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47.変わり果てた幼馴染③(怖さレベル:★★★)
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「マジで? ありがとう! じゃ、二階だから、ちょっと来てくれよ」
山岸はがぜん表情も明るくなり、
リビングを出てすぐある階段をさっそうと上り始めました。
(……うっ)
例の臭いが、一段一段階段を上るにつれ、
すごく不快さを増してきます。
(オイオイ……金安が妙なコトになってんの、
この臭いが原因じゃねぇだろうな……)
退魔だとか、魔よけだとかだまくらかされて、
妙な芳香剤でも買わされたんじゃないか、なんて考えつつ、
ぐっと呼吸をひかえめにしながら彼の後を追いました。
「ここ。……この部屋だよ」
案内された扉の前に立ち、俺は一つ深呼吸して、
覚悟をこめてノックしました。
「おーい、金安? 学生ん時腐れ縁だった日下部だけど」
シーン
返答はありません。
「あー……ダメか」
俺が諦めて扉から離れるも、山岸が気を使って、
「おい、ケイコ! 顔くらい見せろって」
ガチャリ、と強い口調で扉を引き開けました。
と、その瞬間。
「ぐっ……!」
今までの比ではないくらいの、強烈な臭気。
ブワッと直接脳内に叩き込まれたそれに、
思わず両手で口元を覆いました。
「ほら、見てみろよ。なつかしーだろ? 日下部だよ」
「う……ひ、ひさしぶり……金安……」
と、ぐいぐい中へ入っていく山岸に続いて、
おそるおそる中を伺った時です。
「え……」
俺は言葉を失いました。
見る影もなく、やつれ果てた頬。
荒れ放題の髪。
気力などまるでないかのように、
ゴロリと布団に寝転がった彼女の姿。
「ど……どうして、こんな」
俺はロクに言葉を紡ぐこともできず、ただただ呆然と呟きました。
「ほら、日下部もびっくりしてるだろ。無視してないでさ、
ちょっとは返事くらいしろって!」
「…………」
山岸がはつらつと声をかけますが、当然、彼女は無言のままです。
「な、なぁ……病院、とかは」
「ケイコ、嫌みたいでさぁ。
まあ確かに、熱もないし、大丈夫なんだろうけど」
と、困ったように笑う山岸に、俺は力強く力説します。
「い、いやいや。いくら反応ないからって、金安がこんな……なってるなんて、
医者に、っていうか、最悪救急車よんだ方がいいって!」
「お……おお……大げさだな、日下部は……」
力を込めすぎたか、山岸はやや引きつった笑みを浮かべました。
「まぁ確かに……最近、メシもぜんぜん食わないし、心配はしてるんだよ。
なぁケイコ、日下部も心配してるし、
会社からも早く復帰して欲しいって言われてんだ。
その……病院がヤなら、お祓いとか受けてみないか?」
「…………」
「……はー、ダメか」
山岸のかける言葉になんの応答もない、
かつてあれほど美人であった彼女は、
見る影もない姿でボーッと天井を見上げています。
「な、なぁ……金安の友だちとか、会社の人とか、来たか?」
その二人の様子に、俺はおそるおそる尋ねました。
「連絡はもらったけど、オレがいるなら大丈夫だね、って感じで……
ほんとは、一回会ってもらった方がいいんだろうなぁ」
はは、と苦笑する山岸に、俺はぎこちない笑みを返しました。
「……か、顔見れて良かったわ。山岸、長居しても悪いし……俺、そろそろ帰るわ」
「お、そうか? 悪かったな、わざわざ来てもらって」
「………………」
トントントン、と素早く階段を下り、
俺は自分の荷物をそそくさと回収しました。
「それじゃ」
「おう、またな!」
玄関先まで見送りに来た山岸に、雑に別れの言葉を伝えて門を過ぎ、
敷地内からだいぶ離れたところで、
俺は全力ダッシュで近場にあった公園のトイレに駆け込みました。
「う……ぐ、えっ」
公衆便所ということも忘れ、
俺は胃の中にあったすべてのものを便器に吐き出しました。
「ぐ、うぅ……」
腹の中が空になるまで吐ききり、水道で口をすすぎ、
誰もいない、昼間の公園のベンチに座り込みました。
「……どう、しよ」
さきほど目にした一連のできごとが、
脳内でグルグルと回っています。
俺は、たっぷり深呼吸を三回ほど繰り返した後、
意を決して、携帯電話を手にとりました。
「……もしもし。はい、えっと……事件、です。ええ……その、
友人の家に招かれて行ったら……部屋に、死体が」
プツッ、と電話を切り、俺はベンチでうなだれました。
秋の気配のする風ばかりが、
寂しさを象徴するかのように吹き付けていました。
ええ、そうだったんです。
金安……山岸の彼女は、俺があのうちに行った時点ではもう、
亡くなっていたんです。
それも、死後一日や二日ではなく……
腐乱の状態からして、おそらくおもっとずっと前から。
死因は、急性の心臓麻痺。
ちょうど心霊スポットに行った日の翌日に。
しかしそれは呪いでもなんでもなく、長時間の残業や、
徹夜の繰り返しによる過労から来ているものという見解でした。
つまり、山岸は……彼女がすでに死んでいるということに気付かず――
いえ、おそらく、脳がそれを理解することを拒み、
今までずっと、返答のない彼女と共に暮らしていたんです。
山岸はあの後、警察に一時捕まったようですが、
死因に事件性がなかった為、また、
彼自身にもそういった精神の疾患が見られた為か、
あまり重くない罪で済むのだという話でした。
しかし、あの時。
あの、腐り、腐臭を漂わせていた彼女のことを、
愛おしそうに見つめていた彼。
現実を認識できず、狂気のまなざしで、ひたすら幻の彼女だけを、
山岸は見つめていました。
俺は、そんなあいつに我慢がならず、警察に通報していまったけれど――
もしかしたら、山岸にとっては、その幻の世界の方が幸せであったんじゃないか。
あの日、リビングで目にした一瞬の人影。
あれは、金安の亡霊が、それでも山岸に寄り添っていた証拠ではないのか。
俺は、正しいことをしたのかどうか。
今でも答えは出ないまま、です。
山岸はがぜん表情も明るくなり、
リビングを出てすぐある階段をさっそうと上り始めました。
(……うっ)
例の臭いが、一段一段階段を上るにつれ、
すごく不快さを増してきます。
(オイオイ……金安が妙なコトになってんの、
この臭いが原因じゃねぇだろうな……)
退魔だとか、魔よけだとかだまくらかされて、
妙な芳香剤でも買わされたんじゃないか、なんて考えつつ、
ぐっと呼吸をひかえめにしながら彼の後を追いました。
「ここ。……この部屋だよ」
案内された扉の前に立ち、俺は一つ深呼吸して、
覚悟をこめてノックしました。
「おーい、金安? 学生ん時腐れ縁だった日下部だけど」
シーン
返答はありません。
「あー……ダメか」
俺が諦めて扉から離れるも、山岸が気を使って、
「おい、ケイコ! 顔くらい見せろって」
ガチャリ、と強い口調で扉を引き開けました。
と、その瞬間。
「ぐっ……!」
今までの比ではないくらいの、強烈な臭気。
ブワッと直接脳内に叩き込まれたそれに、
思わず両手で口元を覆いました。
「ほら、見てみろよ。なつかしーだろ? 日下部だよ」
「う……ひ、ひさしぶり……金安……」
と、ぐいぐい中へ入っていく山岸に続いて、
おそるおそる中を伺った時です。
「え……」
俺は言葉を失いました。
見る影もなく、やつれ果てた頬。
荒れ放題の髪。
気力などまるでないかのように、
ゴロリと布団に寝転がった彼女の姿。
「ど……どうして、こんな」
俺はロクに言葉を紡ぐこともできず、ただただ呆然と呟きました。
「ほら、日下部もびっくりしてるだろ。無視してないでさ、
ちょっとは返事くらいしろって!」
「…………」
山岸がはつらつと声をかけますが、当然、彼女は無言のままです。
「な、なぁ……病院、とかは」
「ケイコ、嫌みたいでさぁ。
まあ確かに、熱もないし、大丈夫なんだろうけど」
と、困ったように笑う山岸に、俺は力強く力説します。
「い、いやいや。いくら反応ないからって、金安がこんな……なってるなんて、
医者に、っていうか、最悪救急車よんだ方がいいって!」
「お……おお……大げさだな、日下部は……」
力を込めすぎたか、山岸はやや引きつった笑みを浮かべました。
「まぁ確かに……最近、メシもぜんぜん食わないし、心配はしてるんだよ。
なぁケイコ、日下部も心配してるし、
会社からも早く復帰して欲しいって言われてんだ。
その……病院がヤなら、お祓いとか受けてみないか?」
「…………」
「……はー、ダメか」
山岸のかける言葉になんの応答もない、
かつてあれほど美人であった彼女は、
見る影もない姿でボーッと天井を見上げています。
「な、なぁ……金安の友だちとか、会社の人とか、来たか?」
その二人の様子に、俺はおそるおそる尋ねました。
「連絡はもらったけど、オレがいるなら大丈夫だね、って感じで……
ほんとは、一回会ってもらった方がいいんだろうなぁ」
はは、と苦笑する山岸に、俺はぎこちない笑みを返しました。
「……か、顔見れて良かったわ。山岸、長居しても悪いし……俺、そろそろ帰るわ」
「お、そうか? 悪かったな、わざわざ来てもらって」
「………………」
トントントン、と素早く階段を下り、
俺は自分の荷物をそそくさと回収しました。
「それじゃ」
「おう、またな!」
玄関先まで見送りに来た山岸に、雑に別れの言葉を伝えて門を過ぎ、
敷地内からだいぶ離れたところで、
俺は全力ダッシュで近場にあった公園のトイレに駆け込みました。
「う……ぐ、えっ」
公衆便所ということも忘れ、
俺は胃の中にあったすべてのものを便器に吐き出しました。
「ぐ、うぅ……」
腹の中が空になるまで吐ききり、水道で口をすすぎ、
誰もいない、昼間の公園のベンチに座り込みました。
「……どう、しよ」
さきほど目にした一連のできごとが、
脳内でグルグルと回っています。
俺は、たっぷり深呼吸を三回ほど繰り返した後、
意を決して、携帯電話を手にとりました。
「……もしもし。はい、えっと……事件、です。ええ……その、
友人の家に招かれて行ったら……部屋に、死体が」
プツッ、と電話を切り、俺はベンチでうなだれました。
秋の気配のする風ばかりが、
寂しさを象徴するかのように吹き付けていました。
ええ、そうだったんです。
金安……山岸の彼女は、俺があのうちに行った時点ではもう、
亡くなっていたんです。
それも、死後一日や二日ではなく……
腐乱の状態からして、おそらくおもっとずっと前から。
死因は、急性の心臓麻痺。
ちょうど心霊スポットに行った日の翌日に。
しかしそれは呪いでもなんでもなく、長時間の残業や、
徹夜の繰り返しによる過労から来ているものという見解でした。
つまり、山岸は……彼女がすでに死んでいるということに気付かず――
いえ、おそらく、脳がそれを理解することを拒み、
今までずっと、返答のない彼女と共に暮らしていたんです。
山岸はあの後、警察に一時捕まったようですが、
死因に事件性がなかった為、また、
彼自身にもそういった精神の疾患が見られた為か、
あまり重くない罪で済むのだという話でした。
しかし、あの時。
あの、腐り、腐臭を漂わせていた彼女のことを、
愛おしそうに見つめていた彼。
現実を認識できず、狂気のまなざしで、ひたすら幻の彼女だけを、
山岸は見つめていました。
俺は、そんなあいつに我慢がならず、警察に通報していまったけれど――
もしかしたら、山岸にとっては、その幻の世界の方が幸せであったんじゃないか。
あの日、リビングで目にした一瞬の人影。
あれは、金安の亡霊が、それでも山岸に寄り添っていた証拠ではないのか。
俺は、正しいことをしたのかどうか。
今でも答えは出ないまま、です。
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