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29話 ~魔封じの洞窟~
しおりを挟む「お……おお……」
ヴィルクリフに先導されてたどり着いたのは、そびえたつ岸壁の前だった。
人間には、とても登ることが不可能であろう、ゴツゴツと張り出した壁。
ほぼ岩しかないその岸壁に、青く美しい花がツタを伸ばして張っていて、生命の神秘と美しさを感じるほどだ。
「こ……この崖の下の、まっくらな穴の中に……??」
そして。
一番目を引くのは、岩場の下にポッカリと大きく口を開けている大穴だった。
この場にいる三人を縦に重ねたとして、なおあまりあるほどの高さと、同じくらいの横の幅の広さがある。
「王女様は……この中に秘宝がある、って言ってたわよね……」
「う、うぅん……そう、なんですよねぇ……」
「ま……正直、なにもいない、ってことはねぇだろうなぁ……」
ヴィルクリフが、腕を組みつつ容赦なく言った。
(これは……なにか凄い魔物とか出てきそうな雰囲気……)
さっきまでは、これぞ冒険! と楽しみだったのに。
いざ、目の前にほら穴が口を開けているのを見ると、シオシオと気持ちが沈んでいった。
「あ、でも……中から、なんの物音もしませんよね!」
魔物らしき声だとか、大型の獣の声も聞こえてこない、というのを指摘してみる。
お決まりのパターンだと『グルグル』とうなる声とか『ギャアギャア』みたいな威嚇する声とかが聞こえてくるんじゃないだろうか。
ピン、と人さし指を立てて得意げな私の前で、ヴィルクリフはあごに手を当てて考え込み、またもや容赦なく言った。
「獣が隠れるのに最適としか思えない洞窟から、なんの鳴き声もしないっつーのは……逆に、中の『なにか』がすべて食らいつくしてるから、って可能性もあるんじゃねぇか」
「……へ、へぇー……」
目の前の暗い暗い洞窟が、いよいよ不気味に思えてきた。
エリアスとヴィルクリフの立つ位置からズザーッと後ずさる。
「どうするの? ……行かない、って選択肢も、一応あるけど」
エリアスが、ドン引いている私をチラリとみて、首を傾げた。
「王家の秘宝も、王女が言うにはあくまで言い伝え。ムリして危険に飛び込んでいかなくても、気配を消しつつ森を抜けた方が、結果的には安全かもしれないわ」
「……そうですねぇ……」
確かに、エリアスの言う通りだ。
遠回りになったとしても、なんとか兵を撒きながら森の外へ逃げた方がいいんじゃないか。
三人の間に、そんな空気がただよい始めた、まさにその時だった。
ヒュイー
笛のような、甲高い音が耳に飛び込んできたのは。
「……今の」
エリアスが、顔をしかめて空を見上げた。
同じく、ヴィルクリフも苦い表情で首を振る。
「チッ……どうやら、ここに入るしか選択肢がなくなっちまったみてぇだな」
「エッ……えっ? ど、どういうことですか?」
ひとり理解できていない私に対して、エリアスがやや姿勢をかがめて、声をひそめるように言った。
「今の……うちの城の兵士たちの呼び笛なのよ。音の大きさ的に、かなり近いわ」
「えぇっ!? は、早くないですか!?」
「チッ……つまり、もともとオレは信用されてなかったってわけだな。けっこうな数の兵士が、もう森の中にいるってこったろう」
ヴィルクリフが悔しそうにギリギリと奥歯をかみしめた。
もともとエリアスを殺すつもりはなかったとはいえ、彼にとってみれば、殺し屋としてのプライドが傷つけられたようなものだろう。
「それだけ、あたしやハナが危険視されてるってことでもあるわね……森の中を、悠長に歩いている時間は無くなったわ」
「と……いうことは?」
「この洞窟に入って、【王家の秘宝】とやらに頼るしかなくなった、ってことだな」
あーあ、とヴィルクリフが盛大に肩を落とした。
「そういうことよ。……なにがでるかはわからないけどね。さ、行くわよ」
エリアスは大剣の柄にスッと手をかけると、まっさきに足を踏み出した。
「……えっとぉ……」
「なに? ハナ」
「あの……明かりは……??」
一歩、二歩、三歩。
洞窟の中に足を踏み出した、は、いいものの。
どこまでもまっくらな空間が続く先にそれ以上進むことはためらわれて、立ち止まった。
先を歩くエリアスとヴィルクリフは、なんだそんなことか、と言った様子で首を振った。
「こんな状況で、たいまつも、火を起こせるものもないんだもの。仕方ないわ」
「ま、火の魔法でも使えりゃあよかったが……悪ィが、オレはそっち方面はとんとダメなんだよ」
「と、いうことは……この暗闇の中を……??」
なんてこった。
おそるおそる二人にたずねれば、彼らは顔を見合わせ、頷いた。
「だって……ねえ? 他に方法もないし」
「あ! お前、魔女って言われてんだろ? なんかこう、パパッと明るくできねぇのか?」
「パパッとって……そんな安直な……」
そもそも、自分にどんな力があるのかすら、よくわかっていないのに。
治癒能力と、もしかしたら記憶を消す能力もあるかもしれない、くらいだ。
(あー……! 取り扱い説明書、欲しい!)
ぐぎぎ、と服の布を握って自分の命運を呪いつつ、目下のフリフリエプロンを見下ろして考えた。
(待てよ……? こんな、マトモな服が着られない、なんてマイナス補正がかかってるんだから……すべての属性魔法くらい、使えて当然なのでは……!?)
異世界転移モノの定石といえば、チート能力で無双だ。
いままで、よくよく考えて能力を使う機会がなかったけれど、ギロチン台の爆破までできたくらいだ。
火の魔法のひとつやふたり、できて当然だろう――!!
洞窟の入口付近に落ちていた細い枝を拾って、目の前に突き出した。
手のひらに魔力を押し込めるように意識して、神経を集中させる。
体の表面にめぐる力を、すべて、枝の先端に集めるように。
その力が炎に変換され、燃え盛るように――!!
……ボフッ
「…………」
「…………」
「……つ、点いた、よね?」
枝の先っぽ、チョロリ、と赤くなったその部分。
ほんの誤差程度に赤くなったそこに、あわてて燃えやすそうな枯れ葉を押し当てる。
すると、チリチリと小さな音を立てて、だんだんと煙が上がりはじめた。
「あ、なんだ……手品じゃなかったのね」
ぽかんとした表情で見つめていたエリアスが、意外そうに手を叩いた。
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