【完結】わたしが愛されるはずがなかったのに~冷酷無比な男爵は高額買取した奴隷姫を逃さない~

藤原ライラ

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65.鈴蘭の姫君

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 シャルルの屋敷よりも、たどり着いた屋敷は大きかった。

 案内の侍女の後をシャルルが歩いて、その後ろをさらにアネットが歩く。
 きょろきょろしてはいけないと思うのに、柱の装飾も窓枠の金の飾りもはっと目を引くものばかりだ。全ての造りが洗練されていて、気品と美しさがある。

「お連れいたしました」

「入りなさい」
 侍女の言葉に、部屋の中から静かな声がする。誰かに命じることに慣れた者にしかない響きだ。

 扉を開く。窓から差し込んだ陽光の中で、その者の姿を見た。銀色の髪はふわりと淡い輝きを放つ。自分と同じ青い瞳が、アネットを捉えて見開かれた。

 はじめて会うというのに、どうしてだろう。ひどく懐かしく感じた。

「オリアンヌ様、こちらが鈴蘭の姫君です」

 椅子から立ち上ったオリアンヌが、アネットへと駆け寄ってくる。きちんと礼をしなければ、そう思うのに体が動かない。

「ああ、ユーベルの色ね」

 白魚のような手が愛おし気に、巻かれた赤毛に触れる。かの人の名前を、彼女はとても大切そうに紡いだ。

「シャルル」

 僅かに滲んだ涙を拭うと、オリアンヌは男へと目をやった。シャルルは静かに頭を下げる。
「はい」

「あなたは本当に、地獄の門を開けてくれたのね」
 首にかかった鈴蘭のネックレスを、整えられた指先がなぞる。母が自分に残してくれたもの。

「ほかならぬオリアンヌ様の為とあれば」
 二人の間では成立している会話の意味がアネットには全く分からない。戸惑うアネットに、彼女は言う。

「あなたはわたくしの娘よ」

 オリアンヌの言葉はまるで、雷のように飛び込んで来た。
 そんなことがあり得るのだろうか。いいや、あり得るはずがない。

 けれど、どこかそれが正しいのだとも分かる気がした。マリエットはアネットをとても大切にしてくれたけれど、茶髪に茶色の目で自分とはひとつも色を分かち合ってはいなかった。

 シャルルは流れる様に美しく、アネットの前に膝をついた。貴人に対する最敬礼を彼は示す。

「アンヌ=マリー様」
 恭しく手を取って、紫水晶が見上げてくる。大好きな声が呼ぶ、知らない他人の名前。

「あなた様は、プランタン公爵家のご令嬢であらせられます」

 布越しのその手の温度も、作法に乗っ取って手の甲に落とされる口づけの感触も、もう何も分からない。窓の向こうの景色のように、ただ自分を通り過ぎていく。そんな気がした。
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