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 青のドレスの裾が揺れる。それを見て、自分の足が弾んでいるのだと気が付いた。

 着けているのはあの真珠のネックレスだ。これがあればダンスのレッスンも、何も怖くない。アネットのとっておきのお守りのようなものだ。

 上機嫌で廊下を歩いていたら、豪奢な馬車が止まるのが見えた。朝会った時、シャルルはどこかに出かけるというようなことを言っていたのに。一体誰が来たのだろう。

「お嬢様」
「あ、ロイクさん」

「すぐにお部屋にお戻りになってください」
 いつも穏やかなロイクの声が鋭い。僅かな焦りのようなものが滲んでいる。まるで警戒するかのように、彼は辺りを見回した。

「やあ、ロイク」
 ロイクの後ろに、男が立っていた。威厳のある低い声だが、それでいてひどく甘さを孕んでいる。

「これはこれはエミリアン様。お迎えもしませんで、とんだ失礼を」
 くるりと振り返った執事は、胸に手を当てて美しく礼をする。

 相手の彼のがっしりとした体躯を包むコートは精緻な刺繍が施された上質なもので、手には黒檀のステッキを持っていた。ロイクの様子を見るにしても、きっとこの男も貴族なのだろう。

「生憎、旦那様は留守にしております」

「叔父上はいないのか。なら、少し待たせてもらうとしよう」
「申し訳ございません、エミリアン様。本日はどうぞお引き取りを」

 ロイクがアネットの姿を隠すように立ちはだかる。しかしながら、エミリアンと呼ばれた彼はロイクよりも背が高い。おそらくシャルルと同じか、少し高いぐらいだろう。覗き込むようにしてアネットの姿を見つけると、彼はにこりと、人を蕩かすような笑みを浮かべた。

 髪は鮮やかな金色。顔立ちは精悍で、どこかシャルルと似ている。

「そちらのレディはどなたかな? ロイク、俺にも紹介してもらえないか」
 垂れ目がちな彼の目が、アネットの頭の先から爪先まで、滑っていく。

「はじめまして、アネットと申します」
 ドレスの裾を摘まんで、習ったようにお辞儀をする。正しくできていればいいのだけれど。

「可愛らしいお嬢さんだ。ロイク、彼女と話がしたいな」

 どうやら、礼には問題はなかったらしい。ほっとする自分の横で、ロイクの顔が苦々しいものになる。
「ですが、エミリアン様」

「話をするだけさ。何も咎められるようなことはないだろう」

 どうすればいいのかと、アネットはロイクとエミリアンの間で顔を見合わせることしかできない。シャルルの留守中に勝手なことをしてはいけないと、分かってはいるけれど。

「その、ロイクさん」
 このまま彼をここに立たせて置くのもどうかとは思う。少しの間話をするぐらいはいいだろう。

「ほら、彼女もこう言ってくれている」

 金の瞳が意味ありげに輝く。やさしげにも見えるのに、どこか突き放されたように感じるのはその色のせいだろうか。まるで鷲に睨まれたかのような、そんな威圧感がある。

「分かりました。それでは、こちらへ」
 ロイクの案内で、応接間へと向かう。

「では、アネット嬢。行こうか」
 エミリアンはアネットの少し前に来たかと思うと、そっと手を差し伸べてくる。優美な所作のエスコート。この手を取らなければいけないと、分かっている。

「ありがとう、ございます」
 けれど、どうしてだろう。まったくといっていいほど、心が踊らなかった。
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