生んでくれてありがとう

緒方宗谷

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おませさん

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 3度目のコンパは食事会で、お酒はビールを1,2杯程度しか飲まなかった。鈴木が残業のため2次会からの合流になったことも影響したが、みんな前回食べた小龍包を忘れることが出来ず同じ店での開催となり、点心中心の注文構成となった。
 最初に出てきたのは焼小籠包。普通は上にする包んでひねった側を下にして焼いてあるので、ゴマのかかったお団子の様だ。皮の下半分位がカリカリと香ばしく焦げて、柔らかい上の部分とのコントラストが面白い。具は豚肉だけなのに、何故こんなにも満足がいく味なのだろう。正直、何も味付けしなくてもこのまま食べたほうが美味しいと思えるほどである。
 それでも、辣油の美味しさを忘れることが出来ない佳代は、マグマの様な塊を多めにお皿にとった。もちろん最初の1つは、何もつけずに食べたのだが、小籠包の先例に漏れず、いたるところから間欠泉がプシュッと吹き出して、みんな大騒ぎだ。
 美味しいからといって大事にとっておいてはいけない。温度が下がれば下がるほど満足度は低下していくし、何よりカリカリの底の部分がふやけて台無しになってしまう。味とは関係ないが、あのカリカリは焼小龍包の醍醐味の1つだ。
 辣油には唐辛子の種、細切りの干し肉、小さな干しエビと時々丸ごとの唐辛子が混ざっているだけ。市販の辣油と違って赤オレンジの油だけでもなく、日本の食べる辣油ほど具の種類が多いわけでもない。そして、刺すような辛みも全くない。山椒の風味だけ。そのシンプルさが良いのだろうか、ふくよかな豚肉の旨味を余すこと無く口に広げて、鼻腔を吹き抜けていく。
 黒酢も酸味に刺々しさは無く、そのままでも飲めるのではないか、と思えるほどだ。1個で満足しきってしまうほど濃い味の小龍包に爽やかな酸味を加えて、3つ4つと食べても食べ飽きさせない。
 特別誰にも注目されずに注文されたもち米焼売は、大当たりだった。米の優しい甘みとモチモチした食感が楽しくて、おやつの様だ。皮に包まれて逃げ場がないから、粘りつつも無抵抗なもち米が歯の圧を押し返して弾力を感じさせる。初めて口にする食感で、佳代のお気に入りファイルにインプットされた。
 女性陣に不評だった酔鳥も男性陣には好評で、ビールがすすむ様子だ。味付けはシンプルで、八角の風味が微かに滲みた塩味の蒸し鶏か煮鳥の様である。八角の鮮烈な風味は佳代も好きであったが、骨が多くて食べにくい。口から骨を出して皿に積むのも、女性にはみっともなく思えて、食べるのには抵抗を感じる。
 それでも味は、おつまみにはちょうど良い塩気で、千里と家飲みするのであれば、あっても良い1品だと思う。似た様なのであれば簡単に作れそうなので、今度試してみようと思う佳代であった。
 お酒があまり入らないせいか、みんな仕事の話中心で、佳代は入る隙間がない。正面に座ってくれた小柳と右隣の千里が気を使って他の話題を振ってくれたので、気まずい思いをしなくて済んだ。
 「千葉がご出身なら、竹岡ってご存知でしょう?僕、昔よく旅行に行っていたんですよ。
  父方の親がむこうに住んでいて、夏になると家族で遊びに行っていたんです。
  釣りとか海水浴とかよくしましたけど、すごく大きな魚が釣れて、お刺身にして食べた記憶があって、・・・なんて言った種類だったかな、とりあえずタイだったんですが、子供時代で一番の思い出ですよ」
 その話に佳代が食いつく。
 「高校の友達が竹岡出身で、よく遊びに行ってました。
  隠れ家的な砂浜があって、友達と泳いだ思い出があります。
  今考えると、遊泳して良い場所か疑問ですけどね・・・(笑)」
 話が進む過程で佳代と小柳の接点が見つかって、急に心の距離が詰まりだした気配だ。千里が、小学校の時の学校行事で、万歩計をつけてのこぎり山まで歩いた話をすると、佳代と2人で急にはしゃぎ始める。
 小柳も登ったことがあるらしい。3人とも階段を数えて登った思い出も同じで、更に途中で数えた段数を忘れてしまったのも同じ、呆然とするも「まぁ良っか」とアッケラカンと忘れ去ったのも同じで、大うけだった。登ったことのないメンバーは蚊帳の外。佳代達と彼らと2つのグループに分かれて、盛り上がり始める。
 「そういえば、あの時の男子ヤラしかったよね、佳代?」
 「そうだったね、のぞきの話でしょ?」
 「ていうか、佳代もエロかったよね。
  私、あの時佳代の本性を見たって感じたよ」
 「やめてよ、変なこと言うの! 私は純粋無垢で清楚な乙女なんですからね(笑)」
 エッチな話題になったのかと思った他のメンバーも合流してきて、興味津々で聞き入っている。特に島崎の反応は尋常ではない。
 スタート地点からのこぎり山までの間に長く大きなトンネルがあるのだが、その手前に河口の対岸同士をつなぐ太い橋が架かっていた。帰りにトンネルを抜けて橋にさしかかった頃、当時はやっていたお互いが数字を数えていって20を言った方が負けになるゲームに興じていた男子が、アッと叫んで立ち止まった。
 何事か分からず行列は進んでいったが、一部の男子はニヤニヤヒソヒソしながら、ソロリソロリとゆっくり進んでいく。何をしているのか気が付いた数人の男子もニヤニヤして戻って行って、彼らと合流する。
 川の向こう岸を見ている様子であったが、誰も何を見ているのか分からなかった。佳代も一緒にいた友達も分からず、彼らをアホ扱いして通り過ぎていった。
 5年2組の佳代の列に続いて千里の3組が橋に到達すると、すぐに千里が気が付いて悲鳴を上げる。
 「やっだぁ~!! 何見てるの!? ヤラシイんだから!!」
 その声は佳代のところまで届く位大きかった。対岸の民家の窓が開いていて、その部屋で若い女性が着替えている真っ最中、ちょっぴりHな桃色シーンだった。それが瞬く間に後方から伝わってきて、佳代も興味津々で手すりに身を乗り出して、民家を探したのだった。
 「本当だ! ヤラシイ!!」
 ドキドキ姿の女性を見つけた佳代は相当喜んでいるようで、どこの民家か周りの生徒に教えてあげるほどであった。ほとんどの男子は、女子の前でそういうのに興味を示すのが恥ずかしいらしく、せっかく教えてあげている佳代を避けて通っていく。佳代の存在が川の流れを遮る石のごとくで、はたから見ていて面白かった、と千里が熱弁をふるう。
 「早坂さんスケベだぁ」
 島崎がチャチャを入れると、2回目から参加した寺西という男性が面白おかしく、話しを付け加えて言った。
 「でも、そういう女子って、クラスに1人はいましたよね? 男子を絶句させるような」
 確かに、最初にそれを見つけた男子グループも、下を向いて恥ずかしそうにしていた。結果として、ある意味1人の女性を救ったのだが、千里の熱弁のせいでそっちは全く評価されない。
 寺西が、「早坂さんって、意外にえっちなんですね~。何も知らなそうな顔して、大胆なことするなぁ~」と続けた。
 「えぇ?今ならしませんよ!!」
 おかしな返答だ。11歳ならするって、どんな小学生だったんだか。千里は尾ひれはひれをつけて大げさに小学佳代をイジるものだから、小学生の時は、よく言えば“おませさん”だった、というイメージがついてしまった。
 佳代はこの場から逃れようと店員を呼んで、注文をして空気を換えようとする。千里の大好きな月餅を見つけると、珍しさから肉月餅なるもの注文してみた。付け届けで千里を懐柔して、フォローさせようというのだ。
 みんなは肉まんみたいなものを想像していたから、頼むほどではないんじゃないか、と佳代を笑っていたが、すぐに届いたそれは、みんなの想像とはだいぶ異なる一品だった。
 見た目は巨大な揚げタコ焼きの様である。みんな、何これ? といった視線で見つめていた。注文主の佳代がまず1つ取って、残りの3つを千里と小柳と島村で分けた。
 かじってみると、焼きたてのパイのような生地だ。とても月餅とは思えない。中には肉団子が入っていてるが、中華料理の味付けを特別強く感じさせる風ではなかった。なんとか感じ取れる程度に焼売を連想させる味が、肉団子にあった程度だ。
 仏料理か独料理のミートボールのパイ包みだと言われて出されて、もし知らずに食べたら信じてしまうかもしれない。
 肉月餅は大きな収穫であったが、一番おいしかったのは、やはり焼小龍包だった。
 ただ、千里のせいで、その後しばらく女性陣から、『エロ佳代ちゃん』と呼ばれるはめになることを佳代はまだ知らない。

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