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無月無日 僕の意味

地下室

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海辺さんとエレベーターに乗って下に降りていく。

電光掲示板は地下まで下がっている事を教えてくれた。

もしかしたらこの時点でおかしいと気づけば結末は変わったのかもしれない。

でも今の僕の頭の中にはお姉ちゃんで埋め尽くされている。

さっきの部屋でお父さん達と居なかったのなら今は病院だろう。

それでも僕は聞きたかった。

なんの病気なのか。

お姉ちゃんはこれから普通に過ごせるのか。

海辺さんから逃げる選択肢なんて僕には1ミリもない。

地下に着くとエレベーターが無機質に開く。

出た先には1本の廊下だった。

真っ白な壁。

奥には扉が1つだけある。

海辺さんは僕を見ると人差し指を差してこっちだと教えてくれた。

僕は頷いて足を踏み出す。

海辺さんは隣をゆっくり歩いてくれる。



「……本当に聞いて良いのかい?」

「え?何がですか?」

「これからの話をだ。君にとっては酷い話になるかもしれないよ」

「酷い話なんですか?」

「それは受け取り方しだいだ。逆に嬉しい話に聞こえる場合だってある。どう思うかは人それぞれだよ」

「…聞きます。だってお姉ちゃんの事ですから。家族として、弟として、聞きたいです…」

「わかった。君のその純粋な気持ちに応えよう」



奥に佇む扉の前に来ると海辺さんはパスワードを入力する。

この時点でも全く疑わなかったのは、馬鹿を通り越すくらいの鈍さだろう。

僕はただ話を聞きたいだけなんだ。

開いた扉を2人で潜ると中はパソコンが何台も置いてある部屋だった。

人は誰もいない。

けれども1人で仕事をするには台数が多すぎるし、部屋も広い。

今は居ないだけだろう。

海辺さんはそんな部屋を見向きもしないで進んでいく。



「この部屋で待っていてくれるかな?」



パソコンが置かれた部屋のまた奥。

頑丈な鉄で出来た扉が僕を待っていた。



「私は準備がある。なに、心配する事ない。ちゃんと話すから」

「わかりました」



海辺さんを見てしっかりと頷く。

そんな僕を見て頭を撫でてくれた。

お父さんが撫でる時とはまた違う感覚だ。

優しくて、まるで壊れ物を扱うような触り方。

僕は重く開かれた扉と部屋の境界線を跨ぐ。

その部屋は一面が白の部屋だった。

さっきのパソコン部屋と比べて明るく感じる。

その中央にはテーブルと2つの椅子があった。

ここで話すのかと理解できた僕は片方の椅子に座る。



「……」  



海辺さんはまだ来ない。

それにしても眩しいな、この部屋。

なんでこんな部屋を選んだのだろう。

僕は机に肘を着いて手に頬を乗せる。

足をぶらぶらと揺らし待っていると、この部屋に海辺さんの声が響き渡った。



「やぁ。気分はどうかな?」 

「えっ、海辺さん…?」



扉は開いていない。

ピッタリと閉められている。

どこから声がするのだろう。

僕は周りをキョロキョロ見渡すが、姿は全く見えない。



「これは放送さ。スピーカーから流れている。面と向かって話すよりも、こうして話したほうが冷静で居られるからね」

「え……」  



その時、僕は初めて恐怖を持った。

思わず立ち上がってしまう。



「ーーくん。大丈夫。座りなさい」  



海辺さんの声はまるで強制的に命令をするかのように僕の耳を通る。

僕はそれに従うように座った。



「そうだ。話をするならリラックスが大事。それではトーク会を始めよう。ひとまず私の話を聞いてくれるかな?」



声も出なくなってしまった僕はゆっくりと頷いた。

それを見た海辺さんは



「良い子だ」



とまるで耳元で囁くように喋り出した。



「まずは君が1番気になっている事から話そう。お姉さんの状態だ」

「お姉ちゃん…」

「現在、ーーくんのお姉さんは意識がない。しかし死んでいるのではないから安心してくれ。簡単に言えば…植物状態に近いね」



植物状態。

それは無知な僕でもわかる事だ。

僕は椅子をガタッと鳴らしながら立ち上がってしまう。



「お姉ちゃんはいつ目を覚ますんですか!?」

「落ち着いてくれ。冷静に……ね」

「は、はい…」



また座った僕を確認したのか、海辺さんは話すのを再開する。



「いつ、目を覚ますのかはわからない。その前に目が覚めるかもわからない。もしかしたら明日死んでしまう可能性だってある。人間の運命っていうのは読めないから私から確定では言えないんだ」

「そんな…」



体が震え出した。

手足、肩、口。

まるで氷水の中に入れられたみたいに震える。

お姉ちゃんが目を覚さないのなら僕はどうすれば良い?

もう話せない。触れられない。

守ってくれない。

じんわりと目が潤ってくる。



「話を続ける。お姉さんの病気についてだ」

「……!」

「これは完全にーーくん達のお父さんとお母さんに責任がある。君達姉弟には特殊な菌を生まれ持った。それは未だに世間では出ていない。そしてこの菌を持った人は現在ーーくんとお姉さんしか確認出来ていない」



その言葉で僕は自分の手を見る。

まだ震えている手。

この中に特殊な菌があるのか…?

そんなの聞かされていない。

僕の目からは遂に雫が漏れ出した。



「私は君達が小さい頃から知っていた。君達の医師は僕の仕事仲間でね。情報が入ってきたんだよ」

「仕事…?」

「ああ、言ってなかった。私は科学者さ。海辺博貴という科学者。…また話に戻ろう。私は医師から君達の菌の話を聞いた時、調べてみたいと思ったのだ。いや調べなければ、だね。だから君のご両親に連絡を取った。それが私との繋がりの始まりだ」



淡々と話す声は余計に僕を恐怖に晒す。

何が嬉しいと思う可能性もあるだ。

こんな話ちっとも嬉しくない。

逃げたい。

僕は部屋を見るけど、鉄の扉以外出れる場所はない。

唯一窓のようなものがあるけど、それを破れるほどの筋力は持ってなかった。



「すぐにご両親に本題を話したよ。しかし2人は信じなかった。医師の力を借りても、調査の協力はしてくれない。一向に首を縦に降らなかったんだ。まぁそれが今回に結びつくのだけどね。もし、ご両親が協力してくれたら……お姉さんはこんな事にはならなかった」

「お姉ちゃんは……その菌のせい?」

「そうだ。君達を早く調べれば、早く特効剤が作れた。でもーーくんのせいじゃない。全てはご両親のせいだ」



この人の言葉の力は凄い。

僕を簡単に支配できる。

今、僕はお父さんとお母さんに怒りを持っていた。

2人が了承してくれたら、お姉ちゃんはあんな事にならなかった。

悪い菌を殺せるなら僕は喜んで参加する。

だって薬が作れれば、普通に平凡に暮らせたのだから…。

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