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第一章

第14話:亜竜

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神暦2492年、王国暦229年2月11日:リーズ魔境周辺・ジェネシス視点

「ギャアアアアアオンー」

 亜竜の迫力は圧倒的だった!
 俺以外の騎士が駆っていた軍馬が全て逃げ出してしまった。

 騎士の大半も威圧されて動けなくなっている。
 それどころか失神してしまっている。

 ★★★★★★
 
 軍馬を本気で駆れば、ベッドフォード代官所まで一昼夜で行ける。
 だがそれではとても戦えない。
 亜竜と戦う事を考えて、余力を残した状態で進軍しなければいけない。

 それでも2日あればたどり着ける距離なのだが、今回はジャマが多かった。
 スタンピードであふれ出た魔獣達を斃しながら進まなければいけない。
 斃すだけなら瞬殺なのだが、死体を回収しなければいけない。

 本当に急ぐのなら、死体など放っておけばいいと言う者がいるかもしれない。
 だが魔獣の死体を放置してしまうと、疫病がはやる可能性がある。
 何より魔獣災害が起きている地域に食料を配らなければいけないのだ。

 今思い出しても腹が立つ!
 救援物資を出してくれという俺に対して、父王は『亜竜や属性竜が王城を襲ってきた時に備えて兵糧を出す訳にはいかない』と言いやがった!

 そっちがそのつもりなら、俺にも覚悟がある。
 俺が斃した魔獣は俺の好きに使わせてもらう。

 亜竜を斃したら父王にも国にも渡さない!
 何を言われようと、どのような処分を受けようと渡さない。

 厳しい罰を与えると言うのなら、この国を出ている。
 母上やセバスチャン達を引き連れて大陸に渡る!

 などと考えながら王城からベッドフォード代官所まで進軍した。
 視界に入った魔獣は全て瞬殺した。
 家臣に死体を集めさせ、魔法袋に保管した。

 下は3kg級の灰角兎から上は2000kg級の茶魔熊まで。
 強さも価値も関係なく狩った。
 民を殺すかもしれないと言う意味では同じ脅威だから!

「だいじょうぶか?
 ジェネシス王子が助けに来てくださったぞ!」

 居座っていた魔獣を皆殺しにして破壊された村に入る。
 伝令役がすばやく地下壕の入り口を見つけてくれる。
 中に合図を送って危険が無くなった事を伝えてくれた。

「「「「「ウォオオオオ」」」」」

 地下から地上にまで大歓声が伝わってくる。

「村の回りにいる魔獣は、全てジェネシス王子が斃してくださった。
 地下壕からでて地上で生活できるぞ」

「「「「「ウォオオオオ」」」」」
「すげえ、すげえ、凄え!」
「魔獣を皆殺しにするなんて凄すぎる」
「これで俺達は自由だ、やっと地上の出られる」
「ありがとうございます、ジェネシス王子」

 伝令役が言葉を重ねると、また地下から歓声と感謝の言葉が聞こえてきた。

「まて、まて、最後まで話を聞け。
 この辺一帯の魔獣は全て斃してくださったが、まだこれから魔獣がでてくる」

 伝令役が注意をすると、とたんに地下から諦めの気配がただよってきた。

「気を落とすな、しばらくは地上で暮らしても大丈夫だ、
 ジェネシス王子が全ての魔獣を狩ってくださるまで、警戒しろというだけだ。
 また魔獣が村の近くに現れたら、直ぐに地下壕に隠れろ。
 必ずジェネシス王子が助けに来てくださる。
 それまでの食料はここに置いていく、公平に分けて食べるのだぞ」

「「「「「ウォオオオオ」」」」」
「ありがとうございます、ジェネシス王子」
「村で公平に分けさせていただきます」

「いいか、絶対に忘れるな。
 ジェネシス王子はお優しいと同時に、とても厳しい御方だ。
 自分の下賜した食料を誰かが独占したり利を得るのに使ったりしたら、どのような手段を使ってでも処罰されるぞ!」

「はい、決して誰かにだけ余分に与えたりしません。
 弱い女子供の分も取り上げたりしません」

 村長らしい男が地下から答えている。
 その言葉の中にあざけるような雰囲気が感じられた。
 
 自分達が地下に居て、顔も分からないと平気で嘘を口にしている。
 俺はそんな連中が反吐がでるくらい嫌いなのだ!

「ライ・カーズ・デス」

「王子?!」

「嘘をついた者を呪い殺す魔術を使った。
 今お前に答えた者だけでなく、地下壕にいる全ての者に呪いをかけた。
 俺との約束を破った者はその場で死ぬと思え!」

 俺はその場に大量の食用魔獣を置いて先を急いだ。
 村長のような奴に為に戦いたくない。

 だが地下壕には善良で弱い女子供がいるかもしれない。
 腐れ外道が1人いるからと言って戦わない訳にはいかない。

 本当なら全ての地下壕に入って確かめたいところだ。
 だが今の俺にはいちいち確かめている時間がない。

 亜竜がいつ地下壕まで破壊するか分からないのだ。
 俺が村々を助けるために使える時間は限られていた。

 だから急いで多くの村を魔獣から解放した。
 亜竜がいると思われる場所まで、直線距離にある村だけだが、全て解放した。

 だがそのためにベッドフォード代官所近くに来るまでに3日を要した。
 そしていよいよ亜竜と直接戦う事になった。

「ギャアアアアアオンー」

 亜竜が2度目の叫び声をあげる。
 これで俺の配下はほぼ全滅だ。

 わずかでも戦意を残しているのは、昔からの側近達。
 見廻騎士団の子弟の中でも冒険者経験の長い者だけだった。

 俺がその気になれば、騎士だけでなく軍馬にも支援魔術をかけられた。
 亜竜の叫び声に抵抗できる魔術をかけられた。
 恐怖に駆られて逃げ出したり気絶したりする事はなくなる。

 だが、そんな事をしてしまったら、家臣が亜竜をなめてしまう。
 自分達の力を過信してしまう。
 驕り高ぶってしまう事は、家臣の死に直結してしまうのだ。

 家臣を本気で大切に思うのなら、厳しく接しなければいけない。
 自分達の実力を嫌というほど思い知らしておけなければいけない。

「ギャアアアアアオンー」

 3度目の叫び声にも側近や精鋭は意識を失うことなく戦意を保っていた。
 それが亜竜のプライドを傷つけたのかもしれない。
 全長20mにも及ぶ巨大な亜竜が突進してきた。

 俺が読んだ資料通り、亜竜はブレス攻撃ができないようだ。
 鋼鉄の剣では傷1つつけられない硬い鱗と騎士鎧ごと喰らう牙とあご力。
 更に額に生えている角を生かした体当たりが最大の武器なのだろう。

 バカ正直に亜竜と戦う気はない。
 体当たりを受け止める気もなければ肉弾戦だけに限定する気もない。
 茶魔熊を斃した時と同じように、急所に魔力を叩き込む!

 神代の時代から伝えられてきた資料から、亜竜の強さを考える。
 鱗、皮下脂肪、筋肉、骨の強度、防御力を想像する。
 その全てを破って急所を破壊できる魔術を考える。

 だがよく考えれば、バカ正直に鱗の上から攻撃する必要はない。
 前世のケンカには眼を狙う禁じ手があるが、まぶたを閉じられたら無意味だ。

 だが、鼻の穴から圧縮した魔力を叩き込み、脳を焼くか脊髄神経を断ち切れば斃せるのではないか?

 資料によれば、亜竜の脳は茶魔熊をはるかに超える回復薬の材料になるらしい。
 魔力で破壊したり変質させたりするのはもったいない。
 比較的価値の低い頚椎神経を断ち切って殺すのが最善だろう。

 鼻から内皮を破り筋組織を破壊して頚椎神経を断ち切るなら、外部から攻撃するよりも凄く魔力を節約できるが、万が一の事を考えて予備魔術も発動しておく。

 亜竜は何の警戒もしておらず、自分の強さに自信を持っているようだ。
 ただ真直ぐに俺達の方に突進してくる。
 いとも簡単に圧縮した氷魔力が亜竜の鼻から身体の中に入る。

「ギャゥフ」

 突然亜竜が糸の切れた凧のように左右に身体を振り、倒れてこちらに滑り出した。
 このままでは気絶した家臣達をひき殺してしまう。
 俺は自分を身体強化して亜竜の体に触り、少し力を加えて違う方向に滑らせた。

 確実に斃した獲物のために余分な魔力など使えない。
 1番少ない魔力労力で家臣達を助ける方法がこれだった。

「「「「「ウォオオオオー」」」」」

 だが見た目には素手で亜竜をぶん投げたように見えたのだろう。
 戦意を失っていなかった側近達が一斉に歓声をあげた。

「ジェネシス王子が亜竜を斃されたぞ!
 ジェネシス王子、ジェネシス王子、ジェネシス王子……」

 セバスチャンが感極まったように俺の名を叫んでいる。
 恥かしいから止めてくれ!

「私にも今の魔術を教えてください!」

 アンゲリカはいつも通り自分が強くなる事しか考えていない。
 ……素手で亜竜をぶん投げる。
 アンゲリカにはとても似合っている気がする……
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