54 / 134
二ノ巻 闇に響くは修羅天剣
二ノ巻15話 遅れた到着
しおりを挟むその少し後。
かすみは息を切らし、膝に手をついて立ち止まっていた。例の神社への石段、それがすぐ先に見える場所で。
そばには、身をかがめてこそいなかったが、同じように呼吸を整える百見がいる。
神社へと駆けていく崇春は速すぎた、たちまち背中が見えなくなり、とても追いつけはしなかった。それでも、懸命に走ってきた。渦生が、それに平坂も無事でいて欲しいと願って。
「おー、だいじょぶかお前ら。何か飲むか」
今。助けるために急いできたその人、渦生は。道端の自販機に小銭を入れている。ボロボロのジャージ姿で、煙草をくわえて。
「…………」
そのままの姿勢でかすみは黙る。
百見も同様だったが、呼吸を整えた後で口を開いた。
「……お元気そうで、何よりでしたよ」
「なんかトゲを感じるなオイ……まあいい、ほれ」
スポーツドリンクを二本買い、差し出してくる。
受け取るより先にかすみは言った。
「それより! 崇春さんは、それに平坂さんも」
自販機の横にしゃがみ込み、地面に置いていた別のスポーツドリンクに口をつけた後、渦生は言った。
「あーそれな、説明し出すとややこしいんだが……まず、平坂は今度の怪仏の正体じゃなかった」
「え!?」
「だが、別の怪仏を喚び出してはいた」
「ええ!?」
「で、今度の怪仏――お前が見た六本腕の怪仏――、阿修羅とその正体と、崇春が上で戦ってる」
「そうなん、ですか……ん?」
かすみは眉を寄せる。
「で。渦生さんは、何をしてるんですか?」
渦生は目を瞬かせ、それから顔を背けた後。煙草を口にし、煙を吐いた。
「……何って、ほれ。助けを、待ってたんだよ」
かすみの頬がわずかに固くなる。
「いや、結構元気ですよね今」
渦生はかすみへと向き直り、音を立てて地面を踏む。
「うっせえ、やばかったんだよさっきまで! ついさっきまで! 大体、平坂が喚《よ》んだ方の怪仏倒したのは俺だぞ! んでボロボロになって、そこを黒田の喚《よ》んだ阿修羅に襲われて。その後に崇春が来た」
百見が口を開く。
「黒田……剣道部の、今日会った黒田さんですか?」
渦生は額に手を当て、大きく息をつく。
「ああそうだ、結局俺の教え子だ……参るぜ」
「なるほど、同じ部活同士、平坂さんとは因縁もあり得るか……で、その二人、それに崇春は」
渦生は神社の方、石段の上へ視線をやった。百見とかすみも、同じ方へと視線を向ける。
神社は静かだった。石段の下に灯る街灯の明かりでは、境内の様子まで見通せないが。話し声さえも聞こえてはこなかった。
かすみは口を開く。
「……で、崇春さんたちは」
「…………さあ」
視線をそらせた渦生の正面へと回り込み、かすみは言う。
「いや、さあじゃありませんよね!? だいぶ静かですけど今、逆にどうなって――」
そのとき、ふと目に映った。石段の上、本来なら道路から目につく辺りに――そこが神社だとすぐ分かる位置に――あったはずの石鳥居。それがない。いや、それらしきものが今は、砕けて境内に転がっている。
かすみの背筋に、冷たく震えが走る。
半ば反射的に駆け出した、そのとき。
かすみの肩を、渦生の手が後ろからつかむ。
「待て!」
振りほどこうとするが、渦生の手にこもる力は強く、できなかった。
「離して下さい、早く――」
渦生が強く声を上げた。
「だから待て! お前が行ってどうなる、崇春の仕事を増やす気か!」
かすみは動きを止めて、渦生の顔を見た。
渦生は煙草を捨て、靴でにじり消しながら言う。
「物音はしてた、物音はしてたんだちょっと前まで、怪仏同士で闘り合う音がな。勢い余って石鳥居をブッ倒すような戦いのよ。そんなとこへ首を突っ込んでどうなる……お前や、力を使い果たした俺が」
顔を歪め、消した煙草をにらむように視線を落とす。
「どうにもならねえよ。巻き込まれる的が増えるだけだ、崇春の有利には働かねえ」
かすみは視線をそらせ、唇を噛んだ。
確かに、確かにそうだ。けれど、それでも――
百見が小さく咳をする。
「とはいえ静か過ぎる、もう戦闘が終わっている可能性もあるでしょう。それで下りてこないのなら、かなり負傷していることも考えられる」
印を結び、小さく真言を唱える。百見のかたわらに、筆を手にした広目天の姿が浮かび上がった。
「僕が先に行きます、二人は後を」
おぼろに光をまとう広目天を先に立たせ、百見は石段へと向かう。決して走りはせず、周囲をうかがいながら。
かすみも後に続く。渦生はその横を歩いていたが、血のにじむ脚を引きずるせいか、次第に歩みが遅れた。
石段を上がりながらかすみは目を瞬かせ、境内の奥へ視線を向けるが。やはり暗すぎ、見通せない。辺りには今も、何の物音も聞こえない。虫の声、風の音すら。
石段を上り切る。その先には鳥居が崩れ落ちていた。電柱ほども太さのある石の柱は長く、とても人の力で倒せるようには見えなかった。やはり怪仏が倒したのだろう、おそらくは崇春との戦闘の中で。
そう考えて、また背筋が震える。
百見に先導され、境内を奥へと進む。それにつれて見えてきた、戦いの爪跡が。
石灯籠は崩れ落ち、あるいは切断されたかのように二つに分かたれ。石畳には裂かれたような亀裂が走り、あるいは剥がれた箇所もあった。
その先では、頭上を覆っていたであろう木々の枝葉がへし折られ、積もるほどに辺りに散っていた。
そして。鎮守の森に口を開けた夜空の、月明かりの下。社の近くにその姿は見えた。
崇春。地面の上、大の字に横たわり、身じろぎすらしない崇春。その額から流れ落ち、顔を染めるものは血だろうか。
「崇春、さん……! 大丈夫で――」
駆け寄ろうとしたかすみを、渦生と百見が前後から引き留める。
その理由は、かすみにもすぐ分かった。
倒れた崇春のそばに、人影が見えた。
手にした竹刀の先を地につけて、口を開けて立ち尽くす黒田。
そして。見開かれたその視線の先――崇春の向こう――。
立ち上がる平坂の顔は、月明かりから隠れて。黒い影のように見えた。
0
あなたにおすすめの小説
滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~
スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」
悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!?
「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」
やかましぃやぁ。
※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる