221 / 455
運命に花束を②
運命の療養生活②
しおりを挟む
部屋の外から中の様子を伺っていたスタール以下見張りの面々は「すげぇ」と歓喜の声を上げていた。
「グノーさんがめっちゃ普通! あの人どんな魔法使ってるんですか?!」
キースが傍らに居たエドワードに尋ねるも、彼は「知るか」とそっぽを向いた。
自分達ではナダールがいなければ泣いて泣いて完全に手が付けられなくなるというのに、アジェは頭を撫でても払いのけられる事すらなかった。
「あいつが小動物過ぎて毒気が抜かれたか?」
スタールのその言葉に「アジェを動物扱いするな!」とエドワードは青筋を浮かべて怒ったが、その言い得て妙な言葉に「そうかも……」と賛同する者が続く。
「で、お前はあいつの前に顔は出さないのか?」
スタールは悪気なくそんな事を言うのだが、エドワードは渋い表情を見せ「俺は駄目だとアジェに言われてる」とぶっきら棒にそう言った。
「何かあるのか?」
「別に何もないですけど……」
何もないから余計に、かなと思う。
エドワードはグノーに対してあまりいい感情を持っていない。悪い人間ではないというのは分かっている、彼の過去も現在の状況もすべて理解はしているが、アジェに対する彼の過去から現在の言動を見るにつけ、どうにも突っかからずにはいられないのだ。
アジェとエドワードは結婚を前提とした恋人同士なのだが、過去アジェとグノーが親密な関係にあった事もはっきり覚えている。
言ってしまえば醜い嫉妬なのだが、やはり2人が仲良くしているのはどうにも我慢がならず、売り言葉に買い言葉でつい喧嘩腰に対応してしまう。それはこんな状況でも変わる事がなく、アジェに呆れたように対面禁止を言い渡されていた。
「それにしてもあの人が言ったクロードって、クロード・マイラー様の事ですよね? 元々お知り合いだったんですか?」
グノーとクロードだとて武闘会を一緒に戦った仲間だ、知り合いであっても不思議ではないのだが、なんだか変な組み合わせだ。
エドワードは「自分も詳しくは知らない」と首を振ったが「どうやら幼い頃に面識があったらしい」とだけぼそっと答えた。
クロードはグノーの事を心配しつつも、ここへ見舞いに来る事はしなかった。
自分を覚えていてくれるとは思わないし、思い出したとしてもその記憶は彼の忘れたい過去の記憶とワンセットですから、とクロードはアジェにからくり人形だけを手渡した。
『もしこれを見て私を思い出していただけるようでしたら、その時は直接本人から返していただきますので』
クロードはそう言ってそのおもちゃをアジェに持たせたのだ。
「クロードも子供の頃からちょっと特殊な生活環境で育っているから、どこか共感する部分があるみたいでな、特別仲がいい訳でもないんだが、あの2人には変な連帯感? 見たいな物を感じるな」
「子供の頃に……? でもマイラー様って貴族ですよね、出会える場所なんてそうあると思えないんですけど。そもそもグノーさんってメリア人ですよね?」
「あぁ……まぁな。とりあえず、あの人も聞けば分かる程度に大きな家の出だとだけ言っておくかな。聞きたかったら本人に直接聞け、話すかどうかは別問題だがな」
ファルス国王であるブラックと友人関係で、ファルス一の大貴族であるクロードとも知人関係となればある程度の出自の高さは想像できる。ただそれにも関わらず、こんな平民の姿で平民のように暮らしているのには、あまり突っ込まれたくない理由が有るのであろうことも容易に想像できた。
ハリーとキースは性奴隷の話も聞いていたので、身分の高い人達の考えることなんて自分達にはまったく理解できないとそう思った。
そんな話を部屋の外でわいわいしていると、部屋の扉が開いて、アジェがひょっこり顔を覗かせた。
「ねぇ、この中でナダールさんの、何でもいいから話せるエピソード持ってる人いる?」
「話せるエピソード?」
アジェの突然の言葉に皆首を傾げる。
「何でもいいよ、ナダールさんが出てくれば。僕、よく考えたらナダールさんとは接点少なくて、皆さんの方がナダールさんの事は詳しいでしょ?」
「グノーがナダールさんの話なら泣かずに聞いてくれるから」とアジェはこそっとそう言った。
「あ! じゃあオレ一緒に猫捕まえた話する!」キースがはいっ! と手を上げると「じゃあ入って」と部屋の中に招き入れられた。
「それじゃあ俺達は武闘会の話かな」
「それは僕も興味あるなぁ、僕、置いてかれちゃったしね」
そう言ってアジェは笑い、彼等も招き入れた。
「エディは何かある?」
「ムソンでの話とか?」
「エディが酷い事言ってグノーが倒れちゃった時の? そんなの却下に決まってる! 他には?」
「武闘会には俺も出てたけど……」
「なんかエピソードある?」
「いや、普通に戦ってただけだし……」
「悪いけど、エディはそこでお留守番!」
そう言って扉はパタンと閉じられて、室内からは楽しげな話し声が聞こえてくる。
エドワードはその待遇がとても腑に落ちず、しかし暴れる訳にもいかず、深呼吸をしてその場にどかっと座り込んで、こちらを伺う他部屋の人間に睨みをきかせた。
深夜ナダールが寄宿舎に戻ると「遅い!」と仏頂面のエドワードに出迎えられた。
「すみません」と頭を下げるものの、ムソンとルーンは決して近い距離ではない。そもそも日帰りで行き来をしている事に無理があり、ムソンでの滞在時間も一時間程度のものだった。
その足で自室へと向かうとグノーは寝ており、アジェもそのベッドに突っ伏すようにして一緒に寝てしまっていた。だが、物音に気付いたのだろう、アジェは慌てて飛び起きて「おかえりなさい、すみません、僕も寝ちゃった」と眠そうに瞳を擦った。
「いいえ、こちらこそ朝早くからこんな時間まで申し訳ないです」
「大丈夫ですよ。グノーも今日はちゃんとご飯も食べたし、お話もできたし、楽しかったですよ」
そう言って笑みを見せるアジェに、彼に預けて正解だったなとナダールは思う。
「話、できましたか?」
「はい。言ってもナダールさんの話しかしてませんけどね」
「私の?」
「グノーはナダールさんの話なら泣かずにちゃんと聞くんです。食事も『ナダールさんが食べさせといてって言ったから』って言ったら素直に食べてくれました。ナダールさんの事が凄く好きなんだってよく分かる」
「そうでしたか……」
眠るグノーの髪を撫でてナダールは瞳を細めた。
「ルイちゃんとユリ君は? 元気にしてた? 無理してない? なんならこっちに連れて来ればいいのに。うちで預かる事もできますよ?」
アジェの言葉にありがたいと思いながらも首を振る。
「お言葉はありがたいですが、グノーはまだ子供達のことを思い出していませんし、本当はこんな姿を子供達に見せたくはないはずなのです。それに子供達も誰も知り合いのいないこの土地でグノーの回復を待つよりも、友達も、頼れる大人もいるムソンにいた方が落ち着くと思います」
その言葉にアジェは「そっか……」と頷いたのだが、それでも心配そうにこちらを見上げてくる。
「でもナダールさんは大丈夫なんですか? やっぱりムソンは遠いですよ」
「大丈夫ですよ。私は頑丈なだけが取り柄ですから」
笑みを見せても、やはりアジェは少し浮かない顔をこちらに向けるのだが、今はこれが最善だと自分で出した答えなのだ。
「聞きましたよ、最近夜もあんまり寝ないで働いてるらしいじゃないですか、ナダールさんが倒れたらグノーが悲しみます」
「ふふ、大丈夫ですよ。でも、ありがとうございます」
礼を言うとアジェは仕方がないなという顔で「このくらいの事ならいつでもできますから、いつでも遠慮なく声をかけてください」とそう言ってくれた。
「あっと、すみません、執務室の方に確認書類が届いてないかだけ確認してきていいですか? すぐ戻ります!」
そう言って来た時同様に慌しく出て行くナダールに「え? ちょっと!」とアジェは声をかける。だが、その姿はすでに廊下の向こう側に消えていて、ナダールさん、今日もまだ働く気なんだ……と、アジェは溜息を零した。
アジェとエドワードの2人が帰宅し、自室で書類をめくっていると背後で人の動く気配に振り向いた。
「なに……してるの?」
「すみません、起してしまいましたか?」
そこにはグノーがベッドの上に起き上がり、ぼんやりこちらを見ていた。
「仕事が溜まってしまって……まだ夜中ですよ、寝ててくださいね」
「……やだ」
そう言って、緩慢な動きでベッドから這い出した彼は、ふらりふらりとナダールの方へと歩いてくる。
「仕方のない人ですね。一人寝は嫌ですか?」
腕を差し出すと、彼はぽふんとその腕の中に収まって、満足気な表情を見せた。
最近久しく見ないその笑みに、こちらもつい頬が緩むのだが今はそんな事をしている場合ではない。
「もう少し待っていてもらえますか、すぐに終わりますから」
「これ……なに?」
机の上いっぱいに広げられた書類を、ぼんやり眺めながら彼は猫のように身を摺り寄せてくる。
「この土地の開墾計画の見積もり、修正書類と代替案等……なんて言っても分かりませんよね」
「開墾? なんでそんな事してるの?」
「何ででしょうねぇ、まぁ、仕事ですから」
ふぅん、としばらく興味もなさげにその書類を眺めていたグノーだったのだが、その内焦れたのか、彼の細い指がナダールの首元をなぞるように撫で上げた。
「もう少し待ってと言っているのに……」
「お金がかかるのは無駄が多いから。時間がかかるのも無駄が多いから」
「え?」
グノーはもう一度書類に目を向けて、見積書に大きく指で×を描いた。
「これも、これもいらない。これだけでいい」
そう言って指で○を描いたのは商業施設の誘致。
「え? 何でですか?」
何もない所に施設を誘致だけしてもどうしようもないと思うのだが、グノーが「地図ある?」と言うのでその近辺の地図を引っ張り出して広げて見せれば、彼は一言「やっぱりね」と呟いた。
「誘致、ここだろ?」
そう言って指差す先はブラックに指示された通りの場所で困惑した。彼はこの仕事の概要はまるで知らないはずなのに、まるで元々知っていたかのような口ぶりだ。
「こっちからも、こっちからも来れる、道は必要。あとは勝手にやってくれるから、必要ない」
「勝手にやるって、誰がですか?」
「商人、見れば分かる。この場所はいい、分かる奴に話せば逆に金取れる。これ、考えた人頭いい」
「そうなんですか?」
自分ではその根拠も理由もさっぱり分からないのだが「もういいだろ?」とグノーは服の中に指を這わせて、口付けてくる。
「もう少し詳しい説明を……」
「……い・や……」
まるで駄々っ子のようにそう言って圧し掛かってくる彼を抱き上げ、こうなってしまったら仕方がないか……と諦めて、そのままその晩は彼をベッドに運び、押し倒した。
「グノーさんがめっちゃ普通! あの人どんな魔法使ってるんですか?!」
キースが傍らに居たエドワードに尋ねるも、彼は「知るか」とそっぽを向いた。
自分達ではナダールがいなければ泣いて泣いて完全に手が付けられなくなるというのに、アジェは頭を撫でても払いのけられる事すらなかった。
「あいつが小動物過ぎて毒気が抜かれたか?」
スタールのその言葉に「アジェを動物扱いするな!」とエドワードは青筋を浮かべて怒ったが、その言い得て妙な言葉に「そうかも……」と賛同する者が続く。
「で、お前はあいつの前に顔は出さないのか?」
スタールは悪気なくそんな事を言うのだが、エドワードは渋い表情を見せ「俺は駄目だとアジェに言われてる」とぶっきら棒にそう言った。
「何かあるのか?」
「別に何もないですけど……」
何もないから余計に、かなと思う。
エドワードはグノーに対してあまりいい感情を持っていない。悪い人間ではないというのは分かっている、彼の過去も現在の状況もすべて理解はしているが、アジェに対する彼の過去から現在の言動を見るにつけ、どうにも突っかからずにはいられないのだ。
アジェとエドワードは結婚を前提とした恋人同士なのだが、過去アジェとグノーが親密な関係にあった事もはっきり覚えている。
言ってしまえば醜い嫉妬なのだが、やはり2人が仲良くしているのはどうにも我慢がならず、売り言葉に買い言葉でつい喧嘩腰に対応してしまう。それはこんな状況でも変わる事がなく、アジェに呆れたように対面禁止を言い渡されていた。
「それにしてもあの人が言ったクロードって、クロード・マイラー様の事ですよね? 元々お知り合いだったんですか?」
グノーとクロードだとて武闘会を一緒に戦った仲間だ、知り合いであっても不思議ではないのだが、なんだか変な組み合わせだ。
エドワードは「自分も詳しくは知らない」と首を振ったが「どうやら幼い頃に面識があったらしい」とだけぼそっと答えた。
クロードはグノーの事を心配しつつも、ここへ見舞いに来る事はしなかった。
自分を覚えていてくれるとは思わないし、思い出したとしてもその記憶は彼の忘れたい過去の記憶とワンセットですから、とクロードはアジェにからくり人形だけを手渡した。
『もしこれを見て私を思い出していただけるようでしたら、その時は直接本人から返していただきますので』
クロードはそう言ってそのおもちゃをアジェに持たせたのだ。
「クロードも子供の頃からちょっと特殊な生活環境で育っているから、どこか共感する部分があるみたいでな、特別仲がいい訳でもないんだが、あの2人には変な連帯感? 見たいな物を感じるな」
「子供の頃に……? でもマイラー様って貴族ですよね、出会える場所なんてそうあると思えないんですけど。そもそもグノーさんってメリア人ですよね?」
「あぁ……まぁな。とりあえず、あの人も聞けば分かる程度に大きな家の出だとだけ言っておくかな。聞きたかったら本人に直接聞け、話すかどうかは別問題だがな」
ファルス国王であるブラックと友人関係で、ファルス一の大貴族であるクロードとも知人関係となればある程度の出自の高さは想像できる。ただそれにも関わらず、こんな平民の姿で平民のように暮らしているのには、あまり突っ込まれたくない理由が有るのであろうことも容易に想像できた。
ハリーとキースは性奴隷の話も聞いていたので、身分の高い人達の考えることなんて自分達にはまったく理解できないとそう思った。
そんな話を部屋の外でわいわいしていると、部屋の扉が開いて、アジェがひょっこり顔を覗かせた。
「ねぇ、この中でナダールさんの、何でもいいから話せるエピソード持ってる人いる?」
「話せるエピソード?」
アジェの突然の言葉に皆首を傾げる。
「何でもいいよ、ナダールさんが出てくれば。僕、よく考えたらナダールさんとは接点少なくて、皆さんの方がナダールさんの事は詳しいでしょ?」
「グノーがナダールさんの話なら泣かずに聞いてくれるから」とアジェはこそっとそう言った。
「あ! じゃあオレ一緒に猫捕まえた話する!」キースがはいっ! と手を上げると「じゃあ入って」と部屋の中に招き入れられた。
「それじゃあ俺達は武闘会の話かな」
「それは僕も興味あるなぁ、僕、置いてかれちゃったしね」
そう言ってアジェは笑い、彼等も招き入れた。
「エディは何かある?」
「ムソンでの話とか?」
「エディが酷い事言ってグノーが倒れちゃった時の? そんなの却下に決まってる! 他には?」
「武闘会には俺も出てたけど……」
「なんかエピソードある?」
「いや、普通に戦ってただけだし……」
「悪いけど、エディはそこでお留守番!」
そう言って扉はパタンと閉じられて、室内からは楽しげな話し声が聞こえてくる。
エドワードはその待遇がとても腑に落ちず、しかし暴れる訳にもいかず、深呼吸をしてその場にどかっと座り込んで、こちらを伺う他部屋の人間に睨みをきかせた。
深夜ナダールが寄宿舎に戻ると「遅い!」と仏頂面のエドワードに出迎えられた。
「すみません」と頭を下げるものの、ムソンとルーンは決して近い距離ではない。そもそも日帰りで行き来をしている事に無理があり、ムソンでの滞在時間も一時間程度のものだった。
その足で自室へと向かうとグノーは寝ており、アジェもそのベッドに突っ伏すようにして一緒に寝てしまっていた。だが、物音に気付いたのだろう、アジェは慌てて飛び起きて「おかえりなさい、すみません、僕も寝ちゃった」と眠そうに瞳を擦った。
「いいえ、こちらこそ朝早くからこんな時間まで申し訳ないです」
「大丈夫ですよ。グノーも今日はちゃんとご飯も食べたし、お話もできたし、楽しかったですよ」
そう言って笑みを見せるアジェに、彼に預けて正解だったなとナダールは思う。
「話、できましたか?」
「はい。言ってもナダールさんの話しかしてませんけどね」
「私の?」
「グノーはナダールさんの話なら泣かずにちゃんと聞くんです。食事も『ナダールさんが食べさせといてって言ったから』って言ったら素直に食べてくれました。ナダールさんの事が凄く好きなんだってよく分かる」
「そうでしたか……」
眠るグノーの髪を撫でてナダールは瞳を細めた。
「ルイちゃんとユリ君は? 元気にしてた? 無理してない? なんならこっちに連れて来ればいいのに。うちで預かる事もできますよ?」
アジェの言葉にありがたいと思いながらも首を振る。
「お言葉はありがたいですが、グノーはまだ子供達のことを思い出していませんし、本当はこんな姿を子供達に見せたくはないはずなのです。それに子供達も誰も知り合いのいないこの土地でグノーの回復を待つよりも、友達も、頼れる大人もいるムソンにいた方が落ち着くと思います」
その言葉にアジェは「そっか……」と頷いたのだが、それでも心配そうにこちらを見上げてくる。
「でもナダールさんは大丈夫なんですか? やっぱりムソンは遠いですよ」
「大丈夫ですよ。私は頑丈なだけが取り柄ですから」
笑みを見せても、やはりアジェは少し浮かない顔をこちらに向けるのだが、今はこれが最善だと自分で出した答えなのだ。
「聞きましたよ、最近夜もあんまり寝ないで働いてるらしいじゃないですか、ナダールさんが倒れたらグノーが悲しみます」
「ふふ、大丈夫ですよ。でも、ありがとうございます」
礼を言うとアジェは仕方がないなという顔で「このくらいの事ならいつでもできますから、いつでも遠慮なく声をかけてください」とそう言ってくれた。
「あっと、すみません、執務室の方に確認書類が届いてないかだけ確認してきていいですか? すぐ戻ります!」
そう言って来た時同様に慌しく出て行くナダールに「え? ちょっと!」とアジェは声をかける。だが、その姿はすでに廊下の向こう側に消えていて、ナダールさん、今日もまだ働く気なんだ……と、アジェは溜息を零した。
アジェとエドワードの2人が帰宅し、自室で書類をめくっていると背後で人の動く気配に振り向いた。
「なに……してるの?」
「すみません、起してしまいましたか?」
そこにはグノーがベッドの上に起き上がり、ぼんやりこちらを見ていた。
「仕事が溜まってしまって……まだ夜中ですよ、寝ててくださいね」
「……やだ」
そう言って、緩慢な動きでベッドから這い出した彼は、ふらりふらりとナダールの方へと歩いてくる。
「仕方のない人ですね。一人寝は嫌ですか?」
腕を差し出すと、彼はぽふんとその腕の中に収まって、満足気な表情を見せた。
最近久しく見ないその笑みに、こちらもつい頬が緩むのだが今はそんな事をしている場合ではない。
「もう少し待っていてもらえますか、すぐに終わりますから」
「これ……なに?」
机の上いっぱいに広げられた書類を、ぼんやり眺めながら彼は猫のように身を摺り寄せてくる。
「この土地の開墾計画の見積もり、修正書類と代替案等……なんて言っても分かりませんよね」
「開墾? なんでそんな事してるの?」
「何ででしょうねぇ、まぁ、仕事ですから」
ふぅん、としばらく興味もなさげにその書類を眺めていたグノーだったのだが、その内焦れたのか、彼の細い指がナダールの首元をなぞるように撫で上げた。
「もう少し待ってと言っているのに……」
「お金がかかるのは無駄が多いから。時間がかかるのも無駄が多いから」
「え?」
グノーはもう一度書類に目を向けて、見積書に大きく指で×を描いた。
「これも、これもいらない。これだけでいい」
そう言って指で○を描いたのは商業施設の誘致。
「え? 何でですか?」
何もない所に施設を誘致だけしてもどうしようもないと思うのだが、グノーが「地図ある?」と言うのでその近辺の地図を引っ張り出して広げて見せれば、彼は一言「やっぱりね」と呟いた。
「誘致、ここだろ?」
そう言って指差す先はブラックに指示された通りの場所で困惑した。彼はこの仕事の概要はまるで知らないはずなのに、まるで元々知っていたかのような口ぶりだ。
「こっちからも、こっちからも来れる、道は必要。あとは勝手にやってくれるから、必要ない」
「勝手にやるって、誰がですか?」
「商人、見れば分かる。この場所はいい、分かる奴に話せば逆に金取れる。これ、考えた人頭いい」
「そうなんですか?」
自分ではその根拠も理由もさっぱり分からないのだが「もういいだろ?」とグノーは服の中に指を這わせて、口付けてくる。
「もう少し詳しい説明を……」
「……い・や……」
まるで駄々っ子のようにそう言って圧し掛かってくる彼を抱き上げ、こうなってしまったら仕方がないか……と諦めて、そのままその晩は彼をベッドに運び、押し倒した。
10
あなたにおすすめの小説
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
白金の花嫁は将軍の希望の花
葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。
※個人ブログにも投稿済みです。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
僕がそばにいる理由
腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。
そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。
しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。
束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。
愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。
【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜
みやの
BL
ーー……俺は、本能に殺されたかった。
自分で選び、番になった恋人を事故で亡くしたオメガ・要。
残されたのは、抜け殻みたいな体と、二度と戻らない日々への悔いだけだった。
この世界には、生涯に一度だけ「本当の番」がいる――
そう信じられていても、要はもう「運命」なんて言葉を信じることができない。
亡くした番の記憶と、本能が求める現在のあいだで引き裂かれながら、
それでも生きてしまうΩの物語。
痛くて、残酷なラブストーリー。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
魔王の求める白い冬
猫宮乾
BL
僕は交通事故に遭い、別の世界に魔王として転生した。最強の力を貰って。だから何度勇者が訪れても、僕は死なない。その内に、魔王はやはり勇者に倒されるべきだと思うようになる。初めはそうではなかった、僕は現代知識で内政をし、魔族の国を治めていた。けれど皆、今は亡い。早く僕は倒されたい。そう考えていたある日、今回もまた勇者パーティがやってきたのだが、聖剣を抜いたその青年は、同胞に騙されていた。※異世界ファンタジーBLです。全85話、完結まで書いてあるものを、確認しながら投稿します。勇者×魔王です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる