小説版「付呪師リゼルの魔導具革命」

清見元康

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第二章

第43話:工房襲撃

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 日が落ち、夜になる。
 今日は星が見えない曇り空だ。

「ではガラリアさん、一緒に寝ましょう」

「あわわわー、り、リゼル氏はボクに手を出そうというのかねぇー」

「……そもそもまだ自分の部屋もらってないのでいつも一緒に寝てますよね? 僕床ですけど」

「うん、すまない知ってる」

「今日はルグリアさんとエメリアさんも一緒に寝ますので」

「あ、あわわわー、リゼル氏ぃー、二人同時に手を出したのかねぇー」

「怒りますよ」

「すまない、ちょっとふざけてみたのだ。許してくれ」

 と、僕の後ろにいたルグリアがぎょっとして覗き込む。

「え、リゼル君床で寝てるの……?」

「毎日しっかり家に帰ってベッドで寝てるのはルグリアさんだけですよ」

「……ねえ、この工房やばくない? リゼル君本当にここで働くの?」

 反論できない。
 実際、[鍛冶師ギルド]の代表として来てくれていたグインもガラリア工房の状況にドン引きしていた。
 それどころか、辛かったらいつでも戻ってこいとまで言われてしまった。

 ふらふらとした足取りのエメリアがやってくる。

「あ、今日は……ベッドで眠れるんですね……」

 そのまま彼女は引き寄せられるようにベッドに潜り込むと、寝息を立て始めた。

 ルグリアの眉間に皺が寄る。

「この状況が続くなら、エメリアとリゼル君を無理矢理にでも連れて帰るから」

「ん、すまないと思っている」

「……思ってるだけ?」

「この工房で誰かと一緒に付呪をできるなんて初めてのことなのだ。……改善しなくてはならないのはわかっている」

「で、いつやるの?」

「展示会を終えるまでは待って欲しい」

「……終わってもこれだったら、もう待たない」

「ん、肝に銘じておく。――見張り役は、リゼル氏とルグリア氏の二人だね?」

 エメリアは残念ながら見張りには参加しない。
 流石に無理をさせすぎたのだろう。
 ……僕の方が働いていた気はするが。

 まあ人には向き不向きがある。
 いざというときにはきっちりと働いてもらう予定だ。

 ルグリアは壁を背にして一振りの剣を抱きながら腰を下ろす。
 流石に彼女もこの閉所で弓は無理と判断したのだろう。

 僕は、ガラリアとエメリアが眠るベッドを背にして床に腰を下ろした。

 武器は[帝級]の補修パーツから余った装備を流用し、鋼の手甲を用意した。
 ローブの内側には投擲用のナイフと杖もあるので、準備万端だ。

 他にもたくさん策を張り巡らしてある。
 ここまでやれば、流石に守りきれるはずだ。

 そうして、夜は更けていった。


 ※


『おい、何か来た』

 僕は、策の一つとして用意してあった[餌付けした蜘蛛]の見張りが成功したことを知る。

 その蜘蛛が、カサカサと蠢きながら僕のそばで囁いた。

『八人。別れた。半分は鎧の方に行った。もう半分はこっちに来る』

 僕はガラリアとエメリアを起こし、ルグリアに視界をやる。
 彼女も既に気づいているようだ。
 流石は[白銀級]の冒険者といったところか。

 そしてそれはエメリアも同じだ。
 既に、エメリアはガラリアを庇いながら臨戦態勢に入りいつでも魔法を撃てる状態になっている。

 僕は蜘蛛にハムの切れ端を渡しながら言う。

「このまま偵察を継続してください」

『報酬分は働いた』

 そう言って蜘蛛はハムを咥えながらそそくさと家具の影へと消えていく。

 …………課題は山積みだな。

 と、作業場の方角からわずかに魔力が走る。
 あちらに向かった四人の暗殺者は[帝級]の甲冑にしかけた罠にかかったようだ。
 今頃彼らは夢の中だろう。

 さあ、問題は今この部屋に向かっている四人だ。

 扉に罠は設置してあるが、蹴破られてしまえば無効化される。
 だが足元にも、罠はある。

 作戦は完璧なはずだ。

 四つの魔力の気配が、部屋の扉の前に集まる。

 ルグリアは懐から投げナイフを取り出し、いつでも投擲できる体制に入っている。

 空気がしん、と静まりかえる。

 ただただ時間だけが流れ――。

 扉が、乱暴に蹴破られた。

 ほぼ同時にルグリアがナイフを投擲し、暗殺者たちの足元にしかけられた氷結の罠が発動する。

 だが、先頭の暗殺者は跳躍しながらルグリアの投げナイフを打ち払い、僕目掛けて一気に距離を詰める。

 ――勝った。

 僕は両手の手甲に施した[魔法障壁の付呪]を全開にさせながら、暗殺者目掛け拳を振るう。

 ふと、気づく。

 残りの三人の暗殺者は、部屋の中に入ってこない。

 ルグリアの投げた二投目のナイフが、先陣を切った暗殺者の首に挿し込まれた。

 暗殺者は、口元を布で覆いながらも、狂気の笑みを浮かべた気がした。

 ――何だ?

 脳裏に、ガラリアの言葉が思い出される。

 追いつめられた、ネズミ――。

 暗殺者の胸の中心から、圧倒的な魔力が膨れ上がる。

 僕が咄嗟に手甲で盾を作るのと、暗殺者の体から爆炎が噴き上がるのは、ほぼ同時だった。

 ――自爆。

 追いつめられたネズミの、執念を、僕は甘く見ていた。

 爆発の衝撃で部屋の家具が破壊される。
 手甲の魔法障壁のおかげで、僕は何とか致命傷を避けることができた。

 爆発音のせいで耳が聞こえない。

 ルグリアが倒れている。
 直撃だったはずだが、軽症で済んでいるのは、エメリアが咄嗟に魔法で守ったからだろう。

 灼熱の炎が部屋の中で踊ると、待機していた三人の暗殺者がナイフを構え飛び込んできた。

 もう、無力化して憲兵に付き出すような段階では無い。
 殺さなければ、殺られる――。

 背後にいるエメリアは、両腕に大やけどを負っている。
 恐らく、自分よりもルグリアを優先した結果だろう。

 ガラリアは、エメリアに向け回復魔法をかけようとするが、魔法が発動しない。
 既に以前の襲撃と同じように魔導師の魔法を無力化するフィールドを形成されてしまったのだろう。

「り、リゼル氏!」

 ガラリアが僕の名を呼ぶ。

 僕は迫る暗殺者を睨み、低く呻いた。
 
「――殺る!」

 手甲の魔法障壁を拳の先に集中させ、研ぎ澄ませる。

 眼前に迫る暗殺者めがけて振り抜いた拳は、暗殺者がまとう魔法障壁を容易く破壊し、内蔵と骨を打ち砕いた。

 暗殺者が血を吐き、倒れ込む。

 続けざまに現れた暗殺者を、返す拳で殴り飛ばす。
 その暗殺者は体の節々を捻じれさせながら炎の中に倒れ、動かなくなる。

 次が、最後――!

 三人目の暗殺者が持っていたショートソードが灼熱と稲妻を帯び瞬く。
 ぞわり、と悪寒が走る。
 この魔力の強さは――。

「く、うっ……!」

 咄嗟に右手甲で攻撃を受けるが、強大な付呪の力を帯びたショートソードの一撃に二秒ほど耐えただけで粉砕される。
 追撃に振るわれたショートソードの一撃をかろうじて左手甲で耐えるも、同じように粉々に消し飛んだ。

 どくん、と心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。
 僕はまだ、生きている。
 まだ、戦える。

 暗殺者が僕に止めを刺すべく、ショートソードを振るう。

 僕は咄嗟に、ローブの内側の杖を手に取り、暗殺者に向けた。

 魔力を、杖に走らせる。

 何かに気づいたガラリアは、僕の後ろで弱々しく呻いた。

「待って――」

 杖から稲妻と灼熱の輝きが、最後の暗殺者に向けて撃ち放たれる。

 稲妻は暗殺者の胴を容易く抉ると、背後の壁を貫通し、工房の内部を破壊し尽くした。

 暗殺者はガラリアを見ると、薄く笑ってゆっくりと倒れ込んだ。

 こ、今度こそ勝った。
 だけど、このままでは焼け死んでしまう。
 すぐに外へ――。

 エメリアが苦しげに僕を見る。

「リゼル、さん……。私、何もできないで――」

 彼女の腕のやけどは酷い。
 すぐに手当しなくては……。

「十分です。エメリアさんはちゃんとガラリアさんを守ってくれました」

 ルグリアは息をしている。
 軽症のはずだ。

 ガラリアは、ふらふらと最後の暗殺者の元へと歩み寄る。

「ガラリアさんはエメリアさんと脱出を! 僕はルグリアさんを連れて――」

 ガラリアは暗殺者のそばでぺたんとへたり込み、震える手で覆面を取り去った。

 僕は、言葉を失った。
 顕になった最後の暗殺者の顔に、見覚えがあったのだ。

 確か、遺跡で出会った、ガラリアと仲の良かった冒険者の一人――。

 彼は、ごほ、と血を吐き、ガラリアに微笑んだ。

「な、なあ、先生……」

 彼は、まだ息があるようだった。
 だが、もう持たないだろう。
 腹が、えぐれているのだ。
 助かるはずもない。

 ガラリアは何も言えず、ただ彼の手を握った。

「どうして、諦めろって……言ってくれなかったんすか……」

 ガラリアはただ呆然と彼を見据えている。

「お、俺だけ、何も――」

 そう言って、彼は動かなくなった。

 工房が、崩れ始める。

 ガラリアは彼の手を握ったまま動かない。

 ……すぐに、脱出しなくては。

 僕は倒れているルグリアを抱きかかえ、そのままガラリアの襟首を掴む。

 ガラリアは、抵抗しなかった。
 ただずっと、もう起きないかつての教え子を見ている。

「エメリアさん、掴まってください」

 エメリアが僕の首元にしっかりと抱きつくのを確認してから、僕は割れた窓から飛び降りる。

 [浮遊の付呪]を発動させ、僕はゆっくりと着地した。

 憲兵隊が遅れて駆け寄ってくる。

 ガラリアは燃えていく工房を、ただ呆然と見つめていた。


 ※


 朝日に照らされた綺羅びやかな鋼色の甲冑が、工房の焼け跡で見つかった。
 甲冑には一切の焼け跡は無い。

 流石は[帝]の名を冠する遺物ということなのだろう。
 あの程度の炎や瓦礫では、傷一つ付かなかったようだ。

 ……焼け焦げた遺体は、八つ見つかった。

 遺跡で出会った冒険者や、[商人ギルド]のギルド長が一つ遺体の前で悲しげに俯いていた。

 遺体の名は、バルバス。
 かつてガラリアの弟子の一人だった男で、壮年となっても何かを成し遂げようとあがき続けていたらしい。

 ガラリアの、諦めるなという言葉を、信じて。

 憲兵隊の話によれば、[暗殺者ギルド]の拠点に突入した時は既に内乱状態だったようだ。

 ガラリアを巡って何かを争っていたそうだが、これ以上の詳細はわからない。

 もう、暗殺者は全員死んだのだから。


 ※


 僕は、甲冑の無事を伝えるため、[石と苗木]に戻った。

 ガラリアに充てがわれた一室に向かい、ノックをしてから扉を開ける。

 ガラリアは抜け殻のようにただ呆然と天井を見つめていた。

「……ガラリアさん、甲冑は無事でした」

 ガラリアは答えない。

「他の魔道具は駄目になってしまいましたけど、既に展示品のいくつかは[商人ギルド]に送ってありますし、[付呪師ギルド]設立は可能だと思います」

 ガラリアは、答えない。

 僕は彼女の手を取り、無理やり視線を合わせた。

「僕は、折れませんから」

 例え一人に戻ろうとも。昔のような状況になろうとも。
 僕は、絶対に折れない。
 負けてやるつもりは、無い。

「あなたがここで折れるなら、僕は一人でもやります」

 ガラリアは、わずかに目を泳がせた。

「もう時間がありません。[商人ギルド]に甲冑を運ばなければ――」

「……リゼル氏には、無理だよ」

「やってみなければわかりません」

「いいや、わかる。キミにはまだ、[魔術師ギルド]や[魔法学校]を黙らせるだけの信頼が無い」

「……だとしても、後には引けません。僕はもう、副ギルド長ですから」

 この一ヶ月は、確かに色々あったけども、楽しかった。
 心からそう思う。

 誰かと怒鳴り合いながら一つのことに取り組んだのは、これが生まれて初めてだった。

 弟子でもなく同志でもなく、友達として、僕はガラリアを見捨てることはできない。

 ガラリアは一度ぎゅっと目をつむり、言った。

「リゼル氏、出ていってくれないか」

「ガラリアさん、僕は――」

「大丈夫。……少し、泣くだけだ」

 そう言った彼女の目元には、微かに涙が浮かんでいた。

 僕は慌てて目を反らす。
 彼女の泣く姿を見てはいけない気がした。

「……わかりました、待ってます。朝食、できてますので皆で食べましょう」

 そう言って、僕は部屋を後にした。


 エメリアたちとテーブルに着き、数分がたった頃――。

 ゆっくりと、ガラリアが階段から降りてくる。

 エメリアが泣きそうになりながら立ち上がった。

「ガラリア先生、私……」

「そんな顔をするなエメリア氏。……これから僕たちの夢が始まるのだ」

 もう、ガラリアは少しばかり寂しげに微笑む。

「空腹で死にそうだ。このままでは[付呪師ギルド]宣言もできない。食事にしよう、皆で――」

 ガラリアと一度だけ目が合うと、彼女は僕に向けてぺこりと頭を下げた。
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