84 / 87
番外編:神様のお茶会
4.幸せの形
しおりを挟む
「ばかばかしい」
ここまでの話を静かに聞いていたオリアンヌは、開口一番そのように仰せになった。
「それで、後生大事に忘れ形見の息子の面倒まで見ているの? そういうのはお人好しを通り越して阿呆と呼ぶのよ」
「恐れながら大奥様」
ちらりと、オリアンヌの青い目がロイクに向けられる。アネットとよく似た空の色だが、今は生ごみでも見る様に眇められて、形のいい眉を顰めている。
「これは阿呆ではなく、言うなれば一途な愛でございます」
少なくともロイクはずっとそうであればいいなと思って、この屋敷にいる。
「これでは劇の脚本にもなりはしないわ」
ぽつりと、オリアンヌが言った。
「そんなもの、奪い取ってやればよかったのに」
どうやらアネット本人は、自分と母たるオリアンヌの共通点が見つけられないようなのだけれど、ロイクからすれば似ているところも多くあると思う。
「シャルルの父はもう老人と呼んで差し支えなかったはず。あなたの方が、よほどブランシュと年が近かったでしょう。自分の父親ほどの年の男と好いた女がただ引っ付くのを見ているだなんて、どうかしているわ」
すらすらと流れるようにオリアンヌは話す。
彼女は怒っている。誰のためにと言われれば、ほかでもないロイクのために。こういうところが、アネットとオリアンヌは似ている。
「自分の幸せをもっと考えるべきなのよ。己を愚かだと分からぬ者が一番、愚かだわ」
オリアンヌの言うことにも一理ある。客観的に見れば自分は愚かに見えるだろうなと、ロイク自身も分かってはいる。けれど、
「度々で申し訳ございませんが、大奥様。幸せに形はございません」
ロドルフがいて、自分がいて、その世界の中心でブランシュが笑っていた。今ではもう、随分と遠くなってしまった景色。
形はないが、それがロイクの思う幸せだ。
「わたくしは確かにブランシュ様を好いてはおりましたが、同じぐらい大旦那様のことも尊敬しておりましたので」
ただずっと、二人のそばにいられればいいと思っていた。
それ以上何も、望んだことはない。
虚勢ではなく誇張でもなく、これがロイクの本心だった。
「どこにも行く当てがなかったわたくしを、旦那様は屋敷に迎え入れてくださいました」
元々ロイクはカヴェニャック家の銀行でちまちまと帳簿を付けていただけの人間である。
友人だと思っていた奴が作った借金の保証人に、いつの間にかロイクはなっていた。彼はもう遠くに逃げおおせていて、職場にまで借金取りが押し寄せるようになった。挙句の果てに家は抵当に取られて困り果てていたところに、ロドルフは声をかけてくれた。
――それならうちの屋敷にくればいいじゃないか。
ただの下っ端でしかない男は見せられたカヴェニャック家の紋章に面を食らって退散した。借金はロドルフが肩代わりをしてくれたのだが、申し訳なくて下働きとして仕事をはじめて、そのまま流れでこの屋敷に居着いている。
そんなふうにロドルフに声を掛けられた人間が、ロイクの他にも屋敷には大勢いた。彼は、困っている人を放っておけない人だった。
そしてそれは確かに息子に受け継がれている。シャルルはロドルフほど分かりやすく社交性に溢れているというわけではないが、同じように根底にやさしさを持っている。屋敷を預かる身としては叱らざるを得ない時も多々あるが、シャルルのそういうところが、ロイクはずっと好きだった。
ここまでの話を静かに聞いていたオリアンヌは、開口一番そのように仰せになった。
「それで、後生大事に忘れ形見の息子の面倒まで見ているの? そういうのはお人好しを通り越して阿呆と呼ぶのよ」
「恐れながら大奥様」
ちらりと、オリアンヌの青い目がロイクに向けられる。アネットとよく似た空の色だが、今は生ごみでも見る様に眇められて、形のいい眉を顰めている。
「これは阿呆ではなく、言うなれば一途な愛でございます」
少なくともロイクはずっとそうであればいいなと思って、この屋敷にいる。
「これでは劇の脚本にもなりはしないわ」
ぽつりと、オリアンヌが言った。
「そんなもの、奪い取ってやればよかったのに」
どうやらアネット本人は、自分と母たるオリアンヌの共通点が見つけられないようなのだけれど、ロイクからすれば似ているところも多くあると思う。
「シャルルの父はもう老人と呼んで差し支えなかったはず。あなたの方が、よほどブランシュと年が近かったでしょう。自分の父親ほどの年の男と好いた女がただ引っ付くのを見ているだなんて、どうかしているわ」
すらすらと流れるようにオリアンヌは話す。
彼女は怒っている。誰のためにと言われれば、ほかでもないロイクのために。こういうところが、アネットとオリアンヌは似ている。
「自分の幸せをもっと考えるべきなのよ。己を愚かだと分からぬ者が一番、愚かだわ」
オリアンヌの言うことにも一理ある。客観的に見れば自分は愚かに見えるだろうなと、ロイク自身も分かってはいる。けれど、
「度々で申し訳ございませんが、大奥様。幸せに形はございません」
ロドルフがいて、自分がいて、その世界の中心でブランシュが笑っていた。今ではもう、随分と遠くなってしまった景色。
形はないが、それがロイクの思う幸せだ。
「わたくしは確かにブランシュ様を好いてはおりましたが、同じぐらい大旦那様のことも尊敬しておりましたので」
ただずっと、二人のそばにいられればいいと思っていた。
それ以上何も、望んだことはない。
虚勢ではなく誇張でもなく、これがロイクの本心だった。
「どこにも行く当てがなかったわたくしを、旦那様は屋敷に迎え入れてくださいました」
元々ロイクはカヴェニャック家の銀行でちまちまと帳簿を付けていただけの人間である。
友人だと思っていた奴が作った借金の保証人に、いつの間にかロイクはなっていた。彼はもう遠くに逃げおおせていて、職場にまで借金取りが押し寄せるようになった。挙句の果てに家は抵当に取られて困り果てていたところに、ロドルフは声をかけてくれた。
――それならうちの屋敷にくればいいじゃないか。
ただの下っ端でしかない男は見せられたカヴェニャック家の紋章に面を食らって退散した。借金はロドルフが肩代わりをしてくれたのだが、申し訳なくて下働きとして仕事をはじめて、そのまま流れでこの屋敷に居着いている。
そんなふうにロドルフに声を掛けられた人間が、ロイクの他にも屋敷には大勢いた。彼は、困っている人を放っておけない人だった。
そしてそれは確かに息子に受け継がれている。シャルルはロドルフほど分かりやすく社交性に溢れているというわけではないが、同じように根底にやさしさを持っている。屋敷を預かる身としては叱らざるを得ない時も多々あるが、シャルルのそういうところが、ロイクはずっと好きだった。
2
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』
鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。
だからこそ転生後に誓った――
「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。
気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。
「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」
――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。
なぜか気づけば、
・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変
・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功
・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす
・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末
「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」
自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、
“やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。
一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、
実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。
「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」
働かないつもりだった貴族夫人が、
自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。
これは、
何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる