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番外編:神様のお茶会

4.幸せの形

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「ばかばかしい」

 ここまでの話を静かに聞いていたオリアンヌは、開口一番そのように仰せになった。

「それで、後生大事に忘れ形見の息子の面倒まで見ているの? そういうのはお人好しを通り越して阿呆と呼ぶのよ」

「恐れながら大奥様」

 ちらりと、オリアンヌの青い目がロイクに向けられる。アネットとよく似た空の色だが、今は生ごみでも見る様に眇められて、形のいい眉を顰めている。

「これは阿呆ではなく、言うなれば一途な愛でございます」

 少なくともロイクはずっとそうであればいいなと思って、この屋敷にいる。

「これでは劇の脚本ほんにもなりはしないわ」
 ぽつりと、オリアンヌが言った。

「そんなもの、奪い取ってやればよかったのに」

 どうやらアネット本人は、自分と母たるオリアンヌの共通点が見つけられないようなのだけれど、ロイクからすれば似ているところも多くあると思う。

「シャルルの父はもう老人と呼んで差し支えなかったはず。あなたの方が、よほどブランシュと年が近かったでしょう。自分の父親ほどの年の男と好いた女がただ引っ付くのを見ているだなんて、どうかしているわ」

 すらすらと流れるようにオリアンヌは話す。
 彼女は怒っている。誰のためにと言われれば、ほかでもないロイクのために。こういうところが、アネットとオリアンヌは似ている。

「自分の幸せをもっと考えるべきなのよ。己を愚かだと分からぬ者が一番、愚かだわ」

 オリアンヌの言うことにも一理ある。客観的に見れば自分は愚かに見えるだろうなと、ロイク自身も分かってはいる。けれど、

「度々で申し訳ございませんが、大奥様。幸せに形はございません」

 ロドルフがいて、自分がいて、その世界の中心でブランシュが笑っていた。今ではもう、随分と遠くなってしまった景色。
 形はないが、それがロイクの思う幸せだ。

「わたくしは確かにブランシュ様を好いてはおりましたが、同じぐらい大旦那様のことも尊敬しておりましたので」

 ただずっと、二人のそばにいられればいいと思っていた。
 それ以上何も、望んだことはない。

 虚勢ではなく誇張でもなく、これがロイクの本心だった。

「どこにも行く当てがなかったわたくしを、旦那様は屋敷に迎え入れてくださいました」

 元々ロイクはカヴェニャック家の銀行でちまちまと帳簿を付けていただけの人間である。

 友人だと思っていた奴が作った借金の保証人に、いつの間にかロイクはなっていた。彼はもう遠くに逃げおおせていて、職場にまで借金取りが押し寄せるようになった。挙句の果てに家は抵当に取られて困り果てていたところに、ロドルフは声をかけてくれた。

 ――それならうちの屋敷にくればいいじゃないか。

 ただの下っ端でしかない男は見せられたカヴェニャック家の紋章に面を食らって退散した。借金はロドルフが肩代わりをしてくれたのだが、申し訳なくて下働きとして仕事をはじめて、そのまま流れでこの屋敷に居着いている。

 そんなふうにロドルフに声を掛けられた人間が、ロイクの他にも屋敷には大勢いた。彼は、困っている人を放っておけない人だった。

 そしてそれは確かに息子に受け継がれている。シャルルはロドルフほど分かりやすく社交性に溢れているというわけではないが、同じように根底にやさしさを持っている。屋敷を預かる身としては叱らざるを得ない時も多々あるが、シャルルのそういうところが、ロイクはずっと好きだった。
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