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10.施設
2.花とニットの淑女
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「なんかマンションみたいだね」
老人ホームを見た陸が言った。
ここは介護付き有料老人ホームといって、比較的裕福な高齢者が入所する施設だ。4階建で、マンション風の外観は、知らずに前を通ったら老人ホームとは気が付かないだろう。
中は確かに老人ホームだ。廊下には病室の様なドアが並んでいる。
「こんにちは、面会予定の篠原です」中に入って受付で里美が言った。
「こんにちは、篠原さん。どーぞ、3階に上がって、上がって」
とてものんきな声で、おばさん事務員が2人を歓迎した。2人は、来客表に名前を書き入れてエレベーターに乗る。
ノックして部屋に入る里美に続いて陸が入ると、軽やかな優しい声が耳を包む。萌ゆる小さな白い花の香りを乗せた春のそよ風の様な、心を撫でる思いやりのある声だった。
「あらー、嬉しい、とても待ち遠しかったのよ、さっちゃん。こちらがお友達?」
陸は、「初めまして」と挨拶してから、簡単な自己紹介をした。髪を濃いグレーに染めていて、縁のない眼鏡をかけた元気の良いお婆ちゃんだ。とても入所しなければならないようには見えない。
お互いの自己紹介が終わると、里美の曾祖母が言った。
「2人はお付き合いしているの?」
「あはは、陸君格好良いでしょ? 学校でもみんなに人気があるのよ」
里美は、肯定も否定もせずに聞き流した。それでも曾祖母は、ひ孫の恋人かどうか興味津津だ。里美は、それをのらりくらりとかわす。陸は、里美がとても可愛く思えた。もともと思っていたが、見た目がとか、ここに来る道のりのはにかんだ表情とか、というわけではない。曾祖母と話すひ孫としての里美は、とても可愛いのだ。
里美は、耳が遠くなった曾祖母のために、大きな声でゆっくりと話す。言葉も少し子供言葉だ。普通に話しても十分通じるはずだが、無意識的に甘えているのだろう。
この部屋は日当たりがよく、午後の日差しが差し込む部屋はとても暖かい。少し窓があいていて、気持ちの良いそよ風が部屋に流れていた。
「学校でのさっちゃんの様子はどーお?」
ほのぼのとした空気の中、ずっと里美と話していた曾祖母は、不意に陸に話を向ける。初対面ということもあって、1人取り残された陸を気遣ってのことだ。
「とても元気な子だと思いますよ、英語が得意でとても評判です。
友達も多いし、転校してきたばかりの時から、クラスの違う僕にも優しくしてくれましたから」
「あら、そうなの? あなた、里美のこと大事にしてくださいね」
一瞬間が開いたが、陸は答えて言った。
「はい、必ず」
「そう、2人は付き合っているのでしょう?」
「はい、お付き合いさせて頂いています」
この質問ついに来たか、と陸は思った。いつか自分に向けられる。その時どう答えれば良いだろう、と悩んでいたが、結局何も考えずに答えてしまった。
帰りに寄ったカフェで陸がそのことを謝ると、里美ははにかんで「このまま付き合っちゃおっか」と言った。陸もはにかんだが、自分のアイスココアに視線を落とす。彼女の申し出には応えなかった。
それを察した里美は話題を変える。変えるといっても、曾祖母が「恋人? 恋人?」と、しつこく聞いてきた話題だ。2人とも、どう答えて良いか分からず、とても焦ったことを告白しあって、ずっと笑っていた。しどろもどろになっていたのが可笑しかったとお互い指摘し合って、更にゲラゲラ笑った。
2人は付き合ってはいなかったけれども、誰から見ても良い恋人同士のように見えた。
老人ホームを見た陸が言った。
ここは介護付き有料老人ホームといって、比較的裕福な高齢者が入所する施設だ。4階建で、マンション風の外観は、知らずに前を通ったら老人ホームとは気が付かないだろう。
中は確かに老人ホームだ。廊下には病室の様なドアが並んでいる。
「こんにちは、面会予定の篠原です」中に入って受付で里美が言った。
「こんにちは、篠原さん。どーぞ、3階に上がって、上がって」
とてものんきな声で、おばさん事務員が2人を歓迎した。2人は、来客表に名前を書き入れてエレベーターに乗る。
ノックして部屋に入る里美に続いて陸が入ると、軽やかな優しい声が耳を包む。萌ゆる小さな白い花の香りを乗せた春のそよ風の様な、心を撫でる思いやりのある声だった。
「あらー、嬉しい、とても待ち遠しかったのよ、さっちゃん。こちらがお友達?」
陸は、「初めまして」と挨拶してから、簡単な自己紹介をした。髪を濃いグレーに染めていて、縁のない眼鏡をかけた元気の良いお婆ちゃんだ。とても入所しなければならないようには見えない。
お互いの自己紹介が終わると、里美の曾祖母が言った。
「2人はお付き合いしているの?」
「あはは、陸君格好良いでしょ? 学校でもみんなに人気があるのよ」
里美は、肯定も否定もせずに聞き流した。それでも曾祖母は、ひ孫の恋人かどうか興味津津だ。里美は、それをのらりくらりとかわす。陸は、里美がとても可愛く思えた。もともと思っていたが、見た目がとか、ここに来る道のりのはにかんだ表情とか、というわけではない。曾祖母と話すひ孫としての里美は、とても可愛いのだ。
里美は、耳が遠くなった曾祖母のために、大きな声でゆっくりと話す。言葉も少し子供言葉だ。普通に話しても十分通じるはずだが、無意識的に甘えているのだろう。
この部屋は日当たりがよく、午後の日差しが差し込む部屋はとても暖かい。少し窓があいていて、気持ちの良いそよ風が部屋に流れていた。
「学校でのさっちゃんの様子はどーお?」
ほのぼのとした空気の中、ずっと里美と話していた曾祖母は、不意に陸に話を向ける。初対面ということもあって、1人取り残された陸を気遣ってのことだ。
「とても元気な子だと思いますよ、英語が得意でとても評判です。
友達も多いし、転校してきたばかりの時から、クラスの違う僕にも優しくしてくれましたから」
「あら、そうなの? あなた、里美のこと大事にしてくださいね」
一瞬間が開いたが、陸は答えて言った。
「はい、必ず」
「そう、2人は付き合っているのでしょう?」
「はい、お付き合いさせて頂いています」
この質問ついに来たか、と陸は思った。いつか自分に向けられる。その時どう答えれば良いだろう、と悩んでいたが、結局何も考えずに答えてしまった。
帰りに寄ったカフェで陸がそのことを謝ると、里美ははにかんで「このまま付き合っちゃおっか」と言った。陸もはにかんだが、自分のアイスココアに視線を落とす。彼女の申し出には応えなかった。
それを察した里美は話題を変える。変えるといっても、曾祖母が「恋人? 恋人?」と、しつこく聞いてきた話題だ。2人とも、どう答えて良いか分からず、とても焦ったことを告白しあって、ずっと笑っていた。しどろもどろになっていたのが可笑しかったとお互い指摘し合って、更にゲラゲラ笑った。
2人は付き合ってはいなかったけれども、誰から見ても良い恋人同士のように見えた。
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