【完結】わたしが愛されるはずがなかったのに~冷酷無比な男爵は高額買取した奴隷姫を逃さない~

藤原ライラ

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66.嘘が本当に

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 ――わたしは、実は本物の貴族のお嬢様で、旦那様はわたしを迎えに来た王子様……とか?

 口にした時はただの気まぐれで、そうだったらいいなと思っただけだ。
 それが、本当になってしまった。

 立派なお屋敷で恭しく傅かれる。アンヌ=マリーは正真正銘のご令嬢で、誰もそれを疑おうとはしない。
 いつから、シャルルは知っていたのだろう。オリアンヌは娘の捜索をシャルルに頼んだと言っていた。だとしたら、最初からこの絵が彼には見えていたのかもしれない。

 どっちにしろ、悪魔は賭けに勝ったのだ。五百万クレールで買った奴隷は貴族の令嬢に見事変貌を遂げた。彼は今頃一千万クレールの詰まった枕で気持ちよく眠りについている頃だろう。

 シャルルにとってのアネットは、ただの“商品”でしかなかった。それだけのことだ。

「気に入らないのなら作り直させるわ」
 そんなことばかりを考えていたら全くと言っていいほど、朝食が進んでいなかった。ほとんど手を付けていないオムレツとパンを見て、オリアンヌは言う。

「あ、いえ。そのようなことは」 
 慌てて、フォークとナイフを手に取る。絶妙な火の入り具合のオムレツはほどけるように口の中に広がってく。この屋敷の料理人も腕がいいのだろう。ちっとも味がしないのは自分の側の問題だ。

「アンヌ=マリー」

 オリアンヌは威厳と美しさを兼ね備えた人だ。食卓をともにするのには緊張する。奇しくも厳しくテーブルマナーを叩き込まれたのがここにきて活かされた。頭が上の空でも、手元はきちんと動くのだから。

「……アネット」

「は、はい」
 はっとアネットは顔を上げる。呼ばれていることに、ちっとも気がつけていなかった。

「屋敷ではこの名前でもいいわ。けれど、外では呼びかけられたら返事をするように。いいわね」
 アネット、というのは母が――この場合は育ての母であるマリエットのことだけれど――庶民風にするために付けた名だろうと、オリアンヌは言った。

 マリエットは元々、オリアンヌの侍女だったのだという。
 ユーベルというのは、父の名だった。オリアンヌが幼い頃から仕える騎士だったらしい。

 侯爵家から迎えた婿との仲は冷え切っていた。息子を二人儲けてからは、顔を合わせることさえ少なくなった。
 そんな中で、オリアンヌは不義の子を宿してしまった。夫が許すはずもなく、堕胎するか生まれたとしても殺すように命じたという。

「わたくしはそうするしかないと思っていたわ」
 意を唱えたのはマリエットだった。母はオリアンヌを深く尊敬していたけれど、この時ばかりは強く反抗したのだと。

「愛する者と過ごせる時間がどれだけ大切なのかを、わたくしは知らなかったのね」

 ――この子に一体、何の罪があるというのですか?
 そう言って生まれた子とともに、屋敷を飛び出した。屋敷では、死産ということで事は収められた。
 それがアネット。死んだ・・・娘の正体だ。

 三年前に夫を亡くしてからは、オリアンヌはずっとマリエットと自分を探していたらしい。アネットが簡単に話した自分と母が陥った窮状にも、オリアンヌは少しも顔色を変えなかった。「そう」と短く返しただけだ。

「一言、わたくしに言えばよかったのに」

 その時、母が何を考えていたのかはアネットには分からない。別れてしまった主人に頼ることなど、到底すべきことではないと考えたのかもしれない。大貴族であるオリアンヌなら、あの契約更新料も瞬く間に支払うことができただろうとは容易に想像がついたけれど。

 ただ、強く思ったのだ。
 同じだ、と。

 アネットだって、シャルルと同じ生まれてきてはいけない子だった。
 わたしが母とスープを飲んで笑って過ごしている間、彼はエミリアンに打たれていた。

 何が違ったのだろう。
 彼があんなにも悲しい目をして生きなければならなかった理由は、どこにあるのだろう。

 考えても考えても、答えは出なかった。だからずっと、ここに来てから料理の味がしない。
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