【完結】空白

焼魚

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heading7 Asahi

26話

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 あれから私は盛大に歓迎された。少しばかり気持ちが良かったが、結局ここの人たちは皆、何かに縋りたいだけなのだ。
 私はその縋られる対象。彼らからしてみれば、ただそれだけの価値。
「アサヒさん、こちらもどうぞ!」
「あ、ありがとうございます。」
 目の前に出された豪勢な料理を食べながら思う。
 私の目的はレインを“殺す”こと。だが私は彼女と話をし、和解がしたい。
 実際、彼女は自らの意思で大罪を犯したわけじゃない。リョウという名のプロディジーの仕業で人為的なギフテッドとなってしまった。
 私からしてみれば彼ら二人が可哀想で仕方ない。決して彼らの行動に悪意はなかったのだから。
 食事を食べ終え、用意してくれた私の部屋へと向かう。めちゃくちゃ広い部屋だ。聞くと、私のためにただの部屋を拡張してくれたらしい。
 これは“ガド”という男の能力だそうだ。部屋に置かれた特大ベッドに座り、天井を見上げる。

無心になる。
それから寝て、やがて眠りについた。

     **

 ノックの音で目が覚めた。時計を見る。時間にして約三十分程、私は寝ていたようだ。
 ベッドから立ち上がり、ドアを開ける。そこには一人の女性が立っていた。尋ねる。
「どうしたんですか?」
「近くで魔物が発生して…!」
声の具合から、緊急のようだ。
「分かりました。今向かいます。」
 私は能力で収納していた剣を取り出し、外へと瞬間移動する。
 すると、そこには施設と同等の大きさを持つ超巨大な魔物がいた。二足歩行型だ。
 私の背後には施設がある。私が最後の砦。敗北してしまえば、この世界の人口が集中しているこの施設も壊され、きっと大勢が死ぬ。
 私は剣を握る手に力を入れた。この剣は“天羽々斬”の小型モデル。神様に作ってもらった。私が扱いように小型にし、威力はそのままで。
 つまり、この剣には暴走した私を殺せるだけの威力がある。当然、魔物なんて屁でもない。
 私が剣を振り下ろすと、その斬撃が具現化したうえに巨大化して、魔物の体を真っ二つにした。
 ……倒れてしまえば被害が生まれるかもしれないな。
「『空白』」
 魔物の肉体を消去し、私は施設へと戻る。人々の歓声。
 
 何時間かすれば再び魔物が現れ、私がそれを討伐する。そしてまた歓声を浴びる。
 そんな感じで二週間が経過した。すると、レインの移動範囲を大方把握出来てきた。
「北半球……ね。」
 現在私は南半球にある“レルライジ”という場所にいる。基本、全ての人間はこの場所にいて、ここは唯一人間が自由に暮らせる所だ。
だがしかし、レインは現在北半球にいる。
 あそこは気温が低いうえに何も無いので、何をやっているのか皆目見当もつかないが、とにかく彼女は北半球にいる。
「……二週間後にしよう。」
 二週間後、レインに会いに行く。彼女が今どんな状態かは分からないが、話し合うのが一番だ。
 …もし彼女が私の事を恨んでいたらと危惧していたので、私は現在進行形で体外に出る魔力をゼロに近い状態にしている。
 ここが突き止められる事はまず無いだろう。そして、今自決した事をここの管理人に話した。

すると「お気をつけて勇者様」とだけ返された。

 私の意見を何でも肯定してくれる、それだけ信頼があるということだろう。

嬉しく思う。

     **

 二週間が経った。私がそろそろ行くと告げると、皆出口周辺に集まって来てくれた。
「ありがとうございました。」
 私は軽く一礼した。そのまま場を後にするつもりであったのだが、一人のおばあさんが私の前に出てきた。
…この人はたしか…
「『アヨ』さん。」
 彼女は両手で黒い布を持っていた。そしてそれを私に差し出した。
「アサヒ様。私どもからです。もし良ければお納めください。」
 私はそれを両手で持って、広げてみる。するとそれは、袖の無い外套、俗に言うマントだった。
 私はそれを羽織り、感謝を告げ、そして立ち去った。別れはあっさりの方がいいと良く聞くが本当にその通りだな。
 あのまま留まっていれば、あの施設が恋しくなるところだった。たった二週間程の生活だったが、色んな人と色んな話をして仲良くなった。
 勇者という立場を除いても、私たちは仲間になれたのだ。

…レインともそうなれればいいなと心の中で願う。

   **レイン視点**
 怪我が完全に治癒してから十二日後。僕は半径五十キロメートル以内に強力な魔力を感じ取った。
「…ヨウカ……なのか?」
 強力さ故に、思わず声に出してそう思う。世界でこれ程の魔力を持つ者は、僕が知っている限り、ヨウカしかいない。
 …だが、以前までの彼女とはまるで異質の魔力だ。以前の彼女からは、穏やかな性格が溢れでんばかりの魔力だったが、今感じている魔力は非情で残酷さが溢れ出ている。
とその時、背後から声を掛けられた。
「レイン。」
…感じている魔力の持ち主ではない。
……だがコイツも異質だ。まるで魔力を感じない。
「どうして“僕”の名を?」
 “僕”という一人称に少し反応を示し、彼女は答えた。
「私は“アサヒ”。前の名前は“ヨウカ”…って言ったらわかるかな?」
「ヨウカ…? …ヨウカだと…!!」
 怒り、そして憎しみ、僕の中にある三百年で積み重ねられたそれ等の感情が今にも爆発しそうだった。
 そんな僕の様子を伺って、彼女は「ストップ」と言わんばかりに手のひらをこちらに示して静止させた。
「今はそれどころじゃないんだ。…君の気持ちは肯定したい。だが本当にそれどころじゃなくなった。」
 彼女は僕の後方を指さす。その方向は、僕が感じていたあの非情さが溢れ出る魔力のある方向だった。
 僕ははっとして我に返る。冷静さを取り繕い、考える。この魔力、ひょっとしたら僕以上、そしてヨウカ以上だ。

……ギフテッド…?
いや、これはプロディジーを遥かに凌駕する魔力。
「あれは…一体……」
そんな僕の疑問を経て、彼女は言う。
「『魔王』だよ。」


26話:迫り来る王
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