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夏の終わりを告げる言葉 桜side

優しい貴方に死んでと言ったある夏の日

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少しずつなぞっていた青年の指が急に止まる。

私はその理由がわかった。

ある場所へ辿り着いたからだ。



「こ、れ…?」



青年が指差して私に問いかけるもの。

それは画用紙の1番端に描いてある2つの花だった。



「コスモス、そして桜の花びらです」

「……!」



目を丸くして私を見る青年。

私は微笑んで青年の手を優しく掴むとコスモスに持って行った。



「前、花の事を教えてくれましたよね?名前はわからなかったけど、どんな花かって言うのを」



青年はコクリと頷いて興味津々で花に触れる。



「貴方が言っていた花の特徴で私の回答を見つけたんです。これが正解かわからないですけど…」

「な、、まえ…?」

「コスモスです」



私がそれを言った瞬間に青年の目から涙が一筋流れた。

私は驚いて何も言えなくなってしまう。

涙の筋を流し続けても青年は優しく花に触れていた。



「コス、モ、ス…」

「はい」



青年の涙は枕を濡らしていく。

なぜそこまで泣くのかは私は知らない。

それでも私まで涙が移りそうになってしまった。

でも今は泣く時ではない。

目に力を入れて堪える。



「私は薔薇が好きって言ったんですけど、やはり自分を表せる花は桜だなって思って。コスモスは貴方。桜は私。だから2人だけの海なんです」

「う、ん…うん…」



やっと私の方を向いてくれた青年は画用紙から右手を離してずっと握っている私の左手に添えた。

立ててある画用紙を離すわけにはいかないので私は両手で包み込めない。

もう1本だけ腕があったらなと思ってしまった。



「この絵はあげます」

「いい、の…?」

「勿論。約束は貴方の元に海を連れてくるだったので」

「ありが、とう…」



震える口角を上げながら青年は笑う。

その際にまた涙が溢れた。

青年は私を見ながら小さな声で話す。

一言も逃さないように口の近くに耳を寄せた。



「ぼく…なに、もあげ、られ、な…い」

「そんなの良いです。喜んで貰えるだけで私は嬉しいので」

「でも…」

「……それなら私がこれから言うことをしてもらえますか?」

「う、ん…」

「…もう少し、待っててください……」



私は遂に画用紙から手を離して青年の両手を重ねるように握る。

お互いの体温が心地よい。

私は目を閉じて青年の手から伝わる冷たい体温を感じていた。



コンコン



窓を叩く音が鳴る。帰る時間だ。

残り10秒の時。

私は目を開けると青年はジッと見ていた。

きっともう私だけが帰る時間だと思っているのだろう。

違うよ。貴方も帰る時間だよ。

私は両手を青年から離した。

残り8秒。

私は青年の耳元へ口を寄せる。

残り6秒。

口から小さく息を吸い込んだ。

残り4秒。

私は青年に呪いの言葉を吐いた。



「死んで」



残り2秒。

青年は驚いたように私を見る。

次の瞬間、顔を顰め始めた。



「うううう、っ」



私は耳元から口を離して目を瞑る。

この空間には青年が苦しみ、荒い呼吸になる音しか聞こえなかった。

私はそれを聞き続ける。

まだか。まだか。早く終わってくれ。

早く…死んでくれ。

段々と耳に入ってくる声が細くなっていったと思ったら青年の声は聞こえなくなった。

私は目を開けて、目の前に寝ている人を見る。



「これで、私も犯罪者だよ…」



もう青年には聞こえない。

私が目を開けたと同時に閉じたのだから。

青年の左手はベッドから垂れ下がっている。

もしかしたら最後まで私の手を探していたのかもしれない。

でももう終わったのだ。

私は立ち上がって青年の亡骸を見下すように見た。



「貴方の事…たぶん好きだったと思います。友達が言っていた好きの感情が私の中にあったから」



返事は帰って来ない。

私は青年に背を向けて歩き出した。



「せめて、貴方の名前が知りたかったな…」



振り返ることなく、そのまま開きっぱなしの大扉を通る。

青年はもう動かなかった。
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