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7章 焔の神と雪の女神 (前編)
30話 苛立つ炎王子
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許せなかった。僕は父上が言い放った戦争の言葉に歯を食いしばる。
2人で酒を交わした後、父上が昼間に玉座の間で話し合いを行うと言って立ち去ってしまった。戦争についてのことも聞けずに。
僕は朝から苛立っているからヒダカもヒメナも機嫌を伺うように話しかけていた。
「イ、イグニ様。そろそろお時間です」
「わかってる」
氷の塔の逢瀬からずっと着ていた服を脱いで別の服に着替える。外からはヒダカの声が聞こえた。やはり僕が苛立っていることに怯えているのかもしれない。
普段そんな様子を見せたことないから、珍しいと思いながらもどう接すれば良いのか迷っているはずだ。もしかしたらヒダカの場合、雪女様と何かあったのかと勘違いしているかもしれない。
「行こう」
「はい」
自室の扉を開ければヒメナも隣にいて唇を強く結んで黙っていた。きっとヒダカに余計な事を言うなと言われているのだろう。僕は2人の前を歩いて玉座の間へと向かう。
少しだけ今朝方の酔いがあるけど、これくらいなら大丈夫だ。幼馴染3人で居るのに話さないなんてもしかしたら今まで無かったかもしれない。2人が喧嘩してももう1人が宥め役をするからこんなに静かになるのは経験がなかった。
後ろの兄妹は僕に何があったのかとソワソワしているけど、僕は戦争のことしか考えられない。しかもその相手がアイシクルだ。自然と拳に力が入って爪が手のひらに食い込む。
「止めないと…」
この呟きがヒダカとヒメナに聞こえた可能性もある。しかしそれを気にすることなく僕の足は玉座の間に向かっていった。
ーーーーーー
「全員揃ったな」
玉座の間に集まったのは僕達3人の他に、家臣や最高位の従者。そして城に滞在する騎士団達だった。
「まどろっこしいのは嫌いだ。単刀直入に言う。アイシクルが我がヒートヘイズに攻め入ろうとしていることがわかった」
父上がそう告げればこの空間は淀み始める。僕は事前に聞いていたので動揺することなく父上の次の言葉を待った。
「アイシクルへの訪問での出来事を話そう。儂、ヒートヘイズの国王が出向いたあの日、アイシクルの女王と面会を行った。確か女王は即位して数年という短さだが、知力に満ちているという印象を受けた。そして儂は今回の氷の被害についての件を包み隠さずに女王に問い詰めたのだ」
「その結果はどうだったのですか?」
たぶんこの中で僕以外は父上に問うことは出来ない。真っ直ぐ父上を見ながら代表的に問えば父上は眉間に皺を寄せた。
「女王は言葉を濁して言っていたが間違いなくあれはアイシクルの仕業ということがわかった。それと同時に遠回しにヒートヘイズ領の支配を企むような発言も混じっていたのだ。これはある意味宣戦布告」
「……戦争の可能性はあるのでしょうか?」
「これからのアイシクルの行動次第ではあり得る」
誰ががゴクリと唾を飲み込んだ。戦争は遥か昔に起こった以来、ヒートヘイズは武器を取ることはなかった。それくらい先代やその前の王が平和を取り持っていたのだろう。
そして、アイシクル側も侵略や支配の様子を見せなかった。もし今回戦争が起こってしまったのであればそれは父上が悪いのではない。
アイシクルの女王からの攻撃が始まりとなる。悪いのはアイシクルとなるが……戦争に発展させればヒートヘイズ側にも責任は問われるのだ。
「父上、貴方はこれからどうなさるおつもりでいますか?」
「今回アイシクルの女王と直接話してわかった。あれは会話では説得出来ないと」
「………」
「あちらから攻撃されて、こちらも守り抜くだけではすぐに終わってしまう。武器を取り力で制圧する他方法はあるまい」
つまり、アイシクル次第で戦争にするつもりか。
「失礼ですが。僕は賛成出来ません。ヒートヘイズの人間を犠牲にせず、穏便に済ます方法があるはずです」
「儂も考えた。考えて、考え抜いた結果が力しか無かった。女王は力で捩じ伏せなければ歩を止めないだろう」
「隣国の力を借りる手段だってあります」
「これはヒートヘイズとアイシクルの問題になってくる。他の国を巻き込めばそれこそ大きな戦争に進化してしまうかもしれない」
「しかし…」
僕の腹底からはどうしようもない怒りと不安が湧き上がってくる。するとそんな僕の背中に手が添えられる。
驚いて振り返ればフレイヤが強い眼差しで僕を見ていた。そして小さく頷くと僕の隣に来て玉座に向かい、膝を着く。
「失礼ですが国王様。もし戦争に発展した場合、現在所属している騎士達の人数では返り討ち出来ないかと。その場合民の力も使うことになる可能性が大きいです。それに関してはどうお考えでいらっしゃいますか?」
「それも頭には入っておる」
父上は玉座から立ち上がって僕達の方へ降りていく。そして僕とフレイヤの前で止まった。
「フレイヤ。顔を上げよ」
「はい」
「作戦はある。そのために今からイグニとフレイヤをとある場所へ連れて行きたい」
「父上?とある場所とは…」
「戦争になった場合、我らの希望となる場所だ」
そう言うと父上は従者や騎士達の間を通って玉座の間から出て行こうとする。僕とフレイヤは慌てて背中を追った。
「馬を出せ。少し走らせる。家臣よ、何かあればすぐに伝達を寄越すように」
「か、かしこまりました!」
チラッと後ろを向いてヒダカとヒメナを見れば2人して心配そうな表情をしている。僕は大丈夫という意味を込めて小さく微笑めば2人はお辞儀をして見送ってくれた。
2人で酒を交わした後、父上が昼間に玉座の間で話し合いを行うと言って立ち去ってしまった。戦争についてのことも聞けずに。
僕は朝から苛立っているからヒダカもヒメナも機嫌を伺うように話しかけていた。
「イ、イグニ様。そろそろお時間です」
「わかってる」
氷の塔の逢瀬からずっと着ていた服を脱いで別の服に着替える。外からはヒダカの声が聞こえた。やはり僕が苛立っていることに怯えているのかもしれない。
普段そんな様子を見せたことないから、珍しいと思いながらもどう接すれば良いのか迷っているはずだ。もしかしたらヒダカの場合、雪女様と何かあったのかと勘違いしているかもしれない。
「行こう」
「はい」
自室の扉を開ければヒメナも隣にいて唇を強く結んで黙っていた。きっとヒダカに余計な事を言うなと言われているのだろう。僕は2人の前を歩いて玉座の間へと向かう。
少しだけ今朝方の酔いがあるけど、これくらいなら大丈夫だ。幼馴染3人で居るのに話さないなんてもしかしたら今まで無かったかもしれない。2人が喧嘩してももう1人が宥め役をするからこんなに静かになるのは経験がなかった。
後ろの兄妹は僕に何があったのかとソワソワしているけど、僕は戦争のことしか考えられない。しかもその相手がアイシクルだ。自然と拳に力が入って爪が手のひらに食い込む。
「止めないと…」
この呟きがヒダカとヒメナに聞こえた可能性もある。しかしそれを気にすることなく僕の足は玉座の間に向かっていった。
ーーーーーー
「全員揃ったな」
玉座の間に集まったのは僕達3人の他に、家臣や最高位の従者。そして城に滞在する騎士団達だった。
「まどろっこしいのは嫌いだ。単刀直入に言う。アイシクルが我がヒートヘイズに攻め入ろうとしていることがわかった」
父上がそう告げればこの空間は淀み始める。僕は事前に聞いていたので動揺することなく父上の次の言葉を待った。
「アイシクルへの訪問での出来事を話そう。儂、ヒートヘイズの国王が出向いたあの日、アイシクルの女王と面会を行った。確か女王は即位して数年という短さだが、知力に満ちているという印象を受けた。そして儂は今回の氷の被害についての件を包み隠さずに女王に問い詰めたのだ」
「その結果はどうだったのですか?」
たぶんこの中で僕以外は父上に問うことは出来ない。真っ直ぐ父上を見ながら代表的に問えば父上は眉間に皺を寄せた。
「女王は言葉を濁して言っていたが間違いなくあれはアイシクルの仕業ということがわかった。それと同時に遠回しにヒートヘイズ領の支配を企むような発言も混じっていたのだ。これはある意味宣戦布告」
「……戦争の可能性はあるのでしょうか?」
「これからのアイシクルの行動次第ではあり得る」
誰ががゴクリと唾を飲み込んだ。戦争は遥か昔に起こった以来、ヒートヘイズは武器を取ることはなかった。それくらい先代やその前の王が平和を取り持っていたのだろう。
そして、アイシクル側も侵略や支配の様子を見せなかった。もし今回戦争が起こってしまったのであればそれは父上が悪いのではない。
アイシクルの女王からの攻撃が始まりとなる。悪いのはアイシクルとなるが……戦争に発展させればヒートヘイズ側にも責任は問われるのだ。
「父上、貴方はこれからどうなさるおつもりでいますか?」
「今回アイシクルの女王と直接話してわかった。あれは会話では説得出来ないと」
「………」
「あちらから攻撃されて、こちらも守り抜くだけではすぐに終わってしまう。武器を取り力で制圧する他方法はあるまい」
つまり、アイシクル次第で戦争にするつもりか。
「失礼ですが。僕は賛成出来ません。ヒートヘイズの人間を犠牲にせず、穏便に済ます方法があるはずです」
「儂も考えた。考えて、考え抜いた結果が力しか無かった。女王は力で捩じ伏せなければ歩を止めないだろう」
「隣国の力を借りる手段だってあります」
「これはヒートヘイズとアイシクルの問題になってくる。他の国を巻き込めばそれこそ大きな戦争に進化してしまうかもしれない」
「しかし…」
僕の腹底からはどうしようもない怒りと不安が湧き上がってくる。するとそんな僕の背中に手が添えられる。
驚いて振り返ればフレイヤが強い眼差しで僕を見ていた。そして小さく頷くと僕の隣に来て玉座に向かい、膝を着く。
「失礼ですが国王様。もし戦争に発展した場合、現在所属している騎士達の人数では返り討ち出来ないかと。その場合民の力も使うことになる可能性が大きいです。それに関してはどうお考えでいらっしゃいますか?」
「それも頭には入っておる」
父上は玉座から立ち上がって僕達の方へ降りていく。そして僕とフレイヤの前で止まった。
「フレイヤ。顔を上げよ」
「はい」
「作戦はある。そのために今からイグニとフレイヤをとある場所へ連れて行きたい」
「父上?とある場所とは…」
「戦争になった場合、我らの希望となる場所だ」
そう言うと父上は従者や騎士達の間を通って玉座の間から出て行こうとする。僕とフレイヤは慌てて背中を追った。
「馬を出せ。少し走らせる。家臣よ、何かあればすぐに伝達を寄越すように」
「か、かしこまりました!」
チラッと後ろを向いてヒダカとヒメナを見れば2人して心配そうな表情をしている。僕は大丈夫という意味を込めて小さく微笑めば2人はお辞儀をして見送ってくれた。
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