愛するということ

緒方宗谷

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11.交通事故 

2.事故の日

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 高知に引っ越して2年近くが経過したある日、陸は友達と自転車で走り回って遊んでいた。彼には全く記憶が無いのだが、この日、陸は買ってもらったばかりのローラースケートで遊んでいた。
 幾つかの公園や空き地を回って、休憩する度にローラースケートを履いて走り回る。次第に面倒くさくなった陸は、ローラースケートを脱ぐのをやめて、履いたまま自転車をこぐようになった。
 だが、前後のローラーの間にある空間がペダルの幅に合わない。もう少し差があれば、土踏まずでペダルをこげるのだが、中途半端にペダルに引っかかる。引っかかったままであればよいのだが、ローラーが回ってしまって上手くこぐことが出来ない。
 十字路の角で自転車を降りた陸は、仕方なくローラースケートを脱いで、後輪の横についた折りたためる四角い荷台に入れた。十字路の向こうで待っている友達のもとに向かおうと自転車に跨った時、悲劇は起こった。
 スマホの操作に気を取られていた運転手は、十字路で一時停車をしなかったばかりか、微かにハンドル操作を誤り、白線の内側にいた陸を撥ね飛ばしてしまった。一車線道路だったのであまり速度は出ていないが、全くブレーキを踏まなかった。
 陸は民家のブロック塀に全身を打ち付け、そのまま昏睡してしまった。後で陸が友達に聞いた話では、鼻血を流しながら胃の内容物を吐き出していたらしい。気がついた時には病室のベッドの上にいた。
 陸が目を覚ました、という知らせを受けた母親の奈々子は病室に駆け入ってきて、力強く我が子を抱きしめて、「よかった、よかった」と小さく繰り返した。
 この人は誰だろう。陸は、そんな問すら浮かばない。自分が誰かすら分からなかった。
 記憶喪失前はどんな自分であったのかなんて、考えることは無かった。日本語はちゃんと話せるし、道具などの使い方、食べ物や動物の名称も分かる。正確には、初めは分からなかったのかもしれない。実際のところは知らない。もしかしたら、気が付かない内に、会話の中で自然と知識を吸収していったのかもしれない。
 無いのは人との思い出だけだ。それ以外で記憶喪失の弊害は感じられない。だが、つらい後遺症に悩まされた。1日に何度も目眩が起こって、嘔吐感に襲われる。そして、視界の端が黒い霧に覆われていく。視野はドットの様に崩れて闇に飲みこまれ、しまいには真っ暗になる。気持ち悪るなって立っていられないこともあった。急に眠くなったり、夜眠れなくなったり、寝ると十数時間起きないことも日常茶飯事。集中力が欠如して、何も手につかなくなることがあるかと思えば、思考停止して何も考えなくなり、気がつくと何時間も過ぎている時もある。
 医者の話では、脳波が乱れているので薬を飲まなければならないらしい。脳波の乱れを緩和するのか、症状を緩和するのか、脳を治すのかは分からないまま飲んだ。正直、薬を飲んで効果を実感できたことは無い。
 毎年1回、大きな病院に脳波検査を受けに行く。横になって寝るだけの簡単なものだ。それが16歳まで続いた。16歳の夏休み前の検査で、脳波の乱れは無くなった、と診断されて、薬の服用は終了する。でも症状は時々出た。
 そして、17歳の夏、陸はようやく完治したことを実感した。何がどう変わったということは無い。ただただ気持ちが良かった。とても清々しい朝だった。

    
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