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heading8 Lucifer
27話
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**アサヒ視点**
「『魔王』だよ。」
27話:それぞれの後継者
「“魔王”…? 何だそれは?」
レインは私に尋ねる。私は早口で返答する。何故ならば、私と彼女がこうして話している間にも、魔王はこちらへと猛スピードでやって来ているからだ。時間がない。
「知らなくても無理ないよ。もう何千年も前の話だからね。魔族を統べる者。それが魔王だ。」
私はレインの焦り混じりな表情を見て、続ける。彼との距離は残り二十キロ程。
「その時代を生きていた勇者に封印されていたけど…きっと私のせいで封印が解けたんだ。」
私がそう告げると、彼女はボソッと呟いた。
「…何してんだよ。」
返す言葉もない。
残り十キロ。
レインと作戦を立てたかったのだが────
「────もう時間がない。構えるんだ。」
彼女は何か言いたげな表情を浮かべたが、素直に私に従ってくれた。
そして一言、こう告げる。
「……ヨウカ。後回しになってでも、お前は必ず殺す。」
その瞳には、火を見るよりも明らかな殺意が込められていた。
……変わってしまったな。
…これも全部、私のせいだ。
「以前は“ヨウカさん”とか“ヨウカ様”って呼んでくれてたのになー。」
「お前の言う通り、それは以前の話だ。僕は今を生きてる。」
「…私今は“アサヒ”だから。」
「どうでもいい。」
緊迫した空気感が私たちの間に広がる。彼は肉眼で捉えられるいちになると、歩いてこちらに寄ってきた。
その体裁は、まさに“魔王”だった。
左右それぞれの側の頭頂部から大きな角が生えていて、我々人間とは桁違いの魔力量に唖然とする。
鎧を身にまとっていて、中々に頑丈そうだ。それにこの魔力量。自らに施された魔力の無効化なんて芸当は造作もなさそうだ。
彼は私たちに言う。
「お前ら、どっちが『空白』使いだ?」
私は怯まずに一歩前に出て彼に告げる。
「私だよ。」
「そうか、感謝するぞ童女よ。お前のおかげで我の見張り番が消え去り、およそ三百年という長い年月をかけて封印を内側から解くことに成功した。」
……やはり彼が復活したのは私のせいのようだ。自分で犯した罪は、自分で罪滅ぼしするしかない。
「そこでだ。我の仲間にならないか? 共に人間を滅ぼし、魔物だけの世界を作ろうではないか。」
戦いを挑んだところで、呆気なく敗北するかもしれない。
それでも、人にはやらなければならない時がある。
「…知ってる? 現代では私が勇者なんだよ。だから、お前みたいなクソ野郎に従うつもりこれっぽっちもない。」
私がそう言うと、隣で黙っていたレインも一歩前に踏み出て威勢よく彼に言った。
「僕も。人間を滅ぼすことは見逃せない。」
小声で私は彼女に訊く。
「一時終戦……ってことでいいのかな?」
彼女も小声で返した。
「ああ。先ずはコイツをどうにかする。それからお前だ。」
「わかってるよ。」
私は深呼吸し、大きく伸びをした。硬く暗い表情を浮かべるレインに、私は「リラックスした方がいいよ」と促す。
…が、私の言うことは聞く気がないようだ。
「────さて…開戦といこうか。」
私はまず、二重で彼に魔法を施した。目的としては、彼が魔法を無効化できるかを確かめるためだ。
魔法はイメージの具現化であり、魔力の性質を人為的に強制で変化させたもの。
つまりは、相手に自分の魔力をぶつけることで威力を成すのが魔法だ。
それ故に魔法を放つ際には、自分から相手へと飛ぶ魔力の軌道というものがある。普通は不可視だが、私は今それを敢えて可視化した。
それだけでなく、スピードも極力上げてある。私の飛ばした魔法が可視化されて魔王へと触れた。
…さぁどうなるか。
すると、想定外のことが起こった。私の放った魔法は凄まじい速度で反発されたのだ。
「なっ……!」
思わず声を上げて吃驚する。私も反発と無効化程度ならできるが、魔王は魔法を強化して反発させたんだ。
これがどれほど難しいことか、ハナだった頃に魔法使いであった私にはわかる。
「魔法を反発するのか……」
隣でレインが呟いたので、私は尋ねてみる。もちろん、彼からは目を離さずに。
「何か策はある?」
「…あの調子だと能力も反発させられそうだ。だから直に叩くしかない。」
直に叩く…か。妥当だな。
「…それかもしくは、能力をゼロ距離で放つ…とかね。まぁなんにせよ、やってみないとわからない。」
「…ああ。」
私が一つ結論づけると、魔王は直ぐに反応を示した。
「話し合いは終わったか?」
結果、今一番可能性がありそうなのは、ゼロ距離で空白を放つこと。
もし反発されたとしても、私であれば『空白』に耐えることが出来るので大丈夫だ。
問題はどうゼロ距離にするか。私たちの策はもちろん彼には悟られているだろうから、近づくのは至難の業。
だから私たちは隙を作りたい。
しかし、彼が隙を見せるなんてことはない。先程、魔法を反発させられたことで見て取れた。
彼が長い時間をどれほど戦いに費やしてきたのかを。
洗練された魔力操作、洗練された体術。
恐らく私たち二人でかかっても敵わない。そして今最も恐れるべきは、彼の攻撃だ。
まだ彼は己の手中を明らかにしていない。どんな能力で、どれ程の威力なのか。
「次はこちらの番だ。」
来る……! 彼は手のひらを上空に向けた。
「『厭世謳歌(えんせいおうか)』」
途端、私の視界は暗闇で包まれた。
**
「………ん…」
気がつくと、私は漆黒で覆われた異空間にいた。神の間とはまるで逆だ。
「…これは奴の能力なのか…?」
その時、背後に気配を感じる。慌てて振り向き、後ずさりした。
そこにいたのは、白目がない黒目だけの瞳をした私だった。それに、古びたボロ雑巾の方がまだマシと思える服装。
そんな私が私へと言う。元気の無い、陰鬱な声色である。
「お前は……人間を大勢…殺した……」
「……」
私は黙って、私の言葉を聞き続ける。
「決して許されない……」
すると、目の前にいる私が私を囲うようにして何人にも増加した。私たちは私に大量の言葉を浴びせた。
「消えろ」
「お前なんか生きる価値無い」
「大勢の人間を殺した」
「他の死を生み出し己の生を望むのか」
「死して尚許せぬ」
「将来永劫苦しめ」
「誰がお前を必要とするんだ」
「目障りだ」
「人間じゃない」
私の息遣いが荒くなっていくのを感じる。冷静さを取り繕うとしても、苦しむ人々の姿が脳裏に過ってしまう。
『死ぬ時は一瞬だった』
『苦しんではいない』
神の言葉を頭の中で再生する。
それでも気持ちは収まらなかった。
……死にたい。
…どこかへ消えてしまいたい。
私のその気持ちに呼応するかのように、空間は縮小を始めた。次第に空間は私の体に密着し、私は黒で包まれた。
最後に聞こえた言葉。それは明らかに私が発した声だった。
「死ねよ」
**レイン視点**
なんだ?
何が起こったんだ…?
たった一瞬、瞬きをする間だ。その間に、魔王が恐らく何かをアサヒに施した。そしてアサヒは倒れた。
『リラックスした方がいいよ』
僕は彼女の言葉を思い出す。実際、今の僕はとても乱していた。深呼吸し、魔王を直視する。
「コイツに何をした?」
すると彼は一言。
「眠らせた。」
それから、僕の元にゆっくりと歩みよって来た。そして肩をポンと叩き、彼は右の手のひらにあったナイフを僕に差し出す。
「お前はこの者を憎んでいる筈だ。最愛の者を殺した張本人。助けると言って結局助けなかったよな?」
「…どうしてその事を…」
「お前が殺して構わない。…我としてはこの者のことなどどうでもよいことだからな。」
迷いを心中に残し、ナイフを受け取る。
僕は……決してこういう形では復讐を果たしたくなかった。
…だが、もしも僕がアサヒと戦い負けたのなら復讐を果たすことは叶わない。
不確かな復讐よりも、確かな復讐……かもしれないな。
迷う気持ちが表情に現れているのを見て、魔王が僕に話しかけた。
「実は我、後継者を探していてな。」
「何…?」
急に何を言い出すのかと、ナイフを両手で握りながら思う。
「今現在、この世界に我よりも強き者はいない。実質、我はこの世界の支配者だ。その地位を貴様にやろう。人間を生かすも殺すも、貴様の自由にすればいい。」
「……」
「どうだ? 我の後継者にならないか?」
僕は倒れている彼女の傍に膝をつき、ナイフを大きく振り上げた。
「『魔王』だよ。」
27話:それぞれの後継者
「“魔王”…? 何だそれは?」
レインは私に尋ねる。私は早口で返答する。何故ならば、私と彼女がこうして話している間にも、魔王はこちらへと猛スピードでやって来ているからだ。時間がない。
「知らなくても無理ないよ。もう何千年も前の話だからね。魔族を統べる者。それが魔王だ。」
私はレインの焦り混じりな表情を見て、続ける。彼との距離は残り二十キロ程。
「その時代を生きていた勇者に封印されていたけど…きっと私のせいで封印が解けたんだ。」
私がそう告げると、彼女はボソッと呟いた。
「…何してんだよ。」
返す言葉もない。
残り十キロ。
レインと作戦を立てたかったのだが────
「────もう時間がない。構えるんだ。」
彼女は何か言いたげな表情を浮かべたが、素直に私に従ってくれた。
そして一言、こう告げる。
「……ヨウカ。後回しになってでも、お前は必ず殺す。」
その瞳には、火を見るよりも明らかな殺意が込められていた。
……変わってしまったな。
…これも全部、私のせいだ。
「以前は“ヨウカさん”とか“ヨウカ様”って呼んでくれてたのになー。」
「お前の言う通り、それは以前の話だ。僕は今を生きてる。」
「…私今は“アサヒ”だから。」
「どうでもいい。」
緊迫した空気感が私たちの間に広がる。彼は肉眼で捉えられるいちになると、歩いてこちらに寄ってきた。
その体裁は、まさに“魔王”だった。
左右それぞれの側の頭頂部から大きな角が生えていて、我々人間とは桁違いの魔力量に唖然とする。
鎧を身にまとっていて、中々に頑丈そうだ。それにこの魔力量。自らに施された魔力の無効化なんて芸当は造作もなさそうだ。
彼は私たちに言う。
「お前ら、どっちが『空白』使いだ?」
私は怯まずに一歩前に出て彼に告げる。
「私だよ。」
「そうか、感謝するぞ童女よ。お前のおかげで我の見張り番が消え去り、およそ三百年という長い年月をかけて封印を内側から解くことに成功した。」
……やはり彼が復活したのは私のせいのようだ。自分で犯した罪は、自分で罪滅ぼしするしかない。
「そこでだ。我の仲間にならないか? 共に人間を滅ぼし、魔物だけの世界を作ろうではないか。」
戦いを挑んだところで、呆気なく敗北するかもしれない。
それでも、人にはやらなければならない時がある。
「…知ってる? 現代では私が勇者なんだよ。だから、お前みたいなクソ野郎に従うつもりこれっぽっちもない。」
私がそう言うと、隣で黙っていたレインも一歩前に踏み出て威勢よく彼に言った。
「僕も。人間を滅ぼすことは見逃せない。」
小声で私は彼女に訊く。
「一時終戦……ってことでいいのかな?」
彼女も小声で返した。
「ああ。先ずはコイツをどうにかする。それからお前だ。」
「わかってるよ。」
私は深呼吸し、大きく伸びをした。硬く暗い表情を浮かべるレインに、私は「リラックスした方がいいよ」と促す。
…が、私の言うことは聞く気がないようだ。
「────さて…開戦といこうか。」
私はまず、二重で彼に魔法を施した。目的としては、彼が魔法を無効化できるかを確かめるためだ。
魔法はイメージの具現化であり、魔力の性質を人為的に強制で変化させたもの。
つまりは、相手に自分の魔力をぶつけることで威力を成すのが魔法だ。
それ故に魔法を放つ際には、自分から相手へと飛ぶ魔力の軌道というものがある。普通は不可視だが、私は今それを敢えて可視化した。
それだけでなく、スピードも極力上げてある。私の飛ばした魔法が可視化されて魔王へと触れた。
…さぁどうなるか。
すると、想定外のことが起こった。私の放った魔法は凄まじい速度で反発されたのだ。
「なっ……!」
思わず声を上げて吃驚する。私も反発と無効化程度ならできるが、魔王は魔法を強化して反発させたんだ。
これがどれほど難しいことか、ハナだった頃に魔法使いであった私にはわかる。
「魔法を反発するのか……」
隣でレインが呟いたので、私は尋ねてみる。もちろん、彼からは目を離さずに。
「何か策はある?」
「…あの調子だと能力も反発させられそうだ。だから直に叩くしかない。」
直に叩く…か。妥当だな。
「…それかもしくは、能力をゼロ距離で放つ…とかね。まぁなんにせよ、やってみないとわからない。」
「…ああ。」
私が一つ結論づけると、魔王は直ぐに反応を示した。
「話し合いは終わったか?」
結果、今一番可能性がありそうなのは、ゼロ距離で空白を放つこと。
もし反発されたとしても、私であれば『空白』に耐えることが出来るので大丈夫だ。
問題はどうゼロ距離にするか。私たちの策はもちろん彼には悟られているだろうから、近づくのは至難の業。
だから私たちは隙を作りたい。
しかし、彼が隙を見せるなんてことはない。先程、魔法を反発させられたことで見て取れた。
彼が長い時間をどれほど戦いに費やしてきたのかを。
洗練された魔力操作、洗練された体術。
恐らく私たち二人でかかっても敵わない。そして今最も恐れるべきは、彼の攻撃だ。
まだ彼は己の手中を明らかにしていない。どんな能力で、どれ程の威力なのか。
「次はこちらの番だ。」
来る……! 彼は手のひらを上空に向けた。
「『厭世謳歌(えんせいおうか)』」
途端、私の視界は暗闇で包まれた。
**
「………ん…」
気がつくと、私は漆黒で覆われた異空間にいた。神の間とはまるで逆だ。
「…これは奴の能力なのか…?」
その時、背後に気配を感じる。慌てて振り向き、後ずさりした。
そこにいたのは、白目がない黒目だけの瞳をした私だった。それに、古びたボロ雑巾の方がまだマシと思える服装。
そんな私が私へと言う。元気の無い、陰鬱な声色である。
「お前は……人間を大勢…殺した……」
「……」
私は黙って、私の言葉を聞き続ける。
「決して許されない……」
すると、目の前にいる私が私を囲うようにして何人にも増加した。私たちは私に大量の言葉を浴びせた。
「消えろ」
「お前なんか生きる価値無い」
「大勢の人間を殺した」
「他の死を生み出し己の生を望むのか」
「死して尚許せぬ」
「将来永劫苦しめ」
「誰がお前を必要とするんだ」
「目障りだ」
「人間じゃない」
私の息遣いが荒くなっていくのを感じる。冷静さを取り繕うとしても、苦しむ人々の姿が脳裏に過ってしまう。
『死ぬ時は一瞬だった』
『苦しんではいない』
神の言葉を頭の中で再生する。
それでも気持ちは収まらなかった。
……死にたい。
…どこかへ消えてしまいたい。
私のその気持ちに呼応するかのように、空間は縮小を始めた。次第に空間は私の体に密着し、私は黒で包まれた。
最後に聞こえた言葉。それは明らかに私が発した声だった。
「死ねよ」
**レイン視点**
なんだ?
何が起こったんだ…?
たった一瞬、瞬きをする間だ。その間に、魔王が恐らく何かをアサヒに施した。そしてアサヒは倒れた。
『リラックスした方がいいよ』
僕は彼女の言葉を思い出す。実際、今の僕はとても乱していた。深呼吸し、魔王を直視する。
「コイツに何をした?」
すると彼は一言。
「眠らせた。」
それから、僕の元にゆっくりと歩みよって来た。そして肩をポンと叩き、彼は右の手のひらにあったナイフを僕に差し出す。
「お前はこの者を憎んでいる筈だ。最愛の者を殺した張本人。助けると言って結局助けなかったよな?」
「…どうしてその事を…」
「お前が殺して構わない。…我としてはこの者のことなどどうでもよいことだからな。」
迷いを心中に残し、ナイフを受け取る。
僕は……決してこういう形では復讐を果たしたくなかった。
…だが、もしも僕がアサヒと戦い負けたのなら復讐を果たすことは叶わない。
不確かな復讐よりも、確かな復讐……かもしれないな。
迷う気持ちが表情に現れているのを見て、魔王が僕に話しかけた。
「実は我、後継者を探していてな。」
「何…?」
急に何を言い出すのかと、ナイフを両手で握りながら思う。
「今現在、この世界に我よりも強き者はいない。実質、我はこの世界の支配者だ。その地位を貴様にやろう。人間を生かすも殺すも、貴様の自由にすればいい。」
「……」
「どうだ? 我の後継者にならないか?」
僕は倒れている彼女の傍に膝をつき、ナイフを大きく振り上げた。
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