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48.海辺のガラガラ①(怖さレベル:★★★)

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(怖さレベル:★★★:旧2ch 洒落怖くらいの話)

そうです……アレは、
私がしがない一人旅行をしていた時の話です。

あの時は……なんといいますか、
ちょっと自暴自棄になっていまして。

就職した会社がとんでもないブラックで、
なんとか頑張って勤めはしたものの、
ものの二年でギブアップ。

無理を言って一人暮らしをさせてもらって、
大見得切って大都会に出てきた手前、
とても親にも相談できないような状況で。

次の仕事がなかなか決まらない中、
疲れ切ってしまい、旅行という名の逃避に走っていたんです。

行先もロクに決めない、行き当たりばったりの旅は、
けれども実施してみると意外と楽しく、
クサクサしていた心のうちを、少しずつ慰めてくれました。

若い男性の一人旅ということもあって、
宿泊する場所によっては気にかけてくれるところもあって、
私のささくれだった気持ちは、だんだん回復へと向かっていました。

「そろそろ……帰んないとな」

だいぶ底をついてきた旅の資金を眺め、
大きなため息をつきました。

幼いころからのお年玉貯金や、
勤めていた頃に貯金した分はすでに風前のともしび状態。

あちこち回りまわってしばらく、
節約を重ねてはいましたが、いよいよ次のことを考えねばなりません。

「……ハァ」

いくらだいぶ気持ちが落ち着いたとはいえ、
前の会社での扱いは、次の就職を目指すうえでの大きな足かせとなって
心を苛んでいました。

しかし、手に職があるわけでもない自分には、
どこかに勤めさせてもらうしか金銭を入手する術はありません。

「…………」

考えれば考えるほど憂鬱になり、
現実逃避のようにその日泊まっているホテルから、
コンビニに行くために外へ出ました。

最後に選んだ場所は、図らずとも故郷によく似た海沿いの観光地。

閑散期である今は、こうして海沿いを歩いていても、
通りすがる人はいません。

夜の薄暗い空の下、
なお真っ黒い海の色。

昼間はおだやかに波打つその海が、
夜は性質を変えたかのようにのたうっていて、
私は思わず足を止め、
ゾクゾクとそれに見入っていました。

と。

カラカラカラ

波の打ち寄せる音に紛れて、
甲高い音が同時に耳に入ってきます。

(なんだろう?)

私は聞き耳を立てるように、ジッと耳をこらしました。

カラカラカラ

耳に届くその音は、どこか懐かしさすら感じさせる音色です。

「……ガラガラ?」

そう。

その聞き覚えのある音は、
幼子をあやすのに使う、あのガラガラの音によく似ていました。

どうしてこんな海辺でそんな音が?

と、脳内が疑問符で埋まっていると。

カラカラカラ

ずいぶんと近くで、その音が三度鳴りました。

「うわっ」

私は思わずみっともない叫び声をあげてのけぞりました。

目下の海辺。

今まで視界に入っていなかった桟橋のたもとから、
小さな影がゆらゆらと歩いてくるのが見えたのです。

(こっ……子ども?)

それは、夜闇でくぐもって見えにくいものの、
大人の半身くらいの高さがあります。

その方角からあのカラカラ音が聞こえてくるため、
どうやらその子が遊んでいる音色のようでした。

(こんな時間に……地元の子、か?)

腕時計に目を向ければ、
すでに時刻は二十三時を回った頃。

幼児のおもちゃで遊ぶような子どもが、
半ば放置され気味でこんな夜中にうろついているなんて。

それも、ちょっと間違えば溺れて
しまうような危険もある、こんな波打ち際で。

親はいったい何をしているのか。

僅かに残ったなけなしの正義感で、
その子に一声かけようと一歩砂浜に踏み出した時。

今まで雲によって隠されていた月が、
ふいに暗い夜の海をパッと明るく照らしました。

「……ッ!?」

声にならない悲鳴が漏れました。

子どもの等身と思っていたそれは、
上半身しか背丈のない――れっきとした、大人の身体をしていたのです。

カラカラカラ

その上半身だけの怪物は、
口にくわえたガラガラを、首を振り乱すようにして鳴らしていました。

長い髪が縦横無尽に夜闇に紛れ、
いっそ踊りでも踊っているかのような狂乱ぶり。

「え……う、わ……っ」

理解不能なその光景に、私の頭はまっ白になり、
目前で蠢くそれから、目を離すこともできません。

「う……っ」

棒と化した脚はまるで役に立たず、
見開いた眼球の真っ向に映る、その異形――。

と。

フッ

辺りを照らしていた月光が、
再び雲に隠され、視界が暗闇に閉ざされました。

間近に迫っていたその何者かの顔が、
僅かに影で隠されたその一瞬。

金縛りがとけたかのように、
身体の自由が戻ったのです。

「う、わ、あぁっ」

情けない声を上げながら、
私は来た道を全力で駆け戻りました。

「っ……はぁ、はぁ」

ホテルのエントランスに飛び込んで荒い息を整えていれば、
従業員の女性が、ためらいがちに声をかけてきました。

「あ、あのお客様……大丈夫ですか?」
「……ッ、は、ハイ」

かろうじて片手をあげて返事をしたものの、
私は思わず身を乗り出すようにして尋ねました。

「あ、あのっ……!
 こ、このあたりって心霊スポットなんですか!?」
「えっ……?」

ありありと困惑の色を浮かべた従業員の女性に、
私はハッと失言を悟りました。

「す、すいません……ちょっと、その、疲れたみたいで」
「そ、そうですか? あ……お、お部屋の鍵をどうぞ」
「すいません……」

眉を下げた女性に重ねて謝罪し
ルームキーを受け取ってそそくさと部屋に戻りました。

幽霊を見た、なんて普通信じてくれるわけもありません。
おまけに言うに事を欠いて「心霊スポットですか」は無いだろう。

恥ずかしさに、さきほどまで極限に膨れ上がっていた恐怖はいくらかまぎれました。

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