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第三部 異世界建築士と思い出の家

第217話:三人寄らば

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「……聞いた。リトラエイティル様まで、行方不明になったとな。これで獣人族ベスティリングの連続失踪者数は、八名になったことになる」

 門衛騎士フロインドは、俺が話しかける前に苦々しく吐き捨てた。

「俺の忠告は、まったくもって無駄になったわけだ。それも、忠告したその直後に。……何をやっていたんだ、貴様は」

 言われてぐうの音も出ない。確かにその通りだからだ。

「すみません、せっかくの忠告を……」
「だが、もうこれで俺たちも動かざるを得なくなった。ホプラウス様のご遺志を継ぐのは、もう、今この時をおいてほかにあるまい」
「……は? ホプラウスさん、ですか?」

 ……そういえば、マレットさんが言っていたっけ。ええと、シヴィーさんの、旦那さんだったか?

「なんだ、貴様。ホプラウス様を知っているのか」
「ええ、今ちょうどお仕事をいただいているその依頼主が、シヴィーさんとゴーティアスさんで」

 そこまで言いかけたとき、フロインドは目を剥いた。

「なぜそれを早く言わない。もしそうならば、もっと早くに便宜を図ってやったものを」
「べ、便宜といわれても……」
「ホプラウスさんはな……謀殺されたようなものだ」



 フロインドは、門のチェックを別の騎士に任せると、俺たちを狭い部屋に連れ込んだ。

「本来なら関係者でも何でもない貴様に話すのは問題なんだが、貴様はリトラエイティル様に縁のある男らしいからな。タキイ様とも懇意にしているなら、信用もあると判断しての扱いだ。ゆめゆめ忘れるなよ?」

 神妙にうなずいてみせると、フロインドはどっかと椅子に腰かけた。

「シヴィーさんの旦那でゴーティアスさんの息子、それがホプラウルフロック・モリニュー様だというのは、知っているな? 俺たちが今も騎士のかがみと仰ぐ、立派な門衛騎士だったお人だ」

 ホプラウスさんのフルネームか。……もう言えなくなってるよ俺。ええと、ホプラウロルックさんだっけ?

「……ホプラウルフロック様だ」

 軽くこめかみを押さえたフロインドだが、そこは大して気にしていないようだった。

「ホプラウス様はな。当時もある事件を追っていたんだ。ご自身が獣人族ベスティリングの奥様を娶られていたしな。
 わかるだろう? モリニュー夫人――つまり、シヴィー婦人だ。彼女の安全を確保するために、警吏とは別に、独自に調査を進めていたんだ」
「警吏とは、別?」

 いぶかしむ俺に、フロインドが苦笑してみせる。

「貴様がコクリヤーデのクソ野郎とやり合って、奴を左遷させたってことくらいは聞いてるよ。あれは本当に、痛快だった。表立って、そんなことを言うことはできないがな」
「コクリヤーデ?」
「なんだ、隠す必要なんかないぞ? 城門前広場でクソガキどもをボコボコにしたことでとっ捕まった貴様が、よりにもよってタキイ様を呼んで大喝してもらった話だ。
 あの一件でコクリヤーデは一階級落ち、特にこの二カ月の間は三階級落ち待遇だそうだからな。ざまあみろといった具合だ」

 それを聞いた夜にみんなで飲んだ酒の、なんと美味かったことかと、フロインドが笑う姿に、俺としては困惑するしかない。

「それもあって貴様には、それとわからん程度とはいえ便宜を図ってやっていたというのに。今回の件、女一人も守れない男だったとは、実に全く残念でしかない」

 ……そこを突かれると本当に言い返すことができない。自分の器の小ささが、今回の事態を招いてしまったのは明らかだからだ。

「とはいえ、俺たちが目星をつけていた連中であったなら、いずれはしびれを切らして、貴様の家に押し掛け、リトラエイティル様を強奪していたかもしれない。もしそうなっていたら、貴様は間違いなく殺されていただろう」

 ……そんな! それじゃどのみち、俺はリトリィを奪われることが確定していたってことじゃないか! そんな理不尽なことが、許されてたまるか!

「ああ、許されてたまるか。ホプラウス様も、クソの役にも立たん警吏どもに見切りをつけてな。
 ――だが、獣人奴隷商人たちを追う中で、いわれのない失態を糾弾されて門衛騎士の身分を剥奪されたうえ、巡回衛士に左遷されたのだ。それでもホプラウスさまは、ご自身の職務を全うする傍ら、執念で連中の尻尾を掴んだ――そのはずだったのだ。それが、あの夜に――」

 悔しそうに、だが、それ以上は言わなかった。
 しかし何があったかは想像がつく。だから、シヴィーさんは未亡人なのだろう。

 それにしても、獣人奴隷商人!!
 リトリィたち獣人族が被差別民であることは聞いていたけど、奴隷!?
 城内街では鼻つまみ者扱いの彼ら、彼女らが、奴隷として成立するのか?

「彼らは、我らとは違うその外見が、……その、一部の人間にとして好まれているらしくてな。として、高価で取引されているらしい」

 嗜好品? 愛玩動物!?
 ふざけるな、リトリィをモノ扱い――ペット扱いするつもりか!?

「とくに、リトラエイティル様のような原初プリム、もしくはそれに近い者を欲しがるような――ゴホン。欲しがる人間自体は少ないだろうが、珍しいがゆえに高値たかねが付きやすい傾向があるらしくてな」

 特殊な性癖で悪かったな。だがリトリィの人柄を知れば、誰だって彼女を天使と思うだろうし、彼女と共に生きたいと思うだろうさ。
 そう思いながら聞いていると、瀧井さんがものすごい目でフロインドに詰め寄った。

「今のは聞き捨てならんぞ。その話だと、わしの家内にも危険が及ぶおそれがあるということではないか」

 ――ああ、そうだ。ペリシャさんも、原初プリムほどではないにしても、猫の特徴がとても濃い女性だ。リトリィがほとんど犬だから俺にとってはケモノ要素が薄く感じられるだけで、ペリシャさんだって十分ケモノっぽい。――ああ、狐属人フークスリングのフィネスさんもだ。

「……おっしゃる通りです。リトラエイティル様が狙われ、さらわれた今、連中は一気に動くおそれが出ています。おそらく、を手に入れたわけですから、もうこの街にいつまでも残る理由がない」
「だったら――!!」

 俺も思わず詰め寄ると、フロインドは苦笑いした。

「安心しろ、とは言ってやれないが、こちらから冒険者ギルドに依頼は済ませてある。街の外なら、連中の守備範囲だ。おそらく、すでに情報は色々集まってきているはずだ」

 ――冒険者ギルド!
 聞いて、俺は、絶望した。

「……ギルドは、……冒険者は、動いてなんか、くれなかったぞ」
「いや、そんなはずはない。かなり動いているはずだ」
「だ、だけど! 俺の依頼、朝一番に出したんだ! 一刻ほどは待ったけど誰も手に取ってくれなかったし、昼前にも確認したけど、それでも……!」

 フロインドは一瞬真顔になり、そして、笑った。

「……おいおい、まさか、ひと捜しを依頼したんじゃないだろうな?」
「それ以外にどうするっていうんだ!」
「冒険者だぞ? 冒険者がひと捜しを好んですると思うか?」

 言われてカチンとくる。だったら、そっちはどうなんだと。
 噛みついた俺に、フロインドは瀧井さんと顔を見合わせ、ため息をつき、そして、苦笑してから、物わかりの悪い子供を相手にするかのように、ゆっくりと言った。

「危険に飛び込むのが大好きな、頭のおかしな連中だ。依頼の仕方ってものがあるんだよ。
 『のための情報求む。花摘みへの参加は一人五百ゼニン。有力情報には二百ゼニン、有力情報に繋がる情報には百ゼニン』とまあ、こんな具合だ」
「花摘み……?」
「隠語だ。花摘みとはこの場合、特に人身売買組織の摘発を意味する。ほかにも芋掘り、枝払い、魚獲り、とかな」

 ……俺は、床に崩れ落ちた。そんな、方法が。

「俺もタキイ夫人から話を聞いたのが午後だったから、依頼自体は昼過ぎにしか出せていない。だが、午前の仕事を終えて帰って来た冒険者たちが目にする時間には間に合ったから、もう口伝えである程度広がっているだろう。
 俺は門衛騎士の立場から、ここを離れられない。だが、貴様はギルドに行ってみろ。朗報とまではいかなくとも、いくつか情報は集まってきているかもしれない」

 フロインドはいったん言葉を切ると、ふと、思い出したように付け加えた。

「そうだ、夜道で分からなかったかもしれないが、相手はどんな奴だった? なにか、覚えていることはないか」
「鳥、としか……」

 言いかけて、改めて、あの夜の光景――ぐるぐると回ったあの夜の光景を思い出す。

「……鳥の背中に、乗っていた奴がいる。夜だったし、月明かりだったから色は自信がないけど、――銀色っぽい感じの――毛皮だ、そして長い髪――。毛皮を羽織っていたのか、それともリトリィみたいな、原初プリム、もしくはそれに近い獣人族ベスティリングのような――」

 自信なくつぶやくように言い、それ以上思い出せずにフロインドを見ると、彼は息をのむような仕草をしてみせた。

「……そいつは、犬みたいな顔をしていたか?」
「後ろ姿だけだったから、そこまでは――」

 フロインドは、腕を組んでしばらく何かを考えるようにしていたが、あらためて、険しい顔を俺に向けた。

「もしかしたら、があるかもしれない。冒険者ギルドで、そいつのことを直接報告してみてくれ。そいつは、要注意人物の可能性がある。ギルドが独自につかんでいる情報があるかもしれない」

 ぽんと、肩に手が置かれる。瀧井さんだった。

「だから、相談をしろと言うたのだ。一人で何とかしようとするな。お前さんが動くのは当然だが、人に協力を仰げ」
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