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2章 雪女と氷の女王

6話 アイシクルの姉妹

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「ごきげんよう。フロスお姉様。扉を開けてくださる?」

「よくいらっしゃいましたね。ダイヤ。どうぞ入ってください」


お決まりのセリフを2人で交わしてから氷の塔にダイヤを入れさせる。一応護衛は一緒に来ているけど、中に入るのはダイヤのみだった。


「相変わらず冷たい塔ですわね」

「氷ですから」


ダイヤもアイシクルの女王なので氷の上で滑ることなんて無い。だから自室に案内する時も気にすることなく階段を登れるのだ。

ダイヤを自室に入れれば完全に2人きりの空間になる。事前に出しておいた茶菓子が乗ったテーブルを挟んで私達は座った。


「お茶が出ていませんよ。フロスお姉様」

「氷の塔に火を使うものはありません。茶菓子があるだけマシだと思ってください」

「これはフロスお姉様が食べている物?」

「雪の女神になってからは食という概念が消えました。空気と氷さえあれば私は生きていけます」

「可哀想な呪いだこと」

「そうですね。国の中では名誉なことでありますが、呪いと言っても過言ではありません」


トゲトゲしい言葉もお馴染みだ。これくらいのことではまだイラつきはしない。ダイヤは茶菓子に手を伸ばして小さな口で食べ始めた。


「まぁまぁですわね」

「なら良かったです」


するとダイヤは持っていたポーチの中から水筒を出す。

なんだ。やはり飲み物は持ってきているではないか。私が茶を出さないことはわかっていたのだろう。

口内を潤したダイヤは唇を軽く拭いて私を見る。その目はどこまでも冷たい眼差しだった。


「最近、アイシクルでは一部の雪と氷が溶け始めているそうですわ」

「あら。それは知りませんでした」

「フロスお姉様。貴方は雪の女神と呼ばれる存在。それくらいは知り得る情報ではなくて?」

「私はあくまで雪を見届け氷を守る役目を務めています。情報についてはダイヤに任せてますよ」

「そうですか。話を戻しますわ」


知らないはずがない。アイシクル領の雪と氷は全て私の把握内だ。でもダイヤが皮肉に言うものだからつい偽りで返してしまった。まぁそれくらいは許される範囲だろう。


「氷の塔周辺はフロスお姉様が滞在しているので特に問題はありませんが……。氷の塔を離れた場所であり、炎の国ヒートヘイズ領の近くでは日に日に溶けているとか」

「それは大変」

「フロスお姉様は何とか出来ませんの?」

「原因がわからない限りは私は何も動けません」

「はぁ……。原因なんて考えなくても答えが出ますわよ。ヒートヘイズの仕業ですわ」

「その根拠は?」

「アイシクルの氷が溶ける炎なんてヒートヘイズ以外にありませんわよ!?」


普通言わなくても理解できるだろうとダイヤは前のめりになって私に顔を近づける。しかし無表情に近い顔でダイヤを見つめる私に呆れたのかすぐに座り直した。


「コホン。それでフロスお姉様に氷の温度を極限まで下げて欲しいのです」

「それを言いにここまで来たのですね」

「その通りですわ」

「お断りします」

「はぁ!?話をちゃんと聞いていましたか!?」

「勿論です。しかしその申し出は断ります。これ以上冷たくしては人々が暮らしにくく、アイシクルの植物が育たなくなってしまいますよ」

「それに関してはご安心を。植物の方は寒さに強いものを学者達に開発させていますわ。それに最近、とある計画が進行中ですの」

「計画…?」


私が聞き返せばドヤ顔でダイヤは笑を浮かべ始める。少しだけ目つきを鋭くすればより口角は上がっていった。


「ええ。アイシクル領にしか咲かない氷花を使った計画ですわ」

「氷花…ですか?」


氷花(ひか)。そう呼ばれる花はアイシクル領にだけ存在する珍しい花だ。花びら1枚1枚が氷で出来ていると言われている。

古き時代から受け継がれてきたアイシクルの宝と言っても過言ではない。そんな氷花を使った計画とは…?


「けれども今は教えられませんわ」

「ならば温度を下げることも出来ません。私を納得させられる気温の対処法を提示すれば考えますが」

「はぁ…本当に石頭なのには変わりありませんわね。氷の塔に篭ってより脳内まで凍ってしまったのですか?」

「当然のことを言ってるだけです。ダイヤ。貴方はアイシクルの女王。民を1番に考えるべきでは?」

「考えてますわよ。フロスお姉様」

「………」


疑わしい。けれども彼女は紛れもなく女王で私は雪の女神。それは覆せない事実だ。ダイヤは最後に水筒の飲み物を1口飲んで席を立つ。


「見送りは不要ですわ。どうせ私が出た瞬間に扉は凍るのでしょう?」

「ええ」

「では失礼。また来ますわ」


それだけ告げるとダイヤは私の自室から出て行く。コツコツとした足音が氷の塔には響き渡っていた。やがて氷が固まっていく音がする。

扉が閉まったようだ。私は横目で窓の外からダイヤが帰る後ろ姿を見つめる。あの子が何を考えているのかわからなかった。


「とはいえ、出くわさなくて良かったです…」


ダイヤが来てから内心ずっと心配していたこと。それはイグニが来ないかだった。

何も知らないイグニは時間なんて気にせずに今日も来るだろう。氷の国の女王と炎の国の王子が直接接触するのは雪の女神として避けたかったのだ。


ーーーーーー


フロスが住まう氷の塔から離れていくダイヤとその兵士達。アイシクルに戻ろうとするダイヤの顔は怪しい笑みが貼られていた。


「やはり、前来た時とは温度が違いますわね。フロスお姉様。何か隠していることがある。そうでしょう?」


問いかけた相手には聞こえない質問。それを口にしたダイヤは小さく笑いを溢したのだった。
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