつもりだよ」
嘘だ。
いや、今は言葉どおりのつもりでいるのかも知れないが。昨日は奇襲をかけてまで封じようとしていた。有無を言わさずに。
それほどまでして封じなければいけない理由でもあるのか、持国天を? 何の力もない、と持国天自身は言っていたが。
いや、あるいは。探しているといったのは『四天王の残り二尊』――なら。もう一尊、『毘沙門天』も封じるということか? なぜ?
かすみが考え込んでいたとき、不意に斉藤が口を開く。
「ウス……自分なんかが、言うことでもない、スけど……危険ス、からね……怪仏は」
賀来は横目で斉藤を見、視線をうつむける。さすがに黙った。
同じようにうつむき、斉藤は言った。
「それに……大丈夫、スかね……平坂さんたち」
思考をいったん脇に置いてかすみは言う。
「まあ、大きな怪我はないみたいでしたけど。でも平坂さんは一度、倒れるぐらい攻撃されたんでしたっけ……」
直接見てはいないが、渦生の説明によればそうだ。渦生と帝釈天との戦いの後、現れた黒田――阿修羅――に、渦生も平坂も襲われた。
顔をうつむけて斉藤は言う。
「それも、スけど……なんて言うか、自分たちのときは、どうにか……だったスけど……」
斉藤はそれきり黙ってしまったが。言いたいことは分かった。
斉藤と賀来のときは、ちゃんと和解することができた。二人の間でも、かすみたちとも。
それができるのだろうか、平坂と黒田の間で。一度は倒されてしまうほどに、その力を向けられた相手と。
百見は小さくうなずく。
「確かに、それは懸念される問題だね。だが、それもまず当人たちの――」
その声の合間に。廊下から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ヤだ! ぜってーヤだからなオレはマジで!」
「えー、行くって言ったじゃん円次!」
平坂と、黒田の声だった。
やがて廊下を歩いてくる二人が見えた。かすみたちには気づいていないのか、互いを見ながら言う。
「ヤだって、やっぱヤだからもうぜってー行かねェからオレ! ヤだ、ヤだヤだヤだヤだ!」
反対側へ歩き去ろうとする平坂の腕を黒田がつかむ。足を踏ん張って引っ張った。
「待ってよ、行くって言ったじゃないかあの子たちのとこ! 一緒に来てくれる、って言っただろ! ……じゃいいよ、僕一人で謝ってくるよ。けど――」
不意に真顔になり、低い声を作って続ける。
「『オレは嘘はつかねェ主義だ』――だっけ」
円次が鼻の奥で息を詰まらせ、豚の鳴き声みたいな音が上がった。
「ンなっ……」
黒田は真顔のままで言う。
「嘘は言わないんだろ、だったら言ったとおりついて来てよ。なにせ『オレァ嘘ァつかねェ主義だ』だろ?」
「な、お前、あんとき聞いて――あ」
食いかかるように黒田に顔を寄せていた平坂だったが。初めてこちらに気づいたように、かすみと目が合った。
「…………」
「…………」
互いに無言の時間が過ぎた後で。
「……ンだよ、何か文句でも――」
平坂が眉根を寄せ、かすみたちを見回しながらにらんでくる中。
「本当にすみませんでした!!」
黒田は腰より低く頭を下げ、謝っていた。
平坂が声を上げる。
「今言うなよ! アホみてェじゃねェかオレが!」
黒田は頭を上げずなおも声を張る。
「本当に、本当にすみませんでした!!」
「聞けよ!」
「申し訳ないです、お詫びのしようも――」
「だから聞けェ!」
悲鳴のような平坂の声が響いた後。
どうにか、かすみは口を開いた。
「えー……と……。とにかく、謝罪にいらした、ということでいいです?」
何か言いかけた平坂を手で制し、黒田が再び頭を下げる。
「ええ、なんと言うか……本当に、我ながら不甲斐無い……申し訳ありませんでした。特に崇春くんには、何とお詫びしていいか……」
崇春は歯を見せて笑う。
「なあに、気にせんこっちゃ! わしなら大丈夫じゃし、他に被害が出たわけでもないけぇのう!」
渦生は怪我をしていたようだが。それを差し引けば、壊れた物も崇春の力で直ったわけだし、被害はないと考えてもいいのかもしれなかった。
気がすすまないながら、かすみは口を開く。
「その、それはいいとしても……あの、お二人の間での……」
周りに被害はないと考えてもいい、ただし。
渦生の他に、平坂自身が怪我をさせられていたはずだ。そのことも含めてどう決着をつけるべきなのか。それは先ほど、かすみたちが懸念していたことでもあった。
平坂が言う。
「あーそれな。その話なら終わった終わった。なんもねェよ」
「……え?」
円次は肩をすくめてみせる。
「別に、こいつはオレを殺しかけたのかもしれねェが……オレだって何度も殺しそうになったし。つーか、オレがもしもこいつだったら。多分同じことやってた」
「え……」
平坂は緩く息をつき、笑う。粗く波打つ髪をもみしだくようにかいて、照れたように。
「なんかよ、嬉しいンだ。そンぐらいこいつが、剣のこと大事に、想っててくれたってよ」
「そうなん……ですか」
分からない。正直全然分からない、が。
きっとそれは、百見が言ったように。当人たちの問題なのだろう。そして当人たちが問題ないのなら。きっと、それでいいのだろう。
かすみの口から緩く息が漏れる。肩から同じく力が抜けた。
それならまあ、とりあえずは――
「一件落着とは、まだいかんの」
言ったのは腕組みをした崇春だった。
「昨日はともかくあれでよかったわけじゃが。やはり、どうしても気になるわい――」
黒田に向き直り、言葉を継ぐ。
「昨日も聞いたが。怪仏の力、どこで手に入れたんじゃ。お主は言うたはず、怪仏の力は人からもろうたと。そしてその者に頼んだ、平坂さんにも同じ力を……と」
黒田の目を、そして平坂の目を見、続けた。
「お主らに怪仏を授けたという者……いったい、何者なんじゃ」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる