5 / 53
2章 雪女と氷の女王
5話 雪女様のお悩み事情
しおりを挟む
コツコツと硬い足音が鳴る。氷で形成された階段なので当たり前か。
足を滑らせるなんて文字は私、雪の女神フロスには存在しなかった。
「もう、帰りましたよね…?」
氷の国アイシクル領の1番端。炎の国ヒートヘイズとの境目に近い場所にある氷の塔。
誰も近寄らない場所なのに1人だけ毎日のように来ているバカがいた。その名もイグニ。ヒートヘイズの王子だ。
何度も冷たく突き放しても懲りずに氷の塔に出向いては私を口説いてくる。今日はとある物語の一説を借りた文章で口説いていた。
私は外に誰も居ないのを確認して塔の扉を溶かしていく。氷で出来たこの扉は私以外には開けることが出来ない。普通の人間が触ったら全身が凍ってしまうだろう。例外を除いて。
「……本当に置いて行ったのですね」
扉の前にはいかにも手作り感のある本。その下には赤に金の刺繍が入っている綺麗なハンカチが敷かれていた。
凍っている地面にそのまま置いたら濡れてしまうという配慮だろう。屈んで私はその本を手に取る。
「本が可哀想なだけです」
誰に向けられたかもわからない言葉を呟いてから外の世界から閉ざすように氷の塔の扉を閉めた。また長い階段を登って最上階にある自室に戻る。
そういえばイグニが来るから窓を溶かしてしまっていた。私は手をかざして力を込めるとあっという間に氷が形成されて窓が出来上がる。これを毎日のようにやっているのだ。
「返事をしないのは失礼だからです」
また独り言が漏れてしまう。ため息をついた私は椅子に座ってイグニが置いて行った本を見つめる。
架空の獣、神獣について書かれた本。少しだけ気になってページを開くと綺麗な文字と下手くそな絵が描かれていた。
「これは……猫?そっちは……ゴミ?」
文字は誰でも読めるように書かれているくせして絵は破滅的に汚い。イグニは絵心が無いみたいだ。私は何を読んでいるのかと頭が混乱してしまって、勢いよく本を閉じ、テーブルの上に放り投げる。
「なんか、熱いです」
最近、イグニが来た後は体が熱くなる。ヒートヘイズの体質的に彼の体温が高いのだろうか。
それに従者も居たから高い体温2人分が氷の塔に来たことになる。体の底から熱くて、じんわりと広がっていく感覚が気持ち悪かった。
「ん?あれは」
パタパタと音が聞こえて外を見ると1羽の白鳥がこちらに向かってやってくる。足には何かがくくりつけられていた。
もしやと思って作ったばかりの氷の窓を溶かしていく。空いた場所から白鳥が入ってきて目の前のテーブルに乗った。
「アイシクルからの手紙ですか。お疲れ様です」
優しく手紙を取るとすぐに白鳥は飛んでいってしまう。もう少しここに居てくれても良かったのだけど。私は小さく畳まれた手紙を開いて中身を確認する。
『フロス姉様
ごきげんよう。体調などに変わりありませんか?早速ですが、明日氷の塔に出向きます。もてなしの準備をしておくよう。
ダイヤより』
あの子らしい手紙だ。ダイヤは私の妹であり氷の国アイシクルの現女王。わざわざここに出向くなんて何事だろう。私をからかいに来るだけではなさそうなのは確かだった。
「菓子の予備はあったでしょうか?」
近くの戸棚を見ると来客用の菓子が置いてあった。これなら誰かを買い出し行かせる必要はない。一応、女王の姉であり女神である私だけど人との交流は浅かった。
「………」
そして嫌でも目に入ってしまうイグニの本。もう読まないと思うから捨ててしまっても良いのだけど……。
「本が可哀想なだけです」
流石に貰って1日で捨てるのは気が引ける。私は本棚の1番端にイグニの本をしまった。
『雪女様!そんな所に閉じこもってないで、僕の手を取ってくれませんか!』
記憶にあるイグニの声がこだまする。それだけでまた熱く感じてしまった。私は手に氷の力を込めて首筋に当てる。早く冷えてくれ、涼しくなってくれという思いを込めて。
足を滑らせるなんて文字は私、雪の女神フロスには存在しなかった。
「もう、帰りましたよね…?」
氷の国アイシクル領の1番端。炎の国ヒートヘイズとの境目に近い場所にある氷の塔。
誰も近寄らない場所なのに1人だけ毎日のように来ているバカがいた。その名もイグニ。ヒートヘイズの王子だ。
何度も冷たく突き放しても懲りずに氷の塔に出向いては私を口説いてくる。今日はとある物語の一説を借りた文章で口説いていた。
私は外に誰も居ないのを確認して塔の扉を溶かしていく。氷で出来たこの扉は私以外には開けることが出来ない。普通の人間が触ったら全身が凍ってしまうだろう。例外を除いて。
「……本当に置いて行ったのですね」
扉の前にはいかにも手作り感のある本。その下には赤に金の刺繍が入っている綺麗なハンカチが敷かれていた。
凍っている地面にそのまま置いたら濡れてしまうという配慮だろう。屈んで私はその本を手に取る。
「本が可哀想なだけです」
誰に向けられたかもわからない言葉を呟いてから外の世界から閉ざすように氷の塔の扉を閉めた。また長い階段を登って最上階にある自室に戻る。
そういえばイグニが来るから窓を溶かしてしまっていた。私は手をかざして力を込めるとあっという間に氷が形成されて窓が出来上がる。これを毎日のようにやっているのだ。
「返事をしないのは失礼だからです」
また独り言が漏れてしまう。ため息をついた私は椅子に座ってイグニが置いて行った本を見つめる。
架空の獣、神獣について書かれた本。少しだけ気になってページを開くと綺麗な文字と下手くそな絵が描かれていた。
「これは……猫?そっちは……ゴミ?」
文字は誰でも読めるように書かれているくせして絵は破滅的に汚い。イグニは絵心が無いみたいだ。私は何を読んでいるのかと頭が混乱してしまって、勢いよく本を閉じ、テーブルの上に放り投げる。
「なんか、熱いです」
最近、イグニが来た後は体が熱くなる。ヒートヘイズの体質的に彼の体温が高いのだろうか。
それに従者も居たから高い体温2人分が氷の塔に来たことになる。体の底から熱くて、じんわりと広がっていく感覚が気持ち悪かった。
「ん?あれは」
パタパタと音が聞こえて外を見ると1羽の白鳥がこちらに向かってやってくる。足には何かがくくりつけられていた。
もしやと思って作ったばかりの氷の窓を溶かしていく。空いた場所から白鳥が入ってきて目の前のテーブルに乗った。
「アイシクルからの手紙ですか。お疲れ様です」
優しく手紙を取るとすぐに白鳥は飛んでいってしまう。もう少しここに居てくれても良かったのだけど。私は小さく畳まれた手紙を開いて中身を確認する。
『フロス姉様
ごきげんよう。体調などに変わりありませんか?早速ですが、明日氷の塔に出向きます。もてなしの準備をしておくよう。
ダイヤより』
あの子らしい手紙だ。ダイヤは私の妹であり氷の国アイシクルの現女王。わざわざここに出向くなんて何事だろう。私をからかいに来るだけではなさそうなのは確かだった。
「菓子の予備はあったでしょうか?」
近くの戸棚を見ると来客用の菓子が置いてあった。これなら誰かを買い出し行かせる必要はない。一応、女王の姉であり女神である私だけど人との交流は浅かった。
「………」
そして嫌でも目に入ってしまうイグニの本。もう読まないと思うから捨ててしまっても良いのだけど……。
「本が可哀想なだけです」
流石に貰って1日で捨てるのは気が引ける。私は本棚の1番端にイグニの本をしまった。
『雪女様!そんな所に閉じこもってないで、僕の手を取ってくれませんか!』
記憶にあるイグニの声がこだまする。それだけでまた熱く感じてしまった。私は手に氷の力を込めて首筋に当てる。早く冷えてくれ、涼しくなってくれという思いを込めて。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる