運命に花束を

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運命に花束を②

運命の療養生活①

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 グノーが襲われてから数日、そんな事件があっても日々は淡々と過ぎてゆく。ナダールは事件には言及しないまま、イリヤに帰りたい者は帰ってもいいと団員達に通達を出した。
 今回のこの件に関わらず、ホームシックにかかっている者、やはり田舎暮らしは性に合わない者など幾人かが手を上げ寄宿舎を去って行ったが、意外な事に離脱者はそこまで増えなかった。
 人数が半減する事も覚悟していたナダールはその事に少しほっとしていた。

「この程度で済んでほっとしましたが、やはり人数が減るのは痛いですね……」

 溜息混じりに呟くナダールに副団長のコリーは「大丈夫ですよ」と何事もないという顔でそう言った。

「そもそもがこんな大事業、我々だけでやろうと思っている方が間違っているのです、ある程度の下地はこちらでと思っていましたが、今後の作業はもっと一般から募ればいいだけの事。ルーンはこの辺では比較的大きな町ですが、それでも田舎は田舎、雇用の数も少ない。そこから人を募れば若者の地方からの流出も防ぐ事ができますし、人が増えればそこに別の商売も生まれ雇用も増える。支える我々の人数が多少減っても最終的には何の問題もありません」

 コリーの言葉に感心してナダールは頷いた。

「コリーさんは凄いですね、私、そんな事考えてもみませんでした。これはさっそく手配をしないといけませんね」

 人数が不足するようであればまた追加人員をイリヤから送ってもらわなければならないかと考えていたナダールは目から鱗が落ちる思いだった。だが、言われてみればそれは非常に理に適った考え方で、地元の者を雇うのなら宿舎にかける費用も減り、人件費削減にも繋がる。

「近隣の村にもビラを撒きましょう、農業の閑散期でもある今なら短期の募集でも人は集まるはずです。さぁ、時間は止まってはくれませんよ、速やかに迅速に行動いたしましょう」

 こうして数日の間にイリヤに戻る者と入れ替わるように新たな人員が集められ、作業はなんの滞りもなく進んでいった。
 今まで、一体国は何をし始めたのかと遠巻きにしていた地元の人間を雇う事で、近隣の村人からの作業の理解も得られ、どうやっても上手くいかなかった作業が、地元民のアイデアひとつで動き出したりと、人員の入れ替えはむしろ利の方が多いくらいだった。
 何もかも上手く行き過ぎて怖い……そう思ってしまう自分は少し小心が過ぎるだろうか?
 そのうち何か大きな落とし穴に嵌るのではないかと危惧してしまう自分の後ろ向きさかげんに自嘲の笑みを零す。
 内政面はコリーが、外向きの仕事ではスタールが身を粉にして働いてくれて、感謝してもしきれない。
 ただひとつ思う所は、あの事件の主犯格であろう8班の班長、ジミーがここに残った事だった。腕を斬り付けられ負傷までしているというのに、彼は何も言わずにここに残った。
 それは少しだけナダールの心に澱を落とした。



 週末、仕事のけりがついた週にはナダールはムソンへと足を運ぶ。毎週末とはいかないところが辛いところだが、ムソンでは子供達が自分と母親であるグノーの帰りをずっと待ち続けている。

「ママは!?」

 ムソンに戻れば開口一番に言われるのはそんな言葉で「大丈夫ですよ」と言いながらその頭を撫でるのだが、そんな事を聞きたいのではないのであろう幼子2人は悲しい表情を見せる。
 特に甘えん坊の長男ユリウスはいつもぐずぐずと泣き出してしまい、あやすのに一苦労するのだが、まだ記憶がまったく戻らない現状、どうする事もできない。
 ただ、日が経つにつれグノーの症状は上向いている。ここ最近は泣き出すことが減りはじめ、目を覚ましてもぼんやりしている事が増えていた。
 それでもナダールの姿を見付けると擦り寄ってきて、纏わり付いてくるのだが、容態は安定してきているように思う。
 それは昼夜問わず彼を抱ける環境を知らぬうちに周りが作ってくれた事も大きかった。
 「ありがとう」と言うのも変な話で、誰も何も言わなかったので、こちらも何も言わなかった。

『やり過ぎでお前がへばっていたら意味がない、加減はしろ』

 そうやってスタールにぼそっと叱られはしたが、する事自体に何も言われない事が居心地悪くもあり、ありがたいとも思う。
 自分がルーンを離れ、ムソンへと戻る日はグノーをアジェに預けた。
 彼の恋人であるエドワードは「なんでアジェがこんな事を……」とぶつぶつ怒っていたのだが、アジェはにっこり笑って快諾してくれた。

「グノーは僕が一番辛かった時に傍にいてくれたもの。それに僕も母親に自分の存在を忘れられる辛さは知っている。ルイちゃんやユリウス君の辛さが僕には分かる。今2人にはナダールさんが必要なんだよ」

 そんな事を言われてしまえば、エドワードは何も言えず「自分は何もしないからな!」と文句を言いつつもアジェに付き従い、寄宿舎を訪れていた。
 騎士団員の中にはエドワードを知る者は多い。その腕っ節の強さも騎士団内では有名で、彼はいるだけで不埒者に対する抑止力になった。
 エドワードは常にアジェに付き従っており、そのアジェ自身がカルネ領主の息子である事も知られ、そんな彼等に見守られるグノーに手を出すような者は誰もいなかった。



 目を覚ますと見知らぬ部屋にいる。
 それはとてもよくある事で、本当はよくあっては困るのだが、俺はその視線を天井から室内へと向ける。
 そこにいたのは本を読む一人の青年、室内には彼がめくる本の音だけが静かに響いていた。

「ここ……どこ?」

 ぼんやりそう尋ねると、彼はぱっと顔を上げて零れるような笑みを見せた。

「おはよう! 目が覚めたね……ん? もう『こんにちは』かな?」
「誰? ここどこ? ……ナダールは?」
「僕はアジェ、ここはルーンで、ナダールさんはお出かけ中」

 その青年の言葉に涙が零れた。

「置いて……かれた?」

 何がそんなに悲しいのかもよく分からなくなっているのだが、ナダールに置いていかれた、その事実だけで涙が零れて仕方がない。悲しくて、悲しくてぼろぼろと泣いていると、その青年は慌てたように「大丈夫だから」と俺の頭を撫でた。
 その手が何かよく分からない嫌な記憶を呼び覚ましそうで、瞬間びくっと震えたら、また彼は慌てたように手を引っ込めた。

「ごめん、触られるの嫌いだったね。触らないから、安心して」

 少し困ったようにそう言った青年の顔を知っているような気もするのだが、なんだか本当によく分からない。

「なんで……?」

 どうしてこの人は俺が触られる事が嫌いな事を知っているのだろう? ナダールに聞いたのだろうか? それにしてもナダールがいない、彼は一体何処へ行ってしまったのだろう?

「ナダールに会いたい。ナダール、どこ?」
「夜には帰ってくるよ、大丈夫。ナダールさんは絶対グノーの所に帰ってくるから泣かないで。それよりお腹すかない? ご飯あるよ、食べる?」

 そんな事を言われてもナダールが居なければ食欲だって湧きはしない。
 彼がいないと不安で悲しくて、泣けて泣けて仕方がない。

「そっか、やっぱりナダールさんいないと泣けちゃうんだね。でも、ナダールさん心配してたよ、最近また痩せちゃったもんね。僕、ナダールさんからちゃんと食べさせといてって頼まれてるから、食べてくれたら嬉しいなぁ」
「……ナダールが?」
「うん、こんなに痩せちゃって凄く心配してた。僕も驚いたよ」

 見れば自分の腕はずいぶん細くなっていて、なんでそうなっているのかも分からず、また悲しくなった。
 ナダールはいつも俺が細すぎると言っては心配ばかりしている、だったら少しでも食べておいた方がいいのかと思い直したグノーは、小さく「食べる」と頷いた。
 アジェと名乗った青年はぱっと表情を明るくして「じゃあ、ご飯持ってくるね」と部屋を出て行った。
 彼は一体誰だっただろう? 記憶のどこかにその姿はあるような気がするのだが、はっきりと思い出せずに息を吐いた。
 ふと寝台横の机に目をやると、何か見覚えのあるおもちゃが置いてあった。これは……と思い、手を伸ばしてそれを手に取りしげしげと眺めると、やはりそれは自分が昔作ったからくり人形で、なんでこれがここにあるのか分からない俺は首を傾げる。
 ずいぶん昔に無くしたと思っていた物だ、それを手持ち無沙汰に弄っていると、ノックの音と共に食事のトレーを持ったアジェが笑顔で部屋に戻って来た。

「お待たせ。あ、それ、覚えてる?」
「これ、俺の……」
「うん、そう。クロードさんが貸してくれた」
「クロード?」

 知らない名前が出てきて混乱する。

「あ、ごめん。無理に思い出そうとしなくていいよ。でもそれ、グノーが作った物だって事は分かるんだよね?」

 それは確かにその通りだったので黙って頷く。

「それね、昔グノーがその人にあげたんだって。その人、これ凄く凄く大事にしててね、だけどグノーの調子が悪いって言ったら、少しでも役に立てればって、貸してくれたんだ」

「僕も前に貰ったんだけど、どこかにいっちゃって……」と、彼はごめんねと頭を下げるのだが、その姿は本当に心から悲しんでいるのが伝わって「だったら今度、新しいの作ってやるよ」と思わず言葉がついて出た。

「え、本当?!」

 笑顔を見せる彼は本当に嬉しそうで、何故だか自分はこの笑顔を知っていると確信した。

「でも、その前に体力回復の方が先だよね。ご飯食べよっか」

 そう言って彼は俺の前に食事を差し出した。
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