愛するということ

緒方宗谷

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19.木下萌愛 

4.いても良いと思える所

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 中学校に進学して、更に学校に行かなくなった。それでも、週に2、3日は登校していた。ほとんど保健室にいる。誰もいない保健室で、大好きなキャラの待ち受けを見ていた。あと少しで全てのブロマイドをコンプリートできる。何度も何度も見返した。
 時々保健室に来る同級生の桜木杏里と仲良くなった。同じゲームが好きで、お互いが知らないイベントの発生条件を教え合ったりした。
 ある日、萌愛は秘密の遊びを教えてあげた。杏里のことを親友だと思ったから教えてあげた。
 時々、台所で見つけたゴキブリを捕まえて、空のペットボトルの中に入れて水攻めにする。何故だかわからないけれど、萌愛にとってはとてもストレス解消になる行為だった。
 杏里も気に入ってくれると信じていた。でも裏切られた。次の日学校中に広められていた。そればかりか、カメ殺し(無実)のことまで蒸し返されて、危ない奴というレッテルを張られた。
 もう学校にいられない。もうお終いだ。悲嘆にくれる萌愛は、部屋に籠って嘆いた。
(誰のせいでこんなことになったの?)
 すぐに思い当った。先生、黒沢、弘子、恵、それだけじゃない。友達だと思っていた信子も瞳も、サーヤも、みんなだ。恨めしくて仕方がない。
(私がこんなにつらい目に遭っているのに、みんなは知らんぷりだ。せっかく秘密を教えてあげたのに、杏里も裏切った)
 もう生きていけない、と思った。ふと洗面台にカミソリがあることを思い出した萌愛は、それを取りにいく。部屋に戻ってきてベッドに座って、その刃をマジマジと見た。
(みんなが悪いんだ。壁にお前が悪いって書いてあげよう)
 そう思って、初めて自身の皮膚に刃を滑らせた。
 簡単に切れた。少し間をおいて、粒状の血が幾つか出てきた。でも死ななかった。太い脈が皮膚に透けて見えるのに、切れていない。沢山の血は出てこない。でも切っただけで満足した。可愛いばんそーこー(絆創膏)を張る。みんなには秘密だ。
 萌愛は、自傷行為はそれきりしていない。だけれど、学校には行けていない。でも、将来を考えると行かないわけにはいかないとも思った。最低でも高校は出ないと。それが普通だったから勉強はした。
 2017年に法律が改正されて、どこであっても勉強ができる環境を提供することが大切だということになった。児童相談センターからそうアドバイスされた両親は、萌愛を無理に学校に行かせようとすることはしなくなった。そこで萌愛は、母親に頼んでフリースクールに行かせてもらった。
 頑張って高校に入ったのに。地元から遠い、知り合いのいない学校には行ったのに、何で里美と知り合ったのか。初めはそう思っていたけれど、今は出会えてよかったと、萌愛はその時を振り返って思えた。
 里美は、夏休みが明けてから1度も登校しない萌愛を心配して、家にまで来てくれた。そういうの、小学校の時は拒絶したかった。でも、迎えに来なくなってから寂しく感じた。だから、今回は敢えてこちらから玄関に行った。
「この子、A組の金子柚奈」里美が言った。「中学の時からの友達なんだ」
 知らない子だ。
 黒いタートルネックのレーヨンの服を着て、イギリス風の赤と黒のチェック(タータンチェック)のスカートを穿いている。国民的なアニメの主人公の様なおかっぱ頭。良く言えば顎くらいのショートヘア。前髪がそろっていて超可愛い。
 里美は、恋愛ゲームにもアニメにも興味が無い。そこで、アニメ好きの柚奈と恋愛ゲーム好きの萌愛を引き合わせたのだ。
 2人は、初めは話が合わなかった。でも仲良しになれるきっかけがあった。萌愛のハマっていた学園物の恋愛ゲームがアニメ化されたのだ。急速に2人の距離が縮まる。
 現実の王子さまに憧れながら非現実に生きていた萌愛はリアルに、アニメやマンガ好きで、キャラと付き合いたい、と思っていながらリアルに生きていた柚奈は2次元に流れていく。
 萌愛は、とても(性的に)感じられる格好良いキャラを教えてあげて、柚奈はその声優を教えてあげた。そして2人の友情は、きっかけとなった作品の2.5次元のミュージカルで絶頂を迎えた。
 萌愛は、里美のことは好かない。でもこのポジションが居場所なのだと思った。

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