裸の天女様~すっ裸で異世界に飛ばされた災難ファンタジーコメディ~

榊シロ

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13話 ~悪魔~

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「あ……え、え、え……!?」

 まるで、さっき魔物に襲われた光景の、リプレイのようだった。

 かわいたはずの地面は、再び血でけぶるように湿っている。
 あちこちに切り傷や打撲を負った兵士たちが、皆一様にうつぶせで転がっていた。

「な……どうして!? 魔物はいなくなったはずなのに……!!」

 一度元気になったはずの彼らが、また倒れているなんて。

 いや、まさか。逃げたオオカミの魔物たちが舞い戻ってきた――!?

「そうだ……た、隊長さんたちは……!?」

 ほんの数分前まで話していた、隊長と少年二人の姿が見当たらない。

 慌てて周囲を見回していると、フワッ、と空から黒い影が落ちてきた。

「あれー? どうしてこんなところに、女の人がいるのかな」
「……えっ?」

 声は、真上。頭上から降ってきた。

 幼い子どもみたいな無邪気でかわいらしい声なのに、それだけじゃない、なにか異様なものを感じる。

「うわっ、しかもなにその衣装!? ちょっとシュミ悪くない? もしかして、頭のオカシイ人なのかな?」
「しっ……」

 失礼な!!

 口に出そうとしたセリフは、小さなうめきで散ってしまった。

 声が、出ない。

 上から感じる、今まで体験したことのないほどの圧迫感。

 お化け屋敷や、ホラー映画を見た時より、さらにおぞましい悪寒が、ゾクゾクと体を震わせる。

 声の主の強烈な存在感が、まるで重力を三倍に変えたかのような、重い空気をもたらしてくる。

(な……なに!? 人間じゃ、ない……魔物……!?)

 私がまったく動けず硬直していると、頭上からクスクスと笑い声が響いた。

「うーん……どうしよっかなぁ。ボクの仕事は、もう終わってるんだけど」

 まだ声変わり前の、かわいらしい少年の声だ。
 十人が聞けば、十人とも愛らしいと答えるだろう、すずやかな声色。

 それなのに、その声にひそむ無邪気な悪意が、害意が、言葉にいいあらわせない圧力を与えてくる。

「なんの関係もない一般人のひとりくらい、殺しちゃってもいいかなぁ」

 ケラケラケラ。

 幼い口調でつむがれる、軽い殺意の言葉。

 無邪気な笑い声が、恐ろしい。

 きっと頭上の彼は、石ころを蹴とばすような気軽さで、人を殺すことができるんだろう。

 ぞわぞわと、鳥肌が立った。
 喉がひきつって、声が出せない。

「ねぇ。ずっと黙ってないで、なんとか言ってみなよ?」

 空から降りそそいでいた声が、スーッと目の前に降りてくる。
 私の身長の半分くらいの影と、パチリ、と目があった。

「…………」
「…………」

 フワフワとゆるく渦を巻いた小麦色の髪の毛と、濃いアメジストの大きな瞳。

 肌の色はうすくムラサキがかっていて、人の肌の色じゃない。
 額にも、触覚らしきものが二つほど突き出していて、背中には濃いムラサキ色のコウモリの羽に似たものがついている。

 外見としては、人間にして十~十二才くらいだろうか。パッと見、小悪魔かインプ風に見える。

(かわいい……が、ヤバい……!!)

 西洋人形とも言えるような、美形で可愛らしい顔立ちだ。

 見るだけであれば、目の保養と言っていいほどの美しさであるものの、この少年は、私のことを『殺す』と言っている。

 どうしよう

 逃げるか、いや、逃げられるのか。

 ジリジリと、脳内で答えの出ない問いをくり返している、と。

「……やっぱやーめた」
「へっ……?」

 そのかわいい魔物は、ススーッと再び空へ戻った。

 どうしたんだろう。気が変わった? でも、なんで?

 私がハテナマークを頭上に浮かべていると、

「そんな恰好してるし、とびきりの美女なんだろうと思ったけど」
「……えっ」
「とりたててどう、ってわけでもないし、いたぶっても面白くなさそーだし。……命拾いしたねー、お姉さん」
「……はい?」
「じゃ、ボクは退散するから。さよなら~」
「は???」

 ムラサキ色の魔物は、ド失礼なセリフをその場に残したまま、青空の向こうへと飛び去って行った。

 おぞましいまでの圧迫感は魔物ごと消え去って、残ったのは、さんざんな言われようをした私一人。

 空は青々として明るく晴れ渡っていて、視線をおろせば、大地に倒れた兵士たちと、うめき声。

「……理不尽すぎでは?」

 ケガを負った兵士たちひとりひとりを回復させながら、静かに泣いた。






「い、痛たたた……っ」
「あ、意識もどったんですね、隊長さん!!」

 兵士たちを回復させながら歩き回っていると、一番奥、集落の入口のそばでぶっ倒れていた隊長を見つけた。

 大きなケガは負っておらず、気を失っているだけだったので、他の兵士たちをそっせんして回復させていたところ、彼の目が覚めた、というのが今だった。

「ん……あ、あんた、その力」
「ああ、お見せするの初めてでしたっけ。さすがに使いすぎてもうガス欠間際な気がしますが……とりあえず、まだイケそうです。隊長さん、痛いところありますか? 治しますよ」

 兵士たちのケガはほとんど治したものの、彼らが起き上がる様子はなかった。

とりあえず命に係わるような部分は治し終えたので、あとは細かい裂傷や打撲を治療しているところだ。

 隊長は、私がてきぱきと治療の魔法を使っているのを呆然と見守った後、ゆるく首を横に振った。

「あたしは平気、ケガはないわ。気絶させられていただけみたいね」
「気絶……? その、頭は大丈夫ですか、痛みとか」
「ええ……ちょっと頭がくらくらするくらいだから大丈夫」

 あの小悪魔(仮)の目的がわからない。

 殺すつもりはなかったようだし、隊を壊滅させてなにがしたかったんだろう。

 私がうーんと首をひねっていると、隊長がくるりと後ろへ振り返った。

「ほら、グリュー、ブラウ。起きなさい」
「ん、んん……?」

 彼の背後、家の影に隠れるように倒れていた二人が、隊長に頬を軽く叩かれて目を覚ました。

 どうやら、隊長は二人をかばって倒れていたらしい。さすがだ。

「あれ……ぼく……ひっ!?」
「っわあ!? み、みんなが!!」

 二人は目を覚ました途端、周囲でゴロゴロ同じ部隊のメンバーが転がっているのをみて、悲鳴を上げた。たしかに、一見死屍累々に見えるもんな。

「大丈夫、もうすぐ治るよ。切り傷もあるけど、打撲ばっかりで、死ぬほどの深い傷はないみたいだから」

 そう。彼らのケガは、少し――いや、かなりおかしい。

 治療していて気付いたが、たしかにあちこちに傷はあるものの、いわゆる致命傷になるような深いケガを誰も負っていないのだ。

 まだ、あのオオカミの魔物の襲撃の方がひどかった。
 彼の持つ圧迫感は、魔物よりも数倍上だったにも関わらず、だ。

 おかげで、治療自体はあっという間に終わったものの、疑問ばかりが残る。

 手加減したのだろうか? でも、なんのために?
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