58 / 134
二ノ巻 闇に響くは修羅天剣
二ノ巻19話(前編) 刀の柄に
しおりを挟む目の前で繰り広げられる光景に、かすみは目を瞬かせていた。
「えー、と……」
何か分からないが、凄んでいる、生身の人間が怪仏に。凄まれている、怪仏の方が。そちらを指差しながら百見の方を見る。
「何なんですかね、あれ……、って」
百見は。合掌していた、その光景を前に。
「『業』、すなわち『煩悩』そのものたる怪仏を、人間が御している……なんと仏教的な光景だ……!」
渦生も同じく合掌していた。
「ああ……スゲェな、あいつ……」
「……って、やってる場合ですかーーーっ!」
どうすべきかは分からない。分からないが、拝んでいる場合でないことだけはよく分かった。
というか。はたから見れば、すがりつく仏様をむげに扱う高校生という、わけの分からない図なのだが。
百見と渦生を交互に見ながら言う。
「とにかく、とにかく崇春さんをですね、安全な場所に――」
かすみの言葉が終わるより早く、黒田――阿修羅――は動いていた。
「――ふん、何だか知らねぇが。怪仏の力、使わねぇなら好都合よォォ! 死ねやァァ!」
振りかざす竹刀の周囲から、橙色の熱波が吹き上がる。
振り下ろされたその先からほとばしる熱気を、円次は横に跳んで――帝釈天もどうにか、反対側に跳んで――かわした。
しかし、阿修羅はさらに竹刀を振るう。
「ちっ」
円次はなおも足を継ぎ、跳んで身をかわすが。
かわした先、着地点へ向けて振るわれていた。さらなる一撃、輝く粒子の刃が。
「ぐうっ……!」
円次が腕を掲げ、どうにか防御しようとしたそのとき。
「【広目一筆】!」
その前の空間に、打ち立てるように力強く、墨の跡が――巨大な筆を振るったような跡が――現れる。見る間にそれは横へ払われ、押し込むように止めた跡をつけた。
空間に書かれた一の字に、粒子の刃がぶち当たり。互いが黒い、あるいは橙色の飛沫を残してかき消えた。
百見が、手にした万年筆をくるり、と回す。そのかたわらには筆と巻物を手にした四天王、『広目天』の姿があった。
「さて。そこまでだ怪仏・阿修羅よ。大人しく彼の体を明け渡すがいい、さもなくば僕が封じてくれる」
唇の端にわずかに笑みを浮かべ、続ける。
「とはいえ、だ。明け渡さなかったとしても封じるわけだが。選ぶといい、大人しく封じられるか。痛い目を見てから――」
「おい」
さえぎるように円次が言った、百見に向かって。ただし、目は阿修羅を見据えたまま。
「待てよ……助けられといてすまねェが。約束と、違うンじゃねェか」
「……」
百見は何も言わず、眼鏡を押し上げて円次を見返す。
かすみはひそかに唾を飲み込む。
確かに、約束はした。今日一晩、この神社には近づかないと。
だが、それを承知でかすみたちは来たのだ。たとえ約束を破ってでも、怪仏事件を解決しようと。怪仏の正体――平坂がそうだと思い込んでいたが――自身さえ、無事のまま終わらせようと。
それをどうにか説明しようと、かすみが口を開きかけたとき。
「谷﨑さん」
眼鏡に指を当てたまま、百見がそう言った。
「は、はい」
「そういえば説明していなかったね、君を呼んだ理由を……君にしか頼めないことだ」
かすみは目を瞬かせる。
理由も何も、最初はジャガイモの調理に呼ばれたはずだ。いや、それは建前で、結局は崇春を――平坂との約束を破って――動かすために呼ばれたのだったか。だが、それ以外にも理由があるのか?
疑問には思いつつも。妙な話、胸に熱いものが来る。
――こんな私、戦う力のない私でも、頼りにしてくれていたんだ。私にしかできないことなんて、何なのかは分からないけれど――。
百見は円次を指差しつつ、阿修羅の方へと向き直る。
「僕が戦う、その間に! 平坂さんに謝っておいてくれ!」
「……へ?」
百見は印を結び、広目天が筆を構える。そうしながらも続けて言う。
「ええい、君は分からんのか! 約束を破ったのは事実だし、謝る必要はある。そして――この現代に差別的との誹りを受けるかも知れないが、現実問題として――、女の子に謝られた方が、向こうだって責めにくいはず!」
「……は?」
口を開けたかすみに構わず、眼鏡を押し上げて百見は続ける。
「往々にしてそういうものさ、思春期の男子とはね。君にしか頼めない……賀来さんの語彙力では上手く謝れないか、余計なことを言ってややこしくなるはず……いや、そもそも謝ってくれるかが怪しい」
なるほど、だから呼ばなかったのか。調理の手が要るときに、料理が得意な賀来を。理屈としては一応納得できる。それに、平坂に謝る必要がある、それも分かる。誰がやるかとなると、戦えないかすみしかいない、それもそうだ。まあ、そのとおりだ。
が。
円次を指差し、百見を見ながら。かすみは言った。
「本人の前で言わないで下さーーーい!! 今から謝る相手の前で! めっちゃめちゃ失礼じゃないですか、絶対怒られますよこれ! あとひどい、賀来さんにも!」
円次は口を開けたまま、目を瞬かせていたが。
やがて息をこぼし、肩を揺らせた。
「ふ、はは……何だそれ、何なんだてめェら……なめてンのか」
そう言いながらも鼻から息をこぼし、笑っていた。
「あ……その」
とにかく。かすみは深く、ひざより下に頭を下げて、礼をした。
「本当に、その。すみませんでした。ただ、本当に必要だと思ったから、私たちは――」
「……いや、もういい。頭上げてくれ」
苦笑いしてそう言った後。平坂が不意に表情を消す。
「ああ、別にいいさ。お前らはそれでいい、けどよ。……オレもしたはずだ、約束なら。――てめェらが約束を破るのはいい、けど。オレは嘘はつかねェ主義だ、勝手に嘘つきにしねェでくれるか」
確かに円次は言っていた、怪仏の力――黒田の怪仏を指していたのか――は、明日崇春らに差し出すと。
――『約束しろ。オレも約束する、誰も死んだりはしねェ。明日には何事もなく終わる』――
かすみは口を開く。
「けど、それは――」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる