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63.売り時

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 寝息に合わせてやわらかな胸が上下する。しなやかな細腕は、己の腰に絡みつくように伸びている。

「……ん」

 甘えたように首筋に鼻を寄せてきたかと思うと、すうっと一度大きく息を吸う。どうやら起きてはいないようだが。そのまますりすりと機嫌よさそうに頬ずりをして、赤色の頭はシャルルの肩口に当然のように収まった。

 本当は寝台に運んでやりたいのだが、ほとんど片手しか使えないのでそれもできない。ただカウチにともに横になるだけだ。寝台ほど広くないのでぴったりと体が密着して、その温度も質感もしっかりと感じることができる。こちらは到底、眠れるはずもない。

 癖のある赤毛からは花のような香りがして、彼女が身じろぎする度に甘く誘ってくる。ぐっすりと眠っていることに安心する一方で、この無防備さにどうしようもなく溜息が出てしまう。

「少しは警戒してくれ……」

 独り言のようにそう呟いて、ゆるく波打つ髪を撫でた。
 そう、何一つ変わらないのだ。

 この身の内にあるのはエミリアンと同じ、醜い欲求だ。シャルルだって、アネットの体を開いて己を刻みつけたいとずっと思っている。あの男と同じけだものの血が流れている。そうしないのはできないだけの理由があるからだ。

 右手が痛くてよかった。何度も外れそうになった理性の箍を、痛みが引き戻してくれた。それがなかったらどうなっていたか分からない。

 守れると高を括っていた。
 全て、シャルルのせいだ。己の傲慢さが、執着が、彼女を傷つけた。

 こんな汚れた両の手でも、手に入れられるものがあると夢を見た。青の瞳が自分だけを見つめて煌めく度に、どうしようもなく満たされた。

 世界も富も自分自身も、何の意味も見い出せなかったけれど。
 ただ、彼女だけが輝いて見えた。

 あと自分にできることがあるとすれば、一つだけ。

「売り時だな」

 もっと早くそうしていれば、彼女はこんな目に遭わせることもなかったのに。卑しい生まれに巻き込んでしまった。
 そっと前髪を上げて丸い額に口づける。

 これが、きっと、最後だ。
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