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第一章

第19話:閑話・スタンピード

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神暦2492年、王国暦229年3月5日:ロアノーク代官領・某領民視点

 御代官様のお触れがあり、魔獣災害に気をつけていた。
 父さんと母さんに言われて気をつけていた。
 遠くからエディン大魔山の様子を見る程度だが、気をつけていた。

 最近は立て続けに属性竜による災害の噂が流れていた。
 2カ所で属性竜災害の前兆であるスタンピードが起きているらしい。

 100年以上前の話しだが、エディン大魔山が噴火してしまった。
 火属性竜がエディン大魔山で暴れた影響だと伝わっている。

 多くの火山灰が降り、農地が全滅してしまった。
 元通りに収穫量になるまで90年以上かかったと古老達が言っていた。
 満足に収穫できるようになったのが20年ほど前だという。

 もしこのままエディン大魔山が噴火してしまったら、また多くの人が餓死するだろうと、古老達だけでなく大人達全員が話していた。
 父さんと母さんも同じように話していた。

 だから俺達子供達もずっと大魔山を気にしていた。
 悪い事が起こらないように気にしていた。
 家の仕事を子守をしながら見張っていた。

「おい、聞いたか、ノーウォーク城に詰めていた多くの騎士が、病気を理由に王都に逃げ出したそうだ!」

「なんて臆病者だ!
 普段偉そうにっしているくせに、恥知らずにも程がある」

「これだから王国の騎士は当てにならないんだ!」

「自分達の身は自分達で守らなければならない」

「できるだけ税をごまかして、どこかに隠しておかないと生き残れないぞ」

 大人達の話を聞いていると、騎士が臆病で恥知らずなのだと分かった。
 自分達の身は自分達で守らなければいけないのだと思った。
 父さんと母さんも自分の身は自分で守れと言っている。

「おい、聞いたか、メニフィーのスタンピードを抑えた王子がいるらしいぞ」

「バカ言え、そんな噂、ウソに決まっている」

「いや、本当の事らしい、貴族嫌いの冒険者が言っていたから本当だ。
 メニフィーに行けば、危険な魔境に入ることなく高価なはぐれ魔獣を狩れると言って、ここからメニフィーに移動していったらしい」

「らしい、てなんだよ、そんな噂信じられるか!
 騎士が抑えたと聞いても信じられないのに、王子が抑えただと?!
 どこのだれが、そんな噓八百信じるかよ!」

 大人達の話を聞いていると、お城を逃げ出した騎士よりも、貴族や王子の方が憶病で恥知らずで信じられないらしい。

 絶対にだまされないようにしなければいけない。
 俺がだまされたら、幼い弟や妹までだまされる。
 父さんと母さんが畑にいる間は、俺が弟と妹を守るんだ!

「おい、聞いたか、ベッドフォードのスタンピードをジェネシス王子が抑えられたそうだぞ!」

「おう、聞いた、聞いた、俺も聞いたぞ。
 代官所でも大々的にお触れが出ているそうだぞ」

「ああ、俺もそれで知ったんだが、スタンピードを抑えただけでなく、魔境から出てきた亜竜まで斃されたそうだぞ」

「なんだって?!
 あの強大な亜竜まで斃されたのか!」

「おお、そうだ、亜竜まで斃されたそうだ。
 それでだ、代官所にもジェネシス王子の命令が届いたんだそうだ」

「王子の命令?
 なんだそりゃ?」

「ベッドフォードでは、王子が助けに来るまで地下室に隠れていたそうだ。
 ここ辺りでも、村や街、家ごとに地下室を造って、王子が助けに来るまで生き延びるようにとの事らしい」

「ジェネシス王子が助けに来てくださるのか?!」

「ああ、代官所には、必ず助けに行くから、できるだけ早く地下室を造れとのご命令があったそうだ」

「助けに来て下さるのはありがたいが、直ぐに地下室を造れろ言われても……」

「地下室造りが間に合わないようなら、近くの城や砦、代官所に逃げ込めだとよ」

「城や砦だと?!
 憶病で恥知らずな騎士が守っている城や砦なんか信用できねぇ!」

「だったら身近な御代官様のいる代官所しかないぞ。
 それとも村長の蔵の下に急いで地下室を造るか?」

「逃げる時間と誤魔化した食糧を隠す事を考えたら、村長の家の蔵しかねえ。
 村長に直談判しに行くぞ!」

 大人達の話しを聞いていると、ジェネシス王子だけは信用できる。
 その日から大人達は、畑仕事が終わってから村長の家に行くようになった。
 何かあったら村長の家の蔵に逃げ込めばいいと父ちゃんと母ちゃんが言っていた。

「スタンピードだ!
 スタンピードが始まったぞ!
 急いで逃げろ、急いで逃げるんだ!」

 村で1番高い見張り台にいた大人が大声で叫んだので、妹を背負い弟の手を引いて村長の家の蔵に行った。

 俺以外にも多くの子供達が集まっていた。
 村長がどこの子供か確かめて、順番に蔵の中に入れてくれた。
 他所の子が大声で泣いているのを聞いて、妹まで泣き出してしまった。

 泣いている妹をなだめてハシゴを降りさせるのはとても大変だった。
 弟まで泣き出してしまい、俺も泣きそうになってしまった。
 年上の男の子と女の子が助けてくれなかったら、俺も泣いていた。

 兄弟3人でなんとか蔵の地下に降りたけど、暗くて湿っぽくて土のにおいがして、また急に泣き出したくなってしまった。

「大丈夫だ、何も心配いらない。
 ここにいればジェネシス王子が助けに来てくださる。
 ジェネシス王子は、あの恐ろしい亜竜ですら斃してしまわれる方だ。
 竜が怖くて逃げ出してきた魔獣なんて直ぐに退治してくださる」

 年上の男の子がジェネシス王子のお話しをしてくれた。
 子供達も大人達が噂していたのを知っている。
 ジェネシス王子が強い事もお優しい事も知っている。

「ねぇ、ねぇ、ねぇ、ジェネシス王子は強いの?
 狗や狼、猪や熊よりも強いの?」

 小さい女の子は大人達の話しを聞いた事がないのだろう。
 ジェネシス王子の事を知らないようだ。

「ああ、強いぞ、とっても強いぞ。
 狗や狼、猪や熊よりも強いぞ、だから何の心配もいらないぞ」

「いつ助けに来てくれるの?
 今日、明日、その次の日、いつ助けに来てくれるの?」

「う~ん、王都からここまで5日はかかるから、6日後か7日後だ」

「それまでここで待つの?
 暗くて狭いここで待つの?」

「ああ、ここが1番安全だからな。
 もう直ぐ父さんや母さんもここに逃げて来る。
 だから、それまで泣かずに待っているんだぞ」
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