【完結】空白

焼魚

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heading8 Lucifer

30話

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「『蒼天(そうてん)』?」
「そう。魔力の全てを体内で爆発させ、身体に莫大な負荷をかける。」
「…? それで何の意味が?」
「“能力の底上げ”。知ってるよね?」
 “能力の底上げ”…身体に関する何かを犠牲にすることで、能力の威力を上げる。死に際でなければまず使わないであろう、人間の奥義。
…まぁ、この存在自体を知らない人も多いけれど。
「はい。」
「それと同じだよ。身体に負荷がかかることの代わりとして、魔法や能力の威力が上がる。」
 「そんなことができるのか」と私は強く感心した。今までは死にそうになったら“能力の底上げ”を行おうと思っていたが、今後は“蒼天”で事足りるのかもしれない。
そう思っていたのだが…
「まっ、君はまず魔力量を上げないとだけどね。」
「…え?」
「“蒼天”は、最低限今の君の八倍以上の魔力が必要になる。」
「うぇー……」

     **

 あれから私はかなり魔力量が上がってはいるが、まだ蒼天の発動には及べない魔力量だった。
 …が、今魔王から魔力を付与させられたことにより、蒼天発動の魔力量に到達した。…やり方は知っている。

私は深呼吸した。

「『蒼天(そうてん)』」

 その瞬間、私の瞳は青く煌びやかに輝き、体内の魔力が爆発して身体が猛烈な痛みに襲われた。

だが、動けることには動ける。
それに、じきに慣れるだろう。
「…貴様…それは何だ?」
どうやら、魔王はこちらの変化に気がついたようだ。
「知らなくても無理ないよね。これは私の師匠が“独自”で生み出した技だ。知っているのは師匠と私だけ。」
「何だと聞いているんだ!!」
 声を荒らげ、怒りを露わにする魔王。私は彼の気が動転したのを隙とみて、レインの様子を伺った。
 彼女は相も変わらず倒れていた。血もまだ止まらぬようだ。しかし、意識はいつか戻る筈だ。

…彼女に賭けてみよう。
そう思い私は​─────。

「感謝してるよ。お前無しじゃ、到達出来なかった地点だ。これでやっと、師匠に恩返しが出来そうだ。」
「舐めるなよ…!」
 すると、彼から立ち上る今までとは比にならない量の魔力。そのオーラが具現化する程強力だった。

ただし、彼だけではなく、私も同様だ。

 互いに黒と青の魔力を具現化させながら、戦いに臨む。
 もっとも、“私”の狙いはコイツを倒すことじゃないが。
「『鬱蒼(うっそう)』」
 私は魔法によって独自のフィールドを生み出した。俗に言う“フィールドの創造”だ。
 自分に有利な効果が施される空間を創造し、相手を不利にさせる。
 つまりは、相手に不利な効果が付与され自分に有利な効果が付与される。
 私はこのフィールドに、“痛みを感じない”という効果を施した。
 故に、蒼天によって感じる痛みは今、無となる。
「『蒼牙(そうが)』」
 私はすぐさま攻撃を仕掛ける。青く光る斬撃状の魔力を彼へと放った。
「『解除(リリースト)』」
「…!」
 魔王の奇行に少し驚く。リリーストは、対“能力”用の魔法だ。そして私が今放ったのは“魔法”。
 つまり、リリーストが私の蒼牙に当たったところで何の意味もなさない。私の魔法はそのまま彼の腕を断ち切った。
「ぐっ…!」
 そして彼は腕を再生する。その様子を見て、私は思った。ひょっとしたら、これが妥当な反応なのかもしれない。
 “鬱蒼”も“蒼牙”も蒼天状態での独自の技だ。彼がそれを把握出来ているはずがない。
 つまり、彼にとって私の放つ蒼天の技は未知ということ。
「『蒼雷(そうらい)』」
 私は続々と攻撃を仕掛けた。それに順応出来ず、やられるがままに攻撃を食らっていく魔王。
「っ…!! 舐めるな!!」
 彼は怒りによって、自身の能力でフィールドを切り刻んだ。そして私のことも。
 左腕が断切され、右の瞳が横にぱっくりと割れた。
「がぁ……!」
 フィールドが傷ついたことで蒼天の痛みと傷の痛みがほんの少し身体に施された。
 フィールドは半壊。私の体もボロボロだ。恐らく、フィールドが全壊すれば私は動けなくなる。

だから、その前に…!

 私は全力で身体を操り、巧みに魔法で攻撃を仕掛けた。そして彼がそれを食らい、弱った瞬間、私は一撃必殺の手に出た。

「『箱(ボックス)』」

 もちろん魔法だ。彼の左右上下を囲うようにして黒い箱を作る。そして内側から爆発させる。
 だがこれは周囲を巻き込んだ爆破なので、私も十分に距離を置く。そして箱の外側に魔法を当て、爆破させた。
 と同時、フィールドが崩れ、私は猛烈な痛みと共に動けなくなる。魔力は残っているから、万が一彼が生きていたらそれで対抗するしかない。
 爆風によって巻き上がった砂埃がやがて薄れていった。そこに見えた彼は、流血してはいるものの、しっかりと立っていた。
「そんな…!」
 彼はゆっくり、片足を引きずりながらこちらへと寄って来た。
「今のは…危なかったな。単純な魔法の連携で、あそこまで追い込まれるとは。…実に素晴らしい魔力操作だ。さぞかし、貴様の師匠も偉大なのであろう?名を何というのだ?」
思わず私は大声で笑ってしまった。
「アハハハハ!! 油断し過ぎなんじゃない? …こちらにも攻撃手段がまだあることをお忘れなく。」
 そう言い、私は蒼牙を彼へと放った。すると、まさに油断大敵。彼は両腕もろとも胴体を切り裂かれた。
「…な……に…?」
 彼の身体が分断され、地に倒れたところで、私は“彼女”に視線を送った。
「今だ。レイン。」

   **レイン視点**
 十数分前、僕は目を覚ました。すると、目前にはアサヒと魔王の姿。多少距離があったため、魔王は気づかなかったようだ。
 一方で、僕が目を覚ましたことに気がついたアサヒは、僕を守るかのように自身のフィールドを展開した。

そして、僕の手元には“剣”が転がっていた。
「…これは……」
 青く光る刀身。恐らく、彼女の魔力が込められているのだろう。

僕はそれを握り、立ち上がった。

 この剣に込められた意味、それは“あいつにトドメを刺せ”ということだ。

アサヒは僕に託したんだ。
決して信用ならないこの僕に。

 刀身を見つめながら、僕は葛藤を重ねた。この剣の威力は、僕が何もしなくともただ振るだけで斬撃が具現化する程だ。
 だから、アサヒごと魔王を斬ることも出来る。ただ、何度も何度も思う。

“こんな形で終わらせたくない”と。

 …先程魔王からナイフを渡された時もそうだった。僕の心にはいつも迷いがある。

恨むべき者は、本当にアサヒなのか、と。

 三百年前、僕は心の余裕の無さから救いを求め、感情を“恨み”という一つに集中させた。
 もしかしたら、ただのこじつけだったのかもしれない。あの時アサヒは能力が暴走していて、自我が無い状態だった。
 それに、ミラドの強さは彼にとって想定外だったんだ。
 本当は直ぐにでも決着をつけ、“空臨”から報酬を貰うつもりだったのだ。
 
つまり、計画が狂わされた。

 だからアサヒも、暴走し、彼を救おうにも救えなかった。

…そうだ。事故のようなものだったんだ。

その時、僕の目の前でフィールドが崩壊した。
「今だ。レイン。」

その声と共に、脳裏で浮かんだ言葉。
『いまじゃなくていい。』

 僕は魔王のみを斬撃で塵にした。情けない声を上げながら消えていく彼の身体。

 僕は急いで、倒れるアサヒのもとへと向かった。
「大丈夫…じゃなさそうだな。」
苦笑いするアサヒ。
「ははは…そうだね。」
 そんな彼女の笑顔を見て思う。僕たちには、一度話し合う必要がある、と。


30話:決着
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