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第二章

第44話:付呪師ギルド設立

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 展示会の準備のため、僕たちは様々な魔道具を荷台に乗せ、会場へとたどり着いた。

「リゼル氏すまない、たぶん少し遅刻した」

「……遅刻すると、どうなるんです?」

「うむ。早めに来る来場客とかち合う可能性が……」

「ま、まあそれくらいなら……」

 だが、ガラリアは苦い顔になる。

「経験上、面倒な客が多いのだよ」

 と、その時だった。

「ん! ガラリアか!」

 高そうな礼服に身を包んだ壮年の男性が、つかつかと足早に近づいてくる。
 歩き方からどこか高圧的な雰囲気を感じ、僕は少しばかり警戒した。
 男の周囲には三人の護衛がいる。

 ガラリアは、これみよがしにため息をついて僕に言った。

「あれが面倒な客代表だ」

「あれが、ですか……」

 だが、不思議とガラリアの声色に嫌悪は感じられない。

「聞こえたぞガラリア! お前は相変わらずだな!」

「……お前が早く着きすぎると[商人ギルド]の者が緊張するのがわからないのか」

「構うものか! 他に優先すべきことは山ほどある!」

「酷い男だ」

「ふん、師の教えが良かったのだろう!」

「ボクはこんなこと教えてないぞ」

「教わったとも。為すべきことは今為せとな!」

 ガラリアは眉間に皺を寄せ不機嫌そうな顔になる。

 ああ、この人もガラリアの弟子なのか。
 確かに言われてみると……ガラリアを男にして年を取らせてもう少し性格を尖らせたらこんな感じかもしれない。

「で、これが新しい弟子か? 本当に使えるのだろうな?」

 と、男は僕を顎で指す。

 ……嫌な部分が目立つな。
 でもガラリアの弟子だからなぁ……。

「弟子では無い、同志だ」

「弟子ということにしておけ。その方が通りが良い」

「いいや同志だ。彼はボクと対等な立場でここにいる」

「強情なやつめ! 大臣共はお前の理想に耳を傾けたりはせんぞ? こちらではガラリアの新たな弟子として扱わせてもらう」

 大臣?
 あれ、この人ひょっとして凄い偉い人なのだろうか。
 そういえば、この街の[魔術師ギルド]と[魔法大学]の長も弟子だと言っていたが……。

 僕は記憶を辿り、[バストール共和国]の要人の顔を思い出していく。
 ……いた。
 間違いない。
 彼は、この国のトップ――大統領だ。

 僕は、なんだか背筋が冷たくなったような気がした。

 大統領がチラと僕に視界を向ける。
 僕は慌ててて居住まいを正し、頭を下げた。

「お初にお目にかかります。リゼル・ブラウンと申します」

「ん! 結構だ。ガラリアの何と伝えておけば良いか?」

 と、ガラリアが僕のローブの裾をぐいぐい引っ張る。

「おいリゼル氏。同志だ。間違えるなよ」

 僕は少し迷ってから、大統領の目を見て答えた。

「弟子、と伝えてくださって結構です」

 男はにやりと口元を歪め、ガラリアを見る。

「だそうだ。良い仲間を見つけたな?」

「ぐぐぐ、リゼル氏ぃ、ここに来てボクを裏切るのかぁ……」

 ガラリアは憎らしそうに僕をにらみつけるが、無視した。

「そもそも僕は、ガラリアさんの同志になった覚えも、弟子になった覚えもありません」

「では少年、お前はガラリアの何だ?」

 答えはとうに出ている。

「友達だと、思ってます」

 大統領は一度だけ優しい顔になり、僕の胸をぐっと拳で押した。

「良い返事だ。ガラリアを支えてやってくれ。これは遠くばかりを見ているからな」

 ガラリアがむすっとした顔になる。

「おい、ボクはちゃんと足元も見ているぞ」

「すぐにわかる嘘を付くな」

「そうですよ」

 大統領が呆れると、僕も続いた。

「り、リゼル氏はどっちの味方なのかね!」

 憤慨しているガラリアを無視して僕はもう一度男を見る。

「そういうわけなので、一番良いように伝えていただければ助かります」

「ん! そのつもりだ!」

 [商人ギルド]から、慌てた様子のギルド員が出てくる。
 その中には、ギルド長もいた。

「だ、大統領閣下に置かれましては――!」

 よし、当たってた。
 本当にガラリアは顔が広いというかなんというか……。

「部屋に案内してくれ! 長旅で疲れている!」

 大統領はすぐに踵を返し、ギルド員らの元へと向かった。

 ふと、僕はその背中を目で追いながらぼやく。

「何かガラリアさんに似てましたね」

「お? 何だリゼル氏今喧嘩売ったか?」

「売ってませんよ。僕たちも展示品、運ばないといけないのでもう行きましょう」

 やるべきことは多い。

 そうして僕たちは別々のブースに向かった。


 ※


「こ、これは素晴らしい……」

 一人の魔導師が、ガラリア工房作の杖を手に取り驚嘆している。

 すると、すぐ近くにいたが別の魔導師が興味深げに覗き込む。

「おお、確かに。途方も無い魔力を感じるな……」

 やがて周囲の魔導師はざわつき始める。

「こ、これをガラリア工房が作ったのか?」

「古代の遺物では無く、新作の杖が、この魔力……」

 僕の杖の評判は上々だった。
 本来ならばもっと喜ぶべきことなのだろうが、正直なところ[帝級]のブースが気になって集中できない。
 作り笑顔を浮かべるので精一杯だ。

 と、エメリアが彼らに近づいた。

「お気に召してくださいましたか?」

「おや、あなたは確か――」

「はい。[黄金級]の魔導師、エメリア・ベリルと申します」

「やはり。ご活躍の噂は聞いております。――この杖はあなたが?」

「いえ。リゼル・ブラウンという名はご存知でしょう?」

「……本当に実在していたのですか? てっきり世迷い言かと」

「いくつか尾ひれのついた噂が流れているのは承知しています。ですが、彼は実在しています。そして私たちの命を救ってくださいました」

「ほ、お……。途方も無い力を持った付呪師だとか」

「はい。あちらに――」

 エメリアは僕に視線を向ける。

「な、何と、あの少年が!」

 魔導師たちが一斉に僕のもとに寄ってくる。
 僕は魔導師たちから質問攻めに遭いながらも、杖の要点や使いみち、などを答えていく。

 魔導師は感激して言った。

「いや、十分だ……。そこまでの威力をこの小さな杖で使えるのならば、切り札として是非活用したい」

「私もだ。杖以外にも、いくつか気になったものもある」

「ガラリア工房は、ついにこれほどの魔道具を作り出したのか……」

 ふと、一人の魔導師がきょろきょろと誰かを探す。

「ところで、ガラリア殿はいったいどこに――?」

 僕は作り笑顔を崩さないよう注意しながら答える。

「ガラリア先生でしたら、この先にいらっしゃいます。当ガラリア工房が修復した、異物――[鋼帝クロス]を展示していますので、是非そちらにいらしてください」

 ちなみに[鋼帝]の命名は全部ガラリアがした。
 既存の[帝級]は人智が及ばぬものとして、神々の属性から取られているが、人の手による[帝]としてガラリアは[鋼]の皇帝と名付けたのだ。

 後の理由は教えてもらえなかったが、まあ良いだろう。

 魔導師たちはまたざわつく。

「は、[鋼の帝]……!」

「ぜ、是非私もひと目――!」

「私も! ガラリア先生の、[鋼]を!」


 こうして、僕とエメリアは、冒険者や街の貴族たちの応対をし続けけ、全ての展示会を無事に終える。

 そして、ガラリアの演説が始まろうとしていた。


 ※


「今、新しい時代が始まろうとしています」

 僕とエメリアはガラリアの両隣に立っていることから、冒険者や貴族たちの視線が注がれっぱなしだ。
 流石に緊張する。

「魔法という概念が我々にもたらされてから、数千年が経ちました」

 板鎧の冒険者を始めとする、〈サウスラン〉から一緒だった彼らが僕に手を振る。
 この状況では流石に僕は苦笑で返すくらいしかできない。

「やがて、ルーンと呼ばれる古代文字を使う人々は滅び、魔道具は衰退してしまいました」

 [商人ギルド]のギルド長は、目尻に浮かんだ涙をハンカチで拭っている。
 彼らはガラリアの弟子というより、子供に近い存在なのかもしれない。
 幼少時から、一緒だったのだから。

「ですが今、再び、我々は古代文字を取り戻しました。それが夢物語ではなく現実だということは、つい先程ご覧になったばかりでしょう」

 ルグリアは隅っこの方でくたびれている。
 先程まで、[帝級]の甲冑を使い、空を飛んで見せたり、魔法を受けて見せたりと大変だったのだ。
 後でたっぷりと嫌味を言われるかもしれないが、それも一興だろう。

「我々は、未だに解明されない遺物、その最高峰、[鋼帝]を修復しました」

 貴族たちが、息を呑む。
 彼らの中には[魔法派]の者たちもいるだろう。
 だが、人の手で修復された[帝級]の甲冑を自分の目で見てしまった故、ガラリアの言葉に異論を唱えることはできない。

「かつて、空にはいくつもの船が飛び交い、遠く離れた国々との交流はずっと盛んだったと記録されています」

 ガラリアはわずかに語気を強め、一度皆を見渡してから言った。

「再び、その時代が訪れます。そのために私は[付呪師ギルド]の設立をここに宣言し、全ての人々に、新しい豊かさを提供することを約束しましょう」

 拍手は、まばらだった。

 だがそれでいい。
 既にガラリアと話は合わせてある。

 大勢が様子見に回ってくれたのならば、後は結果を出せば良いのだ。
 そしてその結果は、僕たちの手にかかっている。


 ※


 [石と苗木]に戻った僕らは、夕食を取りながらこれからどうすべきかを相談した。

 ガラリアは、[鋼帝]の量産を提言するが、僕はため息を付いてから首を振った。

「工房焼けちゃったんですから、まずは再建が先でしょ」

「あっ……そ、そうだった。何ということだ」

 いやほんとガラリアは時々足元見えない人だ。

「むむむぅ、ボクはしばらく宿暮らしということか……」

 ふと、ルグリアが難しい顔をして口を挟む。

「……ねえ。何かアタシ、知らない間に[付呪師ギルド]に入ることになってない?」

「ルグリア氏、キミもいい加減定職につきたまえ」

「うっ……」

「ちなみにエメリア氏にはリゼル氏と同じく副ギルド長についてもらう。こっちは何人いても良いらしいのでな」

 エメリアは少しばかり恥ずかしそうに頬をかく。

 しかし、と僕は思った。

「構成メンバーが長一人と副が二人って何それ……」

 僕の思ったことを、ルグリアが代わりに言ってくれた。
 流石にまだまだ立ち上げたばかり、この人数では弱小[ギルド]だ。

「……一応聞いておくけど、アタシが入ったら役職何?」

「ん? ヒラだが?」

「うげぇ……」

 と、その時だった。

 宿屋の扉が開かれると、数名の冒険者たちがなだれ込んできた。

「おおーいたいた! よお先生! [付呪師ギルド]何だってな!?」

「遠くから見てたの気づいたか先生!」

「俺らが入れば優先的に使わせたりしてくれんのか? ウハハハー!」

 〈サウスラン〉から一緒だった冒険者たちだ。
 どうやら展示会の後、話をしたくて僕を探していたらしい。

 最後に板鎧の冒険者が言った。

「もはや、リゼル君の付呪無しの冒険は考えられん。そこでどうだろう、我々も[付呪師ギルド]へと加えてくれないだろうか」

 ふむ、と考え込んだガラリアに僕は言った。

「僕たちの付呪を試してくれる人たちができるのは大きいことだと思います」

「うーむー、実験部隊というやつかね……むむむ」

「……ねえ、ひょっとしてそれ全部アタシにやらせるつもりだった?」

 ルグリアが心底嫌そうな顔で口を挟むと、ガラリアは頷いた。

「うむ。ルグリア氏は何でもできることがわかったからな。何でも任そうと思った」

「うっわ……このクソババア……」

「おおー、キミも中々言うね」

 ……なんだか二人は本当に相性が悪い気がする。

「ま、まあルグリアさんに全部任せるわけにもいかないので、彼らが入ってくれたなら助かると思うんです」

「んむ、わかった、キミたちを[付呪師ギルド]に受け入れよう」

 と、ガラリアは椅子から立ち上がり、鼻息を荒くさせた。

「ようし、決めたぞ。ボクの工房は以前のものよりも大きくしよう。宿舎も用意して、訓練場も、それから――」

 少しずつ、[石と苗木]の扉を開ける者が増えていく。
 [商人ギルド]から来た者や、[魔術師ギルド]をこっそりと抜け出してきた者までいる。
 ガラリアの教え子の冒険者たちに、お忍びでやってきた貴族。

 ある者は、自分の国を持ちたいと言っていた。
 ある者は、再び船を空に浮かべたいと言っていた。
 世界中の食べ物が集まる拠点を作りたいと語る者もいた。

 気がつけば、僕たちは皆で夢を語り合い、未来に思いを馳せていた。

 [付呪師ギルド]で力を合わせ、世に広めることができれば、きっと叶うはずだ。

 そう確信させてくれる情熱と実力が、僕たちにはあるのだから。
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