59 / 134
二ノ巻 闇に響くは修羅天剣
二ノ巻19話(後編)
しおりを挟むそのとき。かたわらの地面で、土を擦るような音がした。
「なるほど、のう……確かに言うとった。漢と漢の約束……」
崇春。渦生に手を借り、苦しげに顔を歪めながら、どうにか身を起こしていた。そして、かたわらの地面に落ちていたものを拾い上げる。
それは木刀。円次のものだろうそれは、渦生と戦ったときにそうなったか、半分ほどから先は焼け落ちていた。
震える手でそれを差し出す。円次へ、柄の方を向けて。
「そう、『刀の柄に懸けて』……じゃったかのう」
円次はうなずき、柄を握る。
「ああ、刀の柄に懸けて。……約束、守らせてくれねェか」
崇春は円次の視線を、受け止めるように見返す。
うなずき、そして目を閉じた。同時、力が抜けたように倒れかけ、渦生が慌てて支える。
阿修羅が地を踏み、高い声を上げた。
「――ええい、何をゴチャゴチャと! オレを無視してんじゃねェェぞてめえらァァ!」
聞いて。吹き出す様に息をつき、円次は笑った。
阿修羅が顔を歪める。
「――な! 何がおかしいんだてめェェ!」
円次はなおも、笑顔で言った。
「いや? 嬉しかったンだ」
不意に真顔になり、続ける。
「嬉しいンだよ、お前がそんなで。正々堂々ッつーの? わざわざ、待っててくれたンだよな……話が終わるまで。さっきもそうだった、渦生さんとそこの怪仏が戦った後も。不意討ちなんかはしなかった、名乗りを上げてから向かってきた。だよなあ――黒田」
阿修羅の――黒田の――表情が固まる。
「――な……」
その目を見据えて円次は言う。決してにらむのではなく、黒田の目の奥へと、視線を投げかけるような目をして。
「なあ、お前はずっとそうだよな。曲がったとこなんか全然ねェ……剣だってそりゃ、小せェ頃から無理やりやらされてるオレのが強ェ、それが当たり前なのに。お前は『不甲斐無い、不甲斐無い』ってよ……自分ばかり、真っ直ぐ責める」
どこか寂しげに眉を寄せ、視線を落として続ける。
「昔から……お前はそうだった、急に剣道始めるって、友達だからって、ンでオレより強くなりたいって、オレも引くほど練習してよ……」
そこで再び、黒田の目を見た。唇の端を吊り上げ、笑う。
「だからよ。てめェにゃ負けたくねェンだ。いや――勝ちたい、お前に」
「――な……あ……」
力ない手、中途半端に開かれた手で円次を指差し。黒田は――阿修羅は――目を瞬かせていた。
「――そんな、そんなはずがねえだろがァァ! 勝ちたいのはこいつだ、てめえになんぞ見向きもされてねぇこいつだァァ!」
開いた手を無理やり握り締め、胸を叩く。
「――それがこいつの業、オレの業! てめえを焼き尽くす執念の炎だァァァ!」
表情を消して円次は言う。
「黙れ。オレが黒田と話してンだろうが……間に入ってくっちゃべってンじゃねェ」
木刀を構え、阿修羅へと真っ直ぐに向ける。剣道の、中段の構え。
「まあ、これ以上御託はいらねェか。……行くぜ」
言ったその時には。円次はすでに足を踏み出していた――左足が音を立てて地を蹴り、的に向かう矢の速度で、木刀が真っ直ぐに突き出される。黒田の喉へと。
生身の人間が食らえば危険極まりない急所、そこへまともにぶち当たったにも関わらず。黒田は――阿修羅は――呻いたのみで、すぐに体勢を立て直した。
「――があ……っ!」
顔を歪めながらも振るう竹刀の、先から灼熱の粒子が飛ぶ。
「ちッ……!」
その場を跳び退いた円次の眼前に、しかし粒子の刃が追いつく。それは円次の顔面を、容赦なく切り裂くかと思えたが。
射程の外だったか――あるいは体勢の崩れたまま、とっさに繰り出したせいだったか――、円次の髪を揺らしたのみで、霧のように消えていった。
百見が声を上げる。
「無茶だ……分かるでしょう、平坂さん。怪仏に拠る攻撃以外は、怪仏にはほとんど通らない。怪仏に取り込まれた、今の黒田さんも同様だ。気持ちは理解できますが――」
黒田に視線を据えたままで円次は言う。
「分かった、つまり。わずかには通じるってンだろ」
構えを変える。左手左足を前に出しつつ木刀を斜めに寝かせた、剣道にはない構え。
「一本取れりゃいいンだ、たったそれだけ……一本ってのは致命打、命を脅かすほどの一撃。そして剣の使い手に取っちゃ、木刀は真剣と同じく凶器」
足をにじり寄せ、間合いを詰めつつ言う。
「わずかでも通じるンなら、十本。あるいは二十本。むしろ好都合だ、本来の『一本』――命を奪える攻撃――の手前まで。食らわせればいいだけだ……一本も受けずによ」
言う間にも動いた、竹刀の間合いに入った。反応した阿修羅が竹刀を振り上げ、打ち下ろす。
円次はそれをかわしざま、空いた胴を薙ぎつつ駆け抜けた。つぶやく。
「今ので――二つ目」
「――ぐ……」
呻く阿修羅が振り向くより早く、その背後で構え直し。さらに打つ、面を、一撃、二撃。
「三つ。四つ」
しかしそれも、阿修羅にとっての致命打とはならず。
「――ちィィ! しつけェェ!」
阿修羅は縦横に竹刀を振るった。その先から迸る熱閃が、何の抵抗もなく木刀を切り裂く――ついでに、その先にいた帝釈天の尻を焦がし、悲鳴を上げさせた――。
円次は表情も変えず身を転がし、大木の陰に隠れる。
阿修羅は唇の両端を吊り上げ、笑う。
「――上手く隠れたつもりかァァ? そんなところでよォォ」
竹刀を上段に掲げた、そのとき。その背後にゆらりと、熱気を帯びた粒子が立ち昇る。それは束ねられるかのように幾本かの帯状に固まり、さらに密度を増し。形作った、四本の腕を。
その腕が――黒田のものと合わせて六本の腕が――、竹刀を握り締める。
「――かァァァァ! 【修羅烈剣閃】!!」
放たれた橙色の粒子は波を――いや、もはや一つの刃を形成していた。向かっていく大木の幹、その半分ほども身幅のある巨大な刀、波打つ刃紋すら備えた刀の。
橙の大剣は堅く切り裂く音を立て、枝葉を揺らし。大木を縦に、根元近くまで両断する。
その脇から円次は飛び出す。金属の触れ合う音を、重く響かせる武器を手に。
「悪ィな、借りるぜ」
錫杖。崇春が落としていたそれを手に、阿修羅へと駆ける。
阿修羅は両腕を振り下ろしたままだった、竹刀を引き上げるには遅かった。
じゃりん、と金輪を鳴らしながら、金銅色の錫杖の先が、阿修羅の喉へと突き込まれる。
「五つ――」
円次はさらに錫杖を振り上げ、追撃を繰り出そうとしたが。
「――ちィィ……調子こいてんじゃねェェ!」
阿修羅の腕――黒田の腕ではない、その肩から伸びた、粒子に形作られた四本の腕――、その二本が錫杖を押さえ、もう二本が円次の腕をつかみ。黒田の腕が振り上げる竹刀が、円次の体を打った。
「がッ……!」
円次は顔を歪めたが、その体に傷はなかった。
阿修羅が言う。
「――ふん、悪運の強ぇ奴め……大技の後だ、力を込められてなかったか。だがなァァ……」
竹刀から再び橙色の粒子が昇る。四本の腕は今も、円次の武器と腕を捕らえている。
阿修羅は、竹刀を上段へと構えた。
「――さあ、今度こそ。死ねェェェェッ!」
0
あなたにおすすめの小説
滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~
スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」
悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!?
「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」
やかましぃやぁ。
※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる