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知らない香水
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「ただいまー」
「おかえり、お父さん、今日は早いね」
「まだ起きてたのか?今日は取引先に行って、直帰だったんだよ」
そう言って、スーツを脱いで、真一は部屋に放った。
「?」
その時にそよいだ風に乗って、微かな香水の香りが、みのるの鼻腔に奥に届く。母親ではないその香りに少し戸惑いを覚えるが、気が付かないふりをした。お酒の臭いもしたが、それに混じって別の香りがすしたのだ。一瞬、父が遠い人のように感じて、少し寂しさを覚える。
よく真一の会社を訪れていた取引先の営業マンが、昇進して異動となった。そうしたら今度は逆に、こちらの営業マンが先方を訪問した時に面会してもらう担当者となった。
訪問してくる彼を担当していたのは真一だったから、営業担当者と西條を連れて挨拶に行ったのだ。西條が叫ぶ。
「わあ、営業って面白いですね、外の空気を吸うのって、なんか新鮮」
「西條さんは、勝手についてきたんでしょ?」
真一はあきれ顔だ。
内勤の2人は、基本的に自宅と会社の往復しかしない。真一も内心浮かれていたが、聖子はそれを隠さず、子供の様にはしゃいでいる。
もともと、真一と向こうの社員は仲が良かった。仕事で会う機会が多いのは当然だが、昼休みに外回り中の彼と偶然で食わせて、蕎麦を一緒に食べる機会もあったからだ。
挨拶は上々で、何事も無く進む。彼の直接の上司にも会う事が出来たし、挨拶だけとはいえ、親睦を深める良い機会となった。
初めて訪れたオフィスは広い。10階建ての3フロアを独占していて、自分の会社よりもだいぶ規模が大きいようだ。
「あの会社、ウチより大きかったんですね。
私、こっちを上に見ていたんですけど、ヤバッてちょっと思っちゃいました」
帰りに、西條が笑いながら言った。
「俺もだよ、ずっとタメ口で話していたけど、もう敬語だな」
「同じ課長じゃないですか、井上さんは、そのままで良いですよ。
それよりヒラの私は、態度を改めないと。
こんにちは位は言ってましたけど、お辞儀しなくちゃ、最敬礼かな?」
駅までの道のり、他愛も無い会話が続いた。
「そうだ、少し早いけど、ご飯食べていきませんか?」
「ご飯?良いけど、早すぎるでしょ?」
「良いじゃないですか、今日の仕事は終わったんですから、どうせ直帰だし。
3時だからおやつの時間も兼ねて、早めのお夕食にしましょう?みのる君にもお土産を買っていきましょう。
ほら、あの店なんて、雰囲気良くありませんか?」
丁度見つけたオセアニア料理のお店を指さした西條は、真一の手を取って店に入った。前に彼女の胸が肩に触れた事を思い出す。彼女と親しい関係になれたらと願う気持ちが強くて、何故この子がみのるの名を知っているかなど考えもしなかった。
昼の時間帯の品数はあまりないが、普段食べなれないオーストラリアやニュージーランドの料理がメニューに並ぶ。夕方以降の料理は豊富で、ディナーやお酒を楽しむことも出来そうだ。
「私、ワインと牛の串のヤツと、このケーキください」
「昼間から?」
「私お酒好きなんですよ、毎日飲むんですよ。
彼氏いないんで、1人寂しくですけどね。
あっ、でもいつも夜ですよ、飲むのは」
出てきた料理は、ワンプレート料理で、上半分にサラダがのっていて、一口サイズよりやや大きめの牛肉の串焼きが、下半分に2本のっている。真一が頼んだのは、キングサーモンだったが、盛り付けは西條の物とほとんど同じだ。
「あ、井上さんの豪華なんだ。
サラダにスモークサーモンがのってますよ」
2人は、それぞれの料理を少しずつ交換し合う。ニュージーランドといえば、羊のイメージが強かった真一は、記念にラムの串焼きを頼んでいた。少し野性味のある味であるが、そこそこ美味しい。西條は、やっぱり牛肉の方が美味しいと言っていた。
日本ではあまり有名でないが、グラスフェットビーフという牧草のみで育てた牛肉を使用しているらしい。牛は草食獣だし、牧草を食べているのが当たり前だと思っていた2人だが、よくよく考えると、穀物を食べている所しか思い浮かばない。
「ハーブばかりを食べさせたりする日本のブランド牛や、ドングリばかりを食べさせるイベリコ豚もいるし、風味が変わるのかもね」
「詳しいですね」
「全然、俺、スーパーのオージービーフしか食わないもん」
彼女が頼んだのは、グラスワインだった。本人がお酒好きだといっているのだから、強いのだろう。よってはいない様だが、それでもアルコールが入れば、微熱を帯びた様なしっとりとした魅力を見せるようになった。
もともと甘えるような口調ではにかんで話す彼女であるから、男はみんなムズムズとした感情変化に襲われる。真一も例外ではない。完全に素面であるにもかかわらず、西條に魅了されて、ほろ酔いの気分だ。
「ふふ、井上さんも飲みますか?」
おままごとで、赤ちゃんに何かを食べさせる様な素振りで、グラスを真一に勧めた。彼女に飲ませてもらった残りのワインを飲み干す。意を決した真一は、そのまま彼女に身を寄せて、瞳を見つめた。
指にそっと手を添えるが、西條は引っ込めない。左手で彼女の膝を撫でて静かに唇を重ねた。
2人が座っていた席は、観葉植物に囲まれていて、店員のいるレジや厨房からは死角になっている。昼の時間帯も終わっていたから、他もまばらだ。店は1面が全面ガラス張りになっていて、店内は外から丸見えだったが、人通りは無い。
1度のキスで済ませる気でいた真一だが、冷たい空気に触れた唇は、彼女の温もりが恋しいと、2度3度と求めた。
肩に触れた彼女の胸の柔らかさが忘れられない。真一の左手は、西條の胸を目指したが、ぎこちなく上手くいかない。
彼女は真一の右側に座っていた。L字型のソファだったから、真一が身を寄せるのは容易だったが、背もたれが邪魔で、右手が思うように使えない。だから、利きの右手を彼女の手に添えたまま、左手をモモから腰へ滑らせたのだが、結局、諦めてしまった。
少し見つめ合って、お互い照れ笑いを浮かべた後に、真一は言った。
「行こうか・・・」
「ん・・」
西條は、静かに頷いた。
「おかえり、お父さん、今日は早いね」
「まだ起きてたのか?今日は取引先に行って、直帰だったんだよ」
そう言って、スーツを脱いで、真一は部屋に放った。
「?」
その時にそよいだ風に乗って、微かな香水の香りが、みのるの鼻腔に奥に届く。母親ではないその香りに少し戸惑いを覚えるが、気が付かないふりをした。お酒の臭いもしたが、それに混じって別の香りがすしたのだ。一瞬、父が遠い人のように感じて、少し寂しさを覚える。
よく真一の会社を訪れていた取引先の営業マンが、昇進して異動となった。そうしたら今度は逆に、こちらの営業マンが先方を訪問した時に面会してもらう担当者となった。
訪問してくる彼を担当していたのは真一だったから、営業担当者と西條を連れて挨拶に行ったのだ。西條が叫ぶ。
「わあ、営業って面白いですね、外の空気を吸うのって、なんか新鮮」
「西條さんは、勝手についてきたんでしょ?」
真一はあきれ顔だ。
内勤の2人は、基本的に自宅と会社の往復しかしない。真一も内心浮かれていたが、聖子はそれを隠さず、子供の様にはしゃいでいる。
もともと、真一と向こうの社員は仲が良かった。仕事で会う機会が多いのは当然だが、昼休みに外回り中の彼と偶然で食わせて、蕎麦を一緒に食べる機会もあったからだ。
挨拶は上々で、何事も無く進む。彼の直接の上司にも会う事が出来たし、挨拶だけとはいえ、親睦を深める良い機会となった。
初めて訪れたオフィスは広い。10階建ての3フロアを独占していて、自分の会社よりもだいぶ規模が大きいようだ。
「あの会社、ウチより大きかったんですね。
私、こっちを上に見ていたんですけど、ヤバッてちょっと思っちゃいました」
帰りに、西條が笑いながら言った。
「俺もだよ、ずっとタメ口で話していたけど、もう敬語だな」
「同じ課長じゃないですか、井上さんは、そのままで良いですよ。
それよりヒラの私は、態度を改めないと。
こんにちは位は言ってましたけど、お辞儀しなくちゃ、最敬礼かな?」
駅までの道のり、他愛も無い会話が続いた。
「そうだ、少し早いけど、ご飯食べていきませんか?」
「ご飯?良いけど、早すぎるでしょ?」
「良いじゃないですか、今日の仕事は終わったんですから、どうせ直帰だし。
3時だからおやつの時間も兼ねて、早めのお夕食にしましょう?みのる君にもお土産を買っていきましょう。
ほら、あの店なんて、雰囲気良くありませんか?」
丁度見つけたオセアニア料理のお店を指さした西條は、真一の手を取って店に入った。前に彼女の胸が肩に触れた事を思い出す。彼女と親しい関係になれたらと願う気持ちが強くて、何故この子がみのるの名を知っているかなど考えもしなかった。
昼の時間帯の品数はあまりないが、普段食べなれないオーストラリアやニュージーランドの料理がメニューに並ぶ。夕方以降の料理は豊富で、ディナーやお酒を楽しむことも出来そうだ。
「私、ワインと牛の串のヤツと、このケーキください」
「昼間から?」
「私お酒好きなんですよ、毎日飲むんですよ。
彼氏いないんで、1人寂しくですけどね。
あっ、でもいつも夜ですよ、飲むのは」
出てきた料理は、ワンプレート料理で、上半分にサラダがのっていて、一口サイズよりやや大きめの牛肉の串焼きが、下半分に2本のっている。真一が頼んだのは、キングサーモンだったが、盛り付けは西條の物とほとんど同じだ。
「あ、井上さんの豪華なんだ。
サラダにスモークサーモンがのってますよ」
2人は、それぞれの料理を少しずつ交換し合う。ニュージーランドといえば、羊のイメージが強かった真一は、記念にラムの串焼きを頼んでいた。少し野性味のある味であるが、そこそこ美味しい。西條は、やっぱり牛肉の方が美味しいと言っていた。
日本ではあまり有名でないが、グラスフェットビーフという牧草のみで育てた牛肉を使用しているらしい。牛は草食獣だし、牧草を食べているのが当たり前だと思っていた2人だが、よくよく考えると、穀物を食べている所しか思い浮かばない。
「ハーブばかりを食べさせたりする日本のブランド牛や、ドングリばかりを食べさせるイベリコ豚もいるし、風味が変わるのかもね」
「詳しいですね」
「全然、俺、スーパーのオージービーフしか食わないもん」
彼女が頼んだのは、グラスワインだった。本人がお酒好きだといっているのだから、強いのだろう。よってはいない様だが、それでもアルコールが入れば、微熱を帯びた様なしっとりとした魅力を見せるようになった。
もともと甘えるような口調ではにかんで話す彼女であるから、男はみんなムズムズとした感情変化に襲われる。真一も例外ではない。完全に素面であるにもかかわらず、西條に魅了されて、ほろ酔いの気分だ。
「ふふ、井上さんも飲みますか?」
おままごとで、赤ちゃんに何かを食べさせる様な素振りで、グラスを真一に勧めた。彼女に飲ませてもらった残りのワインを飲み干す。意を決した真一は、そのまま彼女に身を寄せて、瞳を見つめた。
指にそっと手を添えるが、西條は引っ込めない。左手で彼女の膝を撫でて静かに唇を重ねた。
2人が座っていた席は、観葉植物に囲まれていて、店員のいるレジや厨房からは死角になっている。昼の時間帯も終わっていたから、他もまばらだ。店は1面が全面ガラス張りになっていて、店内は外から丸見えだったが、人通りは無い。
1度のキスで済ませる気でいた真一だが、冷たい空気に触れた唇は、彼女の温もりが恋しいと、2度3度と求めた。
肩に触れた彼女の胸の柔らかさが忘れられない。真一の左手は、西條の胸を目指したが、ぎこちなく上手くいかない。
彼女は真一の右側に座っていた。L字型のソファだったから、真一が身を寄せるのは容易だったが、背もたれが邪魔で、右手が思うように使えない。だから、利きの右手を彼女の手に添えたまま、左手をモモから腰へ滑らせたのだが、結局、諦めてしまった。
少し見つめ合って、お互い照れ笑いを浮かべた後に、真一は言った。
「行こうか・・・」
「ん・・」
西條は、静かに頷いた。
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