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12話 ~脱衣~
しおりを挟むボフンッ
肌にキバを食い込ませようとした一匹が、吹っ飛んだ。
「……え??」
それはもう、見事に。宙を天高く舞って。
一匹の魔物はそのまま、集落の外まで吹き飛び、姿が見えなくなってしまった。
キャインッ、キャンキャンッ
他の二匹は、一匹が飛んでいってしまったのを見て、まるで子犬のように甲高い悲鳴を上げた。
しっぽが後ろ足の間に挟まれ、私をまるで天敵を見るかのように恐れおののいている。
「え、え、え……??」
私よりもよっぽど巨大なオオカミたちが、逆にこちらをバケモノのような目で見ている。
わけがわからない。いったい、なにがどうなった??
困惑して私が立ち上がろうとすると、彼らはキャインキャインと甲高い喚き声をあげて、一歩二歩、その場で後ずさる。
あまりにもビビるさまにちょっとだけ面白くなって、ススッとオオカミたちに近づくと、魔物たちは慌てふためくように森の方へとかけ去っていった。
「な、なんだったんだろう今の……と、それより」
助かった。
へなへなと、体から力が抜けた。
結局、魔物たちを倒すことはできなかったものの、追い返すことには成功したみたいだ。
ホッとして大地に座り込んで、あっ、と気づく。
隊長を、治療しに行かなくては!
私は慌てて樹の下で気を失っている隊長のもとへ近づき、打撲や骨折している個所を治療する。
不思議と、さっきのソーダのような魔力は戻っており、隊長の傷は問題なく修復ができた。
「はー、よかった。これでヨシ。それじゃ、テントに戻っ……」
と、そこで、はた、と重大なことに気がついた。
いや、むしろ、そこまでどうして気づかなかったのか。
さっき、オオカミが襲い掛かってきたのを吹き飛ばしたとき。あの時から、違和感を覚えてはいたというのに。
「……あれ……??」
すぅすぅと、肌に触れる空気がさっきよりもリアルに感じる。
恐る恐る、視線を下へと向けた。
そこには、生まれたてのまっさらな姿があった。
「……え……??」
あの赤いエプロンは、どこに。
私が呆然と周囲を見回すと、それは、さっきオオカミを追い返した位置に繊維くずとなって散らばっていた。
つまり――またもや、私は爆発によって服を喪失してしまったのだった。
「ちょっと。……ねぇ、そろそろ出てきなさいって」
「……ううぅぅっ……!」
テントの中だ。
毛布を頭からかぶってグズグズひざを抱えている私を、隊長が遠慮がちに呼ぶ。
ちなみに、もうこれで三度目の呼びかけだったりする。
「もう、大丈夫よ。服が破けても、あなたが助けてくれたのには変わりないんだから」
「そういう問題じゃないんです!! ハダカですよ、ハダカ!! また服がなくなっちゃったんです!!」
「まぁ……確かに、女の子だし気になるわよねぇ……あ、ちなみにあの魔道具、もう一枚あるのよ。それ、今持ってこさせるから」
「えっ!?」
願ってもない申し出だった。
同じエプロンであっても、すっぱだかに比べれば百倍マシだし。
私の声に混じった期待に苦笑いしつつ、隊長は大きくうなづいた。
「うちの隊の恩人になったんだもの。それくらいはプレゼントさせて」
「あ……ありがとうございます……!!」
「いいのよ。正直怪しんでいたんだもの。記憶喪失のハダカの女性、なんて」
「……まぁ、ですよね」
逆の立場だったら、まぁ怪しむだろう。
意味がわからない分、恐怖すら感じるかもしれない。
「でも、あなたはとんでもない力を持っていたのね。……あたしも二回もケガを治してもらっちゃった。本当に感謝してるわ」
丁寧にお辞儀して感謝を伝えてくる隊長に、毛布のすき間から慌てて首を出した。
「いえ、私も知らなかったですし!! 隊長さんが……ほら、なんか魔力の流れを感じる、っておっしゃってたので……こう、がんばってみた、だけで」
「いや……それでできちゃうってあり得ないことよ、ホント……」
半眼で私を見下ろす隊長は、感心二割、呆れ八割の口調でつづけた。
「まぁ、それは置いておいて。部下たちみんな、あなたに助けてもらったお礼を言いたいって言ってるのよ。魔道具はすぐに持ってこさせるから、出てきてくれないかしら」
「うっ……わ、わかりました……」
たしかに、このままテント内で籠城しつづけてもしょうがない。
隊長の説明によると、さっきの襲撃やこの集落の状況を報告するために、これからフェゼント国王都へと戻るらしい。
ハダカエプロンの恰好で出るのも抵抗はあるものの、このまま残ってもなにもできない。
ついていくためには、覚悟を決めないと。
そうして私がひとり羞恥心と葛藤していると、ひらり、とテントの端がめくられた。
「あ、あの……魔道具、持ってきました」
「ありがと、ブラウ。あら、グリューも一緒?」
男子がワラワラとテントへ入ってきた。
もう、ハダカなんていろんな人に見られてはいるものの、正直、まだ恥ずかしさを消し切れてないんだけど……!
内心はそんなことを思いつつも、二人が持ってきた衣類を見た私は、どこか悟りの境地に似た無の気分になった。
「……それ……」
「その、ちょっと、アレだけど……着ないよりは、ね?」
「………………」
差し出されたのは、やはりエプロンだった。
しかし、デザインがあの赤のと違う。
いや、アレより、かなりキツかった。
あの爆発四散したエプロンは、まだシンプルなデザインだからよかった。
今回のは、なんというか、装飾がすごい。
フリル盛もりだくさん、レースもふりふり。
色合いが、唯一おとなしめなスカイブルーなのがマシ、だろうか。
「いや、マシじゃないよ。常識的に考えて!!」
「え……あの、おねえさん……?」
「グリュー……彼女のことは、放っておいてあげなさい」
悲しい自己ツッコミを入れる私に、少年兵二人が困惑した顔を向けてくるのを、隊長が軽く流している。
放っておいてくれるのはありがたい。
でも、これを着るのか。ハダカの上に、これを。
と、そのまま呆然とエプロンとにらめっこする私に、隊長は気遣うように視線を外した。
「じゃあ、あたしたちは外へ出ているわ。着替えたら言って頂戴」
「……うぅ……わかり、ました……」
脳内にめぐる、いまだかつてない葛藤。
すっぱだかと、ロリータエプロンを天秤にかけて、しばらく悩む。
グラグラ、カコンッ
いい音を立てて、天秤がぐらッと傾いた。エプロンに。
(だってもう、なに着たっていっしょだし……)
自暴自棄な気分で頭からエプロンをかぶった。
今自分がどんな格好をしてるのか、もはや確認するも恐ろしい。
八つ当たりに似た気分で、どすどすと荒い足取りでテントから出た。
「着ました、着ましたよ!! これでイイんでしょ……えっ!?」
薄暗いテントから、昼の陽ざしの差し込む外へ出た、視界の一面。
そこに広がっていたのは、地面を覆うように倒れこんだ、兵士たちの姿だった。
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