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気になる人
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「いないのかな?」
「お手紙だけでもポストに入れておきましょう」
2人の若い女性が、みのるの家を訪ねていた。1人は顎より少し長いくらいの髪に、灰色のスーツ姿で、もう1人は黒いジャケット姿の髪が長い女性だ。2人共30歳前後だろうか。
静かな室内にチャイムの音が鳴り響いた時、みのるはモニターを見ていた。知らない女2人がなりやら喋っているのを聞いていたが、要件に直結するような内容の言葉が出ない。スーツを着ているのだから、どこかの会社の営業だろうと思った。
髪の短い女性は童顔で、みのるは少し可愛いと思いながら見ていたが、モニターが切れると、何事も無かったかのように、漫画を読み始める。
2人の女性は、訪問理由を書いた手紙とパンフレットを用意していたので、それらをポストに入れて帰って行った。
実はこの2人、生活支援センターのスタッフで、担任の教師から連絡を受けてやって来たのだ。
みのるは、この春4年生に進学していた。相変わらず登校したりしなかったりだが、放課後には学校に行って、友達と遊んでいた。
去年までは、田んぼのあぜ道を散歩したりするのが好きだったが、最近はしていない。真一の買い与えてきた漫画は、主に教育漫画の様な物が多かった。ずっとそれを読んできたみのるであるが、世の中には面白い漫画が沢山あるのだという事を知ってしまったのだ。
ある日、いつも遊ぶ友達と遊べなかったみのるは、学校が終わるときにクラスの男子に声をかけると、聞きなれない単語が返ってきた。
「ごめん、僕学童なんだ」
「学童?何それ」
「両親が働いてて家にいないから、夕方まで学校で預かってもらうんだよ」
「へぇ、初めて知った。
ウチもそうだけど、入ってないよ」
この清信というクラスメートの話によると、学校の1室を使って、自分と同じ様な境遇の子供達が集まって遊んでいるらしい。漫画やおもちゃも沢山あって、夢のような世界に思える。
みのるが付いていくと、ギャーギャー子供達の走り回る声が聞こえた。20人位の子供が、広い多目的室を所狭しと騒ぎまわっている。
鬼ごっこをする者、漫画を読む者、積み木やお絵かきに興じる者、それぞれだ。学年もまばらで、1年生の様な幼い子供までいるようだ。
5,6年生はいないから、とても過ごしよさそうに思える。4年生のみのるにとって、高学年は少し怖い存在だった。いじめられた事は無いし、誰か知り合いがいるわけでもないが、とても大人で自分達とは違う存在に思える。
1人の職員が話しかけてきた。
「あら、見ない子ね」
「うん、見学に来た」
みのるは、素っ気なく答える。前に学校で見た事のある顔だが、思い出せない。中年の女性で、教師という雰囲気ではない。どことなく保母さんといった感じだ。
ここにいる生徒には、普段から見知った顔も何人かいる。
「清信君は、普段何してるの?」
「大抵、漫画を読んでいるかな」
話しながら、本棚の所に行くと、書店と見まがうほどびっしりと漫画が詰まった本棚がある。見た事も無い漫画ばかりだ。そのほとんどは、人気の少年漫画雑誌で連載されていたものだ。
真一が子供の頃に読んでいた物から、今まさに連載している物までなんでもある。この日を境に、みのるは学童に入り浸るようになった。その影響から、休日に親子でお出かけする時は、必ず漫画を買ってくれる様にせがむようになった。
しかし真一は、みのるに言われるがままに漫画を買い与える事は無い。全く買ってあげないわけではないが、彼には1つの思惑があった。
授業には出ていないが、学童には来ているという連絡が学校からあったから、真一はみのるの変化を知ってる。
もともと放課後に校庭に行ったり公園に行ったりして、友達を遊んでいるのは知っていたが、登校回数の増加を喜ばしいと思っていた。だから、漫画を読みに学校に行ってもらおうと考えたのだ。
同時に、真一は家庭支援センターの職員とも面会していた。
「こんにちは、よろしくお願いします」
「こんにちは、泉と申します。
本日は、お越しくださいまして、ありがとうございます」
以前、井上宅を訪問した髪の短い女性だ。少し童顔で可愛らしい顔をしている。まだ20代だろうか、前妻や西條の様な綺麗系とは違う魅力を感じた。
敬語で喋る事にまだ慣れていないのか、言葉の端端にタメ口風のイントネーションが残る。それが微笑ましいというか、可愛らしと真一は思った。
「お父様も、ご存じとは思いますが、みのるくんが登校してないらしくて、学校から連絡があったんです。
それで、みのるくんの様子を見に何度かご自宅を訪問したのですけど、誰もいなくて会えなかったんです」
「特別病気がちというわけでも無いですし、学校に行きたくない風でもないんですけど、片親ですから、ちょうど登校する時間に自分が家にいなくて、目が届かないんですよ。
朝は弱いみたいですし、それでいかないのかも」
「そうなんですね、他にご家族やご親戚の方は、近くに住んでいないのですか?」
「両親がいますけど、ここまでは車を使わないと来れない距離ですね。
それに、みのるは、放課後は学校に行って遊んでいるようですし、公園でも友達と遊んでいるみたいですよ」
「そうなんですか?」
急に泉の表情が明るくなった。
「今度、みのる君と会うことは出来ますか?」
「本人に聞いてみます。
良いって言えば、良いですよ」
泉は、すぐにはみのると会えはしなかったが、父親との接点が出来て満足だ。彼女は度々真一に会いに行き、彼からも子育ての相談を受けるようになった。
「お手紙だけでもポストに入れておきましょう」
2人の若い女性が、みのるの家を訪ねていた。1人は顎より少し長いくらいの髪に、灰色のスーツ姿で、もう1人は黒いジャケット姿の髪が長い女性だ。2人共30歳前後だろうか。
静かな室内にチャイムの音が鳴り響いた時、みのるはモニターを見ていた。知らない女2人がなりやら喋っているのを聞いていたが、要件に直結するような内容の言葉が出ない。スーツを着ているのだから、どこかの会社の営業だろうと思った。
髪の短い女性は童顔で、みのるは少し可愛いと思いながら見ていたが、モニターが切れると、何事も無かったかのように、漫画を読み始める。
2人の女性は、訪問理由を書いた手紙とパンフレットを用意していたので、それらをポストに入れて帰って行った。
実はこの2人、生活支援センターのスタッフで、担任の教師から連絡を受けてやって来たのだ。
みのるは、この春4年生に進学していた。相変わらず登校したりしなかったりだが、放課後には学校に行って、友達と遊んでいた。
去年までは、田んぼのあぜ道を散歩したりするのが好きだったが、最近はしていない。真一の買い与えてきた漫画は、主に教育漫画の様な物が多かった。ずっとそれを読んできたみのるであるが、世の中には面白い漫画が沢山あるのだという事を知ってしまったのだ。
ある日、いつも遊ぶ友達と遊べなかったみのるは、学校が終わるときにクラスの男子に声をかけると、聞きなれない単語が返ってきた。
「ごめん、僕学童なんだ」
「学童?何それ」
「両親が働いてて家にいないから、夕方まで学校で預かってもらうんだよ」
「へぇ、初めて知った。
ウチもそうだけど、入ってないよ」
この清信というクラスメートの話によると、学校の1室を使って、自分と同じ様な境遇の子供達が集まって遊んでいるらしい。漫画やおもちゃも沢山あって、夢のような世界に思える。
みのるが付いていくと、ギャーギャー子供達の走り回る声が聞こえた。20人位の子供が、広い多目的室を所狭しと騒ぎまわっている。
鬼ごっこをする者、漫画を読む者、積み木やお絵かきに興じる者、それぞれだ。学年もまばらで、1年生の様な幼い子供までいるようだ。
5,6年生はいないから、とても過ごしよさそうに思える。4年生のみのるにとって、高学年は少し怖い存在だった。いじめられた事は無いし、誰か知り合いがいるわけでもないが、とても大人で自分達とは違う存在に思える。
1人の職員が話しかけてきた。
「あら、見ない子ね」
「うん、見学に来た」
みのるは、素っ気なく答える。前に学校で見た事のある顔だが、思い出せない。中年の女性で、教師という雰囲気ではない。どことなく保母さんといった感じだ。
ここにいる生徒には、普段から見知った顔も何人かいる。
「清信君は、普段何してるの?」
「大抵、漫画を読んでいるかな」
話しながら、本棚の所に行くと、書店と見まがうほどびっしりと漫画が詰まった本棚がある。見た事も無い漫画ばかりだ。そのほとんどは、人気の少年漫画雑誌で連載されていたものだ。
真一が子供の頃に読んでいた物から、今まさに連載している物までなんでもある。この日を境に、みのるは学童に入り浸るようになった。その影響から、休日に親子でお出かけする時は、必ず漫画を買ってくれる様にせがむようになった。
しかし真一は、みのるに言われるがままに漫画を買い与える事は無い。全く買ってあげないわけではないが、彼には1つの思惑があった。
授業には出ていないが、学童には来ているという連絡が学校からあったから、真一はみのるの変化を知ってる。
もともと放課後に校庭に行ったり公園に行ったりして、友達を遊んでいるのは知っていたが、登校回数の増加を喜ばしいと思っていた。だから、漫画を読みに学校に行ってもらおうと考えたのだ。
同時に、真一は家庭支援センターの職員とも面会していた。
「こんにちは、よろしくお願いします」
「こんにちは、泉と申します。
本日は、お越しくださいまして、ありがとうございます」
以前、井上宅を訪問した髪の短い女性だ。少し童顔で可愛らしい顔をしている。まだ20代だろうか、前妻や西條の様な綺麗系とは違う魅力を感じた。
敬語で喋る事にまだ慣れていないのか、言葉の端端にタメ口風のイントネーションが残る。それが微笑ましいというか、可愛らしと真一は思った。
「お父様も、ご存じとは思いますが、みのるくんが登校してないらしくて、学校から連絡があったんです。
それで、みのるくんの様子を見に何度かご自宅を訪問したのですけど、誰もいなくて会えなかったんです」
「特別病気がちというわけでも無いですし、学校に行きたくない風でもないんですけど、片親ですから、ちょうど登校する時間に自分が家にいなくて、目が届かないんですよ。
朝は弱いみたいですし、それでいかないのかも」
「そうなんですね、他にご家族やご親戚の方は、近くに住んでいないのですか?」
「両親がいますけど、ここまでは車を使わないと来れない距離ですね。
それに、みのるは、放課後は学校に行って遊んでいるようですし、公園でも友達と遊んでいるみたいですよ」
「そうなんですか?」
急に泉の表情が明るくなった。
「今度、みのる君と会うことは出来ますか?」
「本人に聞いてみます。
良いって言えば、良いですよ」
泉は、すぐにはみのると会えはしなかったが、父親との接点が出来て満足だ。彼女は度々真一に会いに行き、彼からも子育ての相談を受けるようになった。
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