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二ノ巻 闇に響くは修羅天剣
二ノ巻エピローグ 大暗黒天は活動する
しおりを挟む東条紫苑の手の上で、揺らいでは消える数々の怪仏の姿は。昼下がりの日差しの中にあって、なおいっそう黒かった。
彼はそこにいた、身を隠すほどに丈の高い、草むらの中に一人立って。
白い手袋に覆われた、その手の上では。黒いもやの中、昨日の情景が映し出されていた。怪仏・阿修羅からの視点の、境内での戦いが。
「ふうん……黒田達己。妙な望みを持つとは思っていたが――」
まったく、妙な望みだった。平坂円次に勝ちたい、そのための力が欲しい、それは分かるが。
卑怯となることがないよう、平坂にも同じ力――怪仏の力――を与えて欲しい、などと。
喉を鳴らして紫苑は笑う。
「いや、相性は良かったのかも知れないな……『正義を司る神仏』とも語られる、阿修羅王とは」
現に、伝承上は敗北しているはずの帝釈天には――先の明王との戦いで消耗している上、平坂がその力を求めなかったため、真の力を発揮していないとはいえ――、勝利している。
怪仏は神でも仏でもない――そもそも神や仏など、存在したことがあるのか? 東条紫苑なら、否と答える――、とはいえ。
怪仏は伝承に影響される。多少の差はあれど、確実に。業と因果の塊たる怪仏の、それは避けえぬ業だった。
それを越えて勝利した、阿修羅は帝釈天に。
いや――それ自体はどうでもいい。黒田が望みを叶えようと、敗北しようとどうでも。紫苑が怪仏の力を与えたという記憶すら、彼らには残らぬようにしてある――与えた力が失われたときには――。
紫苑は身を折り曲げた――その体は制服ではなく、上下同色の衣服に包まれている。どんな身体操作にも適しているであろう簡素なもの、しかしそれは、彼のためにあつらえられたかのように自然に体を覆っている――。
肩が揺れる、喉の奥から声が漏れる。押さえ切れない笑い声が。
「くくく……ははは! よくやった、よくやったぞ黒田達己……いや、平坂円次!」
そうだ、因果に引かれてか、あるいはそれを越えてか。
帝釈天を拒んだ平坂の前には現れた。帝釈天からこぼれ落ちた、平坂自身の業を素として。
伝承上、帝釈天直属の部下たる四天王。その一尊たる持国天が。
「ふふ、ははは……!」
聞きとがめられぬよう、手袋をした手で口を押さえる。片手は傍らに置いた帽子――その全てを自然の素材で編み上げられた、奇妙に庇の長いもの――をつかみ、目深にかぶる。誰かに見とがめられないように。
持国天が現れたことで。四天王のうち、三尊が揃った。
怪仏は伝承に引っ張られる、他の怪仏の影響を受ける。伝承上に関わりのある怪仏の。
故に、間もなく現れるはず。三尊に引かれて、四天王最後の神仏。『多聞天』、またの名を『毘沙門天』。
四天王において最強、否、天部――仏法を守護する悠久の神々――において最強とも語られる神仏。その怪仏が。
それを手にした、そのときこそ。大きく近づく、紫苑の望みに。
「うくく……はは、ははは!」
折り曲げていた身をそらせ、空へと声を響かす。
その背後から。
「何笑ってんですー、会長―?」
草をかき分けて姿を見せた、紫苑と同じ衣服――学校指定のジャージ――を身につけた生徒。紫苑が所属する、斑野高校生徒会の役員が。
「え、あ、ああ……」
紫苑が言葉を濁すうちにも、草をかき分けて役員らが集ってくる。手に手にスコップや鎌、抜いた草を持ったまま。
「何なに?」
「まーた生徒会長のご乱心ですか……」
「ていうか、ボランティア活動はいいですけど。昼休みにしなくてもいいんじゃないですか、草むしり」
紫苑は軍手をしたままの手で、麦わら帽子を深く引き下げた。皆の視線から隠れるように。
「あー、うん。なんというかその、さっきのは――」
足下に置いていた、抜いた草を持ち上げる。
微笑んだ。
「――嬉しくて、さ。……でっかい根っこ。抜けて」
全員が紫苑の手にした草を見つめ。
一呼吸置いて、どっ、と笑った。
「大きくない! 別に大きくないですよそれ!」
「ていうか、そんな嬉しいんですかでっかい草抜けたら!」
「まーた会長のご乱心だぁ……」
ひとしきり、皆と一緒に笑った後。
東条紫苑は手にした草を握り締める。
――おのれ……笑っていられるのも今のうちだ、丸藤崇春……! 毘沙門天の力はこの俺がいただく……この怪仏・大黒天、大暗黒天の東条紫苑がな……! ――
よく晴れた空を見上げる、紫苑の顔は。軍手で一度覆ったせいで、ひどく土に汚れていた。
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