運命に花束を

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運命に花束を②

運命の一回戦③

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 家に帰り着き、今日あった事を反芻しつつぼんやり過していると、ふいにグノーに名前を呼ばれ振り向いたら唇を奪われた。

「んっ……突然何を……」
「ご褒美、欲しいって言ったのお前だぞ」

 ぶっきら棒にそう言うグノーの頬は微かに赤らみ、それが照れ隠しなのだとすぐに分かるのだが、こんな不意打ちは少々ずるい。

「もっと普通にキスしてくれたら良くないですか? 堪能する暇もありませんでしたよ。私はおかわりを要求します」
「馬~鹿。俺のキスは安かないんだよ、そんなに何度もできるか! おかわりが欲しかったら次も勝て」
「次……次の試合、私、本当に勝てると思いますか?」
「ん? 何を弱気になってやがる、クロードがいて、エディがいて、黒の騎士団がいる、しかも俺まで手伝ってやろうって言ってんのに負ける訳ないだろう」
「あなたはまだ決定じゃないでしょう?」
「ああん? 俺が素人相手に負けるとでも思ってんのか?」
「そうは思いませんが、やはりその足は心配ですよ」

 ナダールの言葉にグノーは片眉を上げて「平気だよ」と、そう断言する。

「俺の手先の器用さ舐めんなよ。明後日までに完璧に調整して、完璧な試合を見せてやんよ!」

 そんな自信満々の言葉にナダールは苦笑する。どこか自信を持ちきれない自分と、いつでも自信満々なグノー、凹凸がぴたりと嵌ってなんだか可笑しい。

「笑ってんな、ナダール。まぁ、お前が勝っても負けても俺は正直どっちでもいいんだから、肩の力は抜いていけ」
「でも、どうせなら勝った方が嬉しいのでしょう?」
「それは当たり前! 勝負事は勝つことに意義がある。自分だったら絶対勝つ」
「ふふ、あなたのそういうぶれない所、好きですよ」

 グノーの腰を抱き寄せ口付ける。
 少しくすぐったそうな表情のグノーは「俺にも何かご褒美用意してもらわないとな」と、綺麗な笑みを見せた。



 3日目、宣言通りグノーは事もなさげに一般参加の優勝を果たした。相手が容姿に騙され侮った結果でもあり、もちろんグノーの実力でもある。

「さすがですね、相変わらずのお手並みで」
「それ程でもあるさ!」

 グノーは上機嫌だ。
 元々暴れん坊気質のグノーである、最近が大人しすぎただけで勝負事にはやはり強かった。

「足、大丈夫ですか?」
「ん~多少違和感はあるけど、かなり使い勝手はいいな。やっぱり部品がいいと違うなぁ」

 今回この一般参加の部を完全勝利で迎えたかったグノーは、義足に更なる改良を加えていた。
 ムソンは他所(よそ)の街とは隔絶した隠れ里だったので、今まで細かな部品で手に入らない物は自作でまかなっていたのだが、それを今回丈夫な部品に変えて調整には時間がかかったが、どうやら満足のいく仕上がりになっているようだ。

「ナダールさ~ん」

 遠くから呼ばれ振り返ると、キースがぶんぶんと大きく手を振って駆けて来た。息を切らして駆け寄って来た彼は開口一番興奮したように「奥さん凄いですね!」と目を輝かせた。

「美人で強いって最高じゃないですか! 白面の騎士の再来かって皆大盛り上がりですよ! 女にしとくの惜しいです、男だったら是非騎士団にって誘ってる所ですよ」

 『白面の騎士』とは何ぞや? と首を傾げつつ、キースの賛辞は素直に受け取り、ナダールとグノーは笑みを見せる。だが、腕に抱いた娘はきょとんとした表情で「ママは女の人じゃないよ?」とそう言った。

「え?」

 キースは鳩が豆鉄砲を喰らったような表情だ。

「あぁ、はは。まぁ、そうですね。グノーは女性ではありません。れっきとした男性です」
「え? でも子供……」
「キース君はαですよね。だったら分かると思うのですが、彼はΩ、男性Ωなんですよ」
「え? そうなんだ、2人共匂いしないからてっきりβなのかと思ってました。ナダールさんもαだったんですね。それに男のΩなんて初めて見た」
「……気持ち悪い?」

 グノーは微かに瞳を伏せる。
 Ωの差別はどこにでもある、特に子供を生めないはずの男性が子を孕む「男性Ω」は一般的には忌避されがちで、それを分かっているグノーは少し怯えているのだ。

「あ……ごめんなさい、変な意味じゃないですよ、どちらにしても強くて格好いいのは変わりません!」

 キースはにっこり笑う。
 彼は気持ちのいい少年だ、そんな差別をするような人間ではないと思っていたが、その笑顔にほっとした。

「それよりキース君惜しかったですね、一回戦あと少しだったのに」
「そう! 本当そうだよ!!」

 グノーの試合の前、別の会場でキースの試合があったのだ。
 彼もかなり健闘したのだが、あともう少しという所で二人がかりの急襲にあい、あえなく敗退したのだ。

「本当に悔しくて悔しくて、この恨みどこで晴らそうかと思っていたところですよ!」
「キース君、二回戦、もし良かったら私の所へ来ませんか? 恨みが晴らせるかどうかは分かりませんが、頑張りますから」
「え? う~ん、どうしようかな……友達からも声かかってるんですよねぇ」
「お願いします! 人数足りるか微妙な所で、このままだと私、不戦敗になりかねないんです!」
「そっか……うん、分かった」

 キースはにっこり笑って快諾してくれた。
 ついでにまだ行き先を決めかねている友達も誘ってみるよ、と彼は笑顔で手を振り去って行く。その姿を見送って、なんとか10人は確保できたかも……とナダールは胸を撫で下ろした。



 大会3日目の夕方、すべての試合が終わったあと二回戦の準備が行われる事になっており、すべての騎士は城門前に集められていた。

「やはり全員揃うと壮観ですね」

 陽がもう落ちようとしている夕暮れ時、何をしているかと言えば今から騎士達は自分達の大将を決めて、その上で試合の組み分けを行うのだ。

「本当に10人集まらなかったらどうしましょう……」
「今、9人でしたっけ?」

 キースに笑われナダールは凹む。
 キースは友人を連れてナダールの元へ戻って来てくれたのだが、声をかけたのが最終日のかなり遅い時間であった事もあり、その時点で自分の行き先を決めていない者は少なかった。
 キースは行き先を決めあぐねていた友人を1人引っ張って来てくれたのだが、現在人数は総勢9人だ。

「それではそれぞれ大将の元に集合」

 合図と共に周りの騎士達はばらばらとそれぞれの大将の元へと散って行く。

「ところでうちの他の人達は?」
「そのうち来てくれると思いますよ。あ、来ました……けど」

 ナダールは少し眉間に皺を寄せる。
 視線の先には怪しい覆面集団、周りの騎士達もなんだこいつ等という顔で彼等を遠巻きにしている。

「え……あれですか?」

 キースもさすがにその覆面集団にはどん引きで言葉をなくし、ナダールはもはや渇いた笑いを漏らすしかない。
 クロードとエディが覆面なのはこの際仕方がないとして、何故かムソンの面々も同じような覆面で統一されており、その集団はまさに異様としか言いようがない。

「ちょっとカズイ! なんであなた方まで覆面してるんですか!!」
「いや、俺達みんな黒髪だろ? 1人くらいなら別にいいんだが、4人も集まるとさすがに目立ってなぁ、それならいっそ向こうに揃えるかと話が纏まった」
「別の意味で凄く目立ってますよ!!」

 それはもう悪目立ちという域を超えていて、あまりにも異様な光景に誰もがこちらを遠巻きにするばかりで誰も寄って来てくれない。

「しかもグノーまでなんで覆面ですか!」
「だって試合のあとからなんか変なのが付いて来るんだよ。気のせいかもしれないけど、ちょっと気味悪くて」

 それはクロード親衛隊の残党だった。
 グノーやナダールは知らぬことだが、彼等はクロードを一方的に信奉する厄介な集団、そして元来ストーカー気質な者が多かった。
 クロード親衛隊にとってクロードは神にも近い絶対の存在だったのだが、そんな彼が出奔して意気消沈していた所にぱっと現れた見目麗しい麗人に彼等は心を奪われたのだ。だが、そんな事は露とも知らないグノーは気味が悪いとそう言った。

「こんな色物集団、他に誰が来てくれるって言うんですか!!」

 ナダールが手で顔を覆って嘆いていると「あ、あの……すみません」と脇から小さな声がかかる。
 「え?」とナダール言う所の色物集団が振り返ると、一斉に注目された声の主はびくっと身を震わせた。

「あ、あの……ここナダール・デルクマンさんの所、ですよね?」

 少年はそれでも精一杯声を上げるのだが、その言葉尻はだんだんと小さくなっていき、仕舞いには涙目で後ずさった。
 それもそうだろう、異様な覆面集団に上から見下ろされるように威圧されたら誰でもそうなる。

「すみません、やっぱり僕じゃ……」

 少年は泣いてしまいそうだ。

「待って、ちょっと待ってください! 君、あの時の! 一回戦の時の子ですよね!?」

 その少年は一回戦で石を抱えて攻撃してきたあの少年だった。

「怪我はありませんでしたか?」
「あ、はい、大丈夫です。あの時はすみませんでした」

 少年は勢いよく頭を下げる。

「いいえ、あなたは何も間違った事はしていませんよ。ちゃんとルールに則って戦ったのですから、頭を下げる必要などありません」

 にっこり笑ってそう言うと、少年はほっとした様子で微かに笑みを見せる。

「ところで君、私の所に仲間になりに来てくれたんですよね!」
「えぇ、まぁ……でも僕なんかお呼びじゃないかな……って」

 相変わらず覆面集団からの視線に晒されている少年の語尾は小さい。

「そんな事ないです! 本当に凄く助かります!! っていうか助けてください、人数足りないんです!」

 ナダールの懇願に少年は戸惑いを見せる。

「入ってやってくれよ、あと1人なんだ。お前が入ればちょうど10人だ」

 ナダールの後ろに隠れるように立っていたキースが、ひょっこり顔を覗かせそう言うと、少年はあからさまにほっとしたような表情を見せた。
 自分と同じ年頃の普通の人もいると安堵したのか、少年はそういう事ならと小さく頷いて「入ります」と言ってくれた。

「やった! これで不戦敗はなくなりました!!」

 ナダールとキースが手を取り合って小躍りで喜んでいると、「なんだ、人数足りたのか」と少年の背後からぬっと大柄な男が現れた。
 その男の姿を見て青褪めた少年は小さく悲鳴を上げてナダールの背後へと逃げ込む。

「あなたは……」
「お前新入りだって言ってたからな、仲間連れて来てやったぜ。俺を負かしたあんたが人数足りなくて不戦敗なんて事になったら、俺の腹の虫が治まらねぇ」

 それは一回戦最後に戦った男、スタール・ダントンだった。彼は「ありがたく思え」と豪快に笑う。

「ありがとうございます、皆さんよろしくお願いします」

 スタールが連れてきたのは15人程で、人数は一気に倍以上に膨れ上がったのだが、それでも周りを見渡せば配下の数は圧倒的に少なくて、まぁこの人数じゃ勝つのは無理かもなとスタールは思っていたのだが、そこは黙ってできたばかりの仲間を見やる。

「それにしても、ここは変なのと子供しかいないのか?」

 呆れたようにそう言われ、ナダールは否定も肯定もできず苦笑った。

「俺は顔もろくすっぽ見せられないような奴は嫌いなんだがな?」

 スタールは胡乱な瞳で覆面集団を見やる。

「まぁ、そう言うなよ。あんたら第3騎士団の奴等だろ?」

 すっと覆面の1人が前に出る。

「あ? お前誰だよ?」
「俺だよ、俺。忘れたか?」

 言ってエドワードは派手な金色の髪は隠したままスタール達の前で顔を晒す。

「なっ! お前いたのかよ! 最近姿見かけねぇから、もういないのかと思ってたのに!」

 エドワードは「残念だったな」とにやりと笑った。
 第3騎士団はエドワードがここイリヤにいた頃放り込まれた場所で、彼等は彼の顔を見知っていたのだ。
 エドワードは過去、何度か彼等を相手に大立ち回りをした事があり、その際に散々に打ち負かされた経験のある彼等はその顔に苦虫を噛み潰した表情を見せた。

「お前なんなんだよっ、お前がこんな所で配下に下ってるのはおかしいだろ! しかもその覆面どういうつもりだ!」
「こっちにも色々事情があんだよ」
「2人はお知り合いですか?」

 首を傾げるナダールに、スタールは逆に「お前こそあいつの知り合いなのか!」と怒鳴る。

「エディ君は私の従兄弟ですよ」
「……どうりでムカつく顔だと思ったわけだよ」

 そう言ってスタールは眉間に皺を刻んだ。
 ナダールとエドワードの2人は第一印象こそ違うのだが、顔の造作をよくよく眺めて見れば似通っている所が幾つもある。
 派手な金髪、碧い瞳、すらりとした長身に整った顔立ち。いつもにこにこしているナダールと始終仏頂面のエドワードは似ていないようでいて、よく似ている。

「俺は人選を誤ったみてぇだ……」
「え?」

 スタールがそう零す傍ら、ナダールはにこにこしていて力が抜ける。
 どの道決めてしまったものはもう仕方がないとスタールは溜息を吐き、自分達は来なくても大丈夫だったかなとカズイは嬉しそうに瞳を細めた。
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