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運命に花束を②
運命の一回戦②
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「とりあえず一回戦突破だな」
今日は試合だけで仕事は終了のナダールは「疲れました」と笑みを零し、グノーも「ご苦労さま」と彼をねぎらう。
「でもこれで役職無しは無くなりましたのでほっとしましたよ」
「言っても次負けたら班長止まりだろ? どうせならもっと上を目指せ」
「それは一応そのつもりですけど、二回戦、私、物凄く不利なんですよねぇ……」
溜息を零しつつそう言うとグノーも苦笑しながら「団体戦だっけ?」と首を傾げた。
「そうなんですよ、二回戦はこの一回戦で負けた人達を率いて戦う訳なのですが、負けた方々は自分の付きたい大将は自分で選べるんですよ。そもそも私に付きたいなんて殊勝な人がこの国に一体何人いるって言うんですか……知り合いだってほとんどいないのに」
「でも少数精鋭って言葉もあるじゃん?」
「そもそもその少数が集まるかどうかなんですよ、最低10人集まらないと失格らしいですよ」
「10人か……」
「10人なんです」
なにせ試合よりも試合に参加できるかどうかの方が大問題だ。
そしてもし10人集まったとしても、その即席の仲間をどうやって纏め上げるか、問題は山積みだ。
「その試合、私参加させていただきますよ」
突然声をかけられ振り返ると、そこにはフードを被った男が2人。
「え? 誰?」
「御無沙汰しております」
そう言って一人の男が頭を下げた。
フードの男は2人共αでその匂いに嗅ぎ覚えのあるナダールは笑みを零す。
「クロー……」
言いかけた名を「しっ!」と手で塞がれ「ここでは話もできませんので」と誘われるままナダール達はある屋敷に連れて行かれた。
「ここは?」
「私のイリヤでの住まいです」
見上げた屋敷はとても大きく、少し驚いてしまう。
そういえばクロードは貴族の出だと聞いた事がある。メリアの王子であるグノーと幼少の頃に面識があるくらいだ、よほど出自のいい家柄だという事はなんとなく分かっていたが、さすがにこれは想像していなかった。
「おっきいおうち、お城みたい」
子供達は目をキラキラさせてその辺を駆け回り始める。
「あ、こら駄目ですよ」
ナダールが慌てて子供達を捕まえようとすると、クロードが「大丈夫です」と頷いて背後を見やる。いつの間に控えていたのか執事と思われる老齢の男とメイドが幾人かそこには立っていて、メイド達は何も言わずとも分かっているとばかりに子供達の相手をしてくれた。
「クロード、イリヤに戻ったのか?」
グノーが親しげにそう声をかけるとフードを外したクロードが少し困ったような顔で微笑んだ。
「改めまして、お久しぶりです。イリヤに戻った訳ではありませんよ、今回はちょっと野暮用です」
クロードが丁寧に頭を下げそんな事を言うので、首を傾げると、彼はまた微かに微笑んだ。
昔に比べて彼はよく笑うようになったと思う、数年前までは無表情で人形のような男だったのだが、最近の彼は容姿の美しさはそのままにずいぶん人間らしくなったと思う。
「ところで先程の話ですが、試合に出てくれるとはどういう事ですか?」
「あぁ、そうでしたね。そのままの意味ですよ、私はあなたの配下として二回戦目を一緒に戦います」
そう言ってクロードは事の経緯を語ってくれた。
三年に一度の武闘会が今年だという事をクロードも理解はしていたのだが、イリヤを飛び出し騎士団も辞めたつもりでいたクロードはこの武闘会に参加するつもりはさらさらなかったのだと言う。
騎士団長は二回に一回の出場でいい為、最後にクロードが参加したのは6年前、それこそあの運命の事件があった直前だった。その6年前の武闘会で騎士団長になったクロードはその後騎士団長としての仕事をほとんどこなさないままここイリヤを出奔しており、その事を国王陛下に叱られたのだそうだ。
「騎士団長という肩書きは本当に名ばかりで、実質第一騎士団を回していたのは3人の副騎士団長です、私の籍などもうとっくに抹消されていると思っていたのに、お前は騎士団長の最後の仕事として後釜くらいは据えていくべきだ、とそう陛下に言われてしまったのです」
「後釜……え?」
「私はあなたを騎士団長にすべくお手伝いをさせていただきます」
役職付きとは言われたが、まさかそんな一足飛びに騎士団長などと考えていなかったナダールは青褪める。
「ちょ……待ってください! 私まだファルスに越してきたばかりで右も左も分からないのですよ!?」
「そうは言ってもお手伝いできるのは二回戦だけです、三回戦は個人戦なので私には何もできません。ただ、二回戦を勝ち上がるのは本当に難しいのです、それのお手伝いを私はさせていただきたいのです」
「確かに二回戦、仲間の人数10人が集まるか不安だったので、参加してもらえればとても助かりますけど、私に騎士団長なんて……」
「陛下は負けたら負けた時だ、とも言っていました。陛下自身別にあなたを騎士団長にと思っている訳ではないと思いますよ、一人でも優秀な人間を上に立たせようとしているだけです。現状あなたには仲間が不足している、私はその穴埋めです」
「あ……そんな感じなんですね、それなら良かった」
思わずほっと安堵の息が零れる。
「ナダール、何あからさまにほっとした顔してんだ、どうせやるなら騎士団長目指します! くらい言えよなぁ」
「いやいや、さすがにそれは無いですよ。自分の分くらいわきまえています」
グノーの叱咤に苦笑いを浮かべて言うと、クロードも非常に真面目な顔で「ただし、負けたら戻ってこいと言われているので、二回戦絶対負けるわけにはまいりません、覚悟しておいてください」と、告げられてしまった。
「とすると分団長までは確約って事か。まぁ妥当な所ではあるけれど……」
言ってグノーはちらりとこちらを見やった。
「なんですか?」
「俺、負けるのって嫌いなんだよなぁ……」
「知ってますよ! 知ってますけど、それとこれとは話しが別ですからね。それにそもそもあなたは私が陛下の下で働く事には反対していたじゃないですか」
「それこそ、これとそれとじゃ話が別だな、お前は格好いい勇姿を子供達に見せたいとは思わないのか? 負けてへらへらしてるパパを子供達がどう思うか考えた事あるか?」
「それは……」
にっこり笑って詰め寄ってくるグノーにナダールは狼狽える。
「この鬼嫁、やめておけ。実際親父の下で働くなんて碌なもんじゃない、出世なんてしただけ面倒だぞ」
ずっとだんまりを決め込んでいたもう一人の男、エドワード・ラングが溜息を吐きつつそう言って、フードを外した。
ナダールと同じ金色の髪がふわりと零れ落ちる。
「エディ君は一ヶ月ぶりくらいですね、今回はアジェ君は一緒じゃないんですか?」
「アジェはルーンに置いてきた。そもそも長居をするつもりもなかったし、こいつが親父に言いくるめられて困ってる姿が容易に想像できたから付いてきただけだ。ってか、あれほどやめておけと言っておいたのに、あんたは親父の面倒臭さを知らなさすぎる!」
ひと月程前、隣国ランティスの首都メルクードで久しぶりの再会を果たした際、散々ブラックの下で働くのを反対していたエドワードは苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。
「お前はいつ会ってもアジェがいないと怒ってるな、そのうち血管切れるぞ」
「俺は怒ってるんじゃない、心配してやってるんだ! お前等あいつの人使いの荒さ知らねぇのか!?」
「あ~……それは……」
そんな事は薄々分かり始めているナダールと、そもそも昔から知っているグノーは顔を合わせて苦笑した。
「毎度毎回無理難題吹っ掛けてきやがって、あのクソ親父!!」
「今回の事以外にも何かあったんですか?」
首を傾げてそう問えば、クロードはまた少し困ったような笑みを見せる。
「つい先日、ルーン近くの川に方法はどうでもいいから、川の流れを変えて橋をかけろと命令が……別に無視してもいいのかもしれませんが、そこに橋が架かると交通の便が格段に良くなるのも見れば分かるので、一概に無視もできず……」
「あ~俺その計画書見たわ。橋の設計図、あれ駄目だったぞ」
「くっそ、知らねぇっての! 橋なんてどうかけろってんだ! ってか、無駄な事業じゃない事は分かるんだよ! でも方法はどうでもいいってなんだよ、土地の利権やら職人の手配、企画・運営丸投げかよ!」
エドワードはわなわなと拳を握って怒鳴り散らす。
「まぁ、それだけ信用されているという事なのでは?」
「あいつの信用なんていらねぇ」
彼は盛大に溜息を吐いて言い切った。クロードはそれを見てまた苦笑している。
「話がそれてしまいましたね、まぁ、そんな訳で、私二回戦目あなたと一緒に戦わせていただきます」
「俺も出るぞ、俺も一時とは言え騎士団には所属していたから、その資格はある。正直親父の思惑に乗るのは癪だが、現状クロードがルーンからいなくなるのも困る」
「あなた方もなんだかんだで仲がいいですよねぇ」
「不本意だが……」
「不本意ってなんですか、失礼ですね!」
全くそりの合わなさそうな2人なのだが、なんだかんだで上手くやっているのが見て取れて笑ってしまう。
「助かります、正直人数集まる自信がなかったので、これで2人は確保です」
「いや、3人だろ?」
グノーの言葉に驚いてその顔を見やれば「俺も出る」と彼は言った。
「え? でも騎士団員以外の人の出場は原則禁止で……」
「ルールブック、ちゃんと読んだか? 一般参加の優勝者は二回戦大将としては出られないけど、配下としてなら出場権を与えられる。俺が一般人相手に負けると思うか?」
「一般参加の方は全く未チェックでした、それはとても助かります!」
「ちなみに俺とクロードはここイリヤでは少しばかり顔が売れすぎてる、顔は隠して参加させて貰う」
「顔を隠して? 覆面という事ですか? それは果たして大丈夫なのでしょうか?」
本来ならここにいるはずのない2人だ、それは致し方ないのかもしれないがそれでも少し不安を隠せない。
「クロードが配下に下ってるなんて知れたら、親衛隊の奴等が何しでかすか分かったもんじゃないからな……それに比べたら覆面参加くらいどうって事ないだろ」
「そういえば親衛隊ってなんですか? 同僚の少年に聞きましたけど、一体どういったものなのです?」
「知らなくてもいい、とりあえず面倒くさい奴等の集団だ、とだけ言っておく」
言葉を濁され、エディ君がそう言うのなら、まぁいいかと頷いた。
「これで3人確保です。あと7人……」
「ふん、まだいるぞ。おい、お前等どうせその辺で聞いてるんだろ、出て来い」
エディが声をかけると、天井の隅からひらりとふられた手。
なんだかこのシチュエーションには覚えがある。
「来てたんですね、お久しぶりです」
「あぁ、元気そうで何よりだ」
言って現れたのは、ムソンの民でここ数年一緒に働いていた男、カズイだった。
まだムソンを出てそんなに経っているわけでもないのに、ずいぶん久しぶりな気がしてしまう。
「あれ? ルーク君も?」
「旦那! グノーさんもお久しぶりっす!」
いつも元気なムソンの民、ルークは相変わらず元気だった。
「2人でまた仕事ですか?」
「仕事と言えば仕事だな。この武闘会、騎士団員は全員参加なんだ、もちろん俺達も全員強制参加だ」
「黒の騎士団……ですか?」
全身黒尽くめの彼等ムソンの民はブラック国王陛下指揮の下、諜報を生業とする裏の騎士達だ、武闘には精通しておらず、こんな大会に参加などしていると思っていなかったので驚いた。
「そうだ、とは言ってもやはり裏方だがな」
そう言ってカズイは事の説明をしてくれる。
元々この武闘会はブラックの兄が発案して二十数年前に始まり、試合をブラック以下ムソンの民が判定して団員を振り分け纏め上げているのだとカズイは教えてくれた。
ムソンの民は諜報の仕事を主としているので、そんな仕事もするのかと驚きを隠せない。
「元々黒の騎士団はブラック国王陛下直属の部隊だからな、命があれば何でもやるし、この大会ももちろん強制参加だ」
「でもこれ三年に一度ですよね? 私、三年前参加してないですよ?」
「お前は言っても正式メンバーじゃなかったし、覚えていないかもしれないが三年前はちょうどこの武闘会の時期が長男の出産に重なって、お前は仕事を控えていたから声がかからなかったんだよ」
そう言われれば確かに長男ユリウスの生まれた頃、村は何かとばたばたしていたような気もする。
「それではあなた達は試合の方ではなく、審査する側での参加なんですね」
「まぁ、そうだな」
本来はな、とカズイは続ける。
「二回戦、俺達もお前の配下につく」
「え?」
「友人が困っているのに放っておけないだろう? 俺達にだってその資格はあるんだから」
「いいんですか? それともこれも国王陛下の命令ですか?」
「命令じゃないっすよぉ~」
ルークはけらけらと笑った。
「おいらとカズイ兄さんで参加者募ったら、サクヤとカズサ姉さんが手を上げたんだけど、4人も抜けたら誰が審査するんだ! って、ボス困ってましたもん」
ルークは心底可笑しいという顔で笑い、エドワードも「いい気味だ」と笑う。
「これで7人、あと3人だな。3人くらいなんとかなるだろう?」
「えっと……たぶん恐らくは」
「歯切れが悪いな」
カズイは苦笑する。
「いや、だって本当にほとんど知り合いいないんですよ。試合を見ていて私の所に1人でも2人でも来てくれたら嬉しいですけど、そんなに上手くいくのか全く分かりません」
「そのくらい何とかなるだろ」とグノーは言うが、本当に大丈夫なのかと不安は隠せない。
恐らくエドワードやクロードが一声かければ人は集まるだろう、だがそれでは駄目だとナダールは分かっていた。そんなおんぶに抱っこな状態で勝って役職を手に入れたとしても、下は自分に付いてこない、それが分かってしまうのだ。
二回戦目はもう一回戦が終わった時点から、いやむしろ一回戦時点から始まっていたのだ、人を惹きつける力、纏め上げる力、そういう物が試されているのだと気が付いてしまった。
だから一回戦目は勇猛に戦うのだ、人目を惹いて自分の力を誇示して他者を誘う。果たしてそれが自分に出来ていたかと問われると言葉に詰まる、そんな事に気付くのも遅すぎた。
「ま、なんとかなるさ」
グノーは笑って背を叩いたが、どうにも不安を隠せないナダールは曖昧に微笑んだ。
今日は試合だけで仕事は終了のナダールは「疲れました」と笑みを零し、グノーも「ご苦労さま」と彼をねぎらう。
「でもこれで役職無しは無くなりましたのでほっとしましたよ」
「言っても次負けたら班長止まりだろ? どうせならもっと上を目指せ」
「それは一応そのつもりですけど、二回戦、私、物凄く不利なんですよねぇ……」
溜息を零しつつそう言うとグノーも苦笑しながら「団体戦だっけ?」と首を傾げた。
「そうなんですよ、二回戦はこの一回戦で負けた人達を率いて戦う訳なのですが、負けた方々は自分の付きたい大将は自分で選べるんですよ。そもそも私に付きたいなんて殊勝な人がこの国に一体何人いるって言うんですか……知り合いだってほとんどいないのに」
「でも少数精鋭って言葉もあるじゃん?」
「そもそもその少数が集まるかどうかなんですよ、最低10人集まらないと失格らしいですよ」
「10人か……」
「10人なんです」
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そしてもし10人集まったとしても、その即席の仲間をどうやって纏め上げるか、問題は山積みだ。
「その試合、私参加させていただきますよ」
突然声をかけられ振り返ると、そこにはフードを被った男が2人。
「え? 誰?」
「御無沙汰しております」
そう言って一人の男が頭を下げた。
フードの男は2人共αでその匂いに嗅ぎ覚えのあるナダールは笑みを零す。
「クロー……」
言いかけた名を「しっ!」と手で塞がれ「ここでは話もできませんので」と誘われるままナダール達はある屋敷に連れて行かれた。
「ここは?」
「私のイリヤでの住まいです」
見上げた屋敷はとても大きく、少し驚いてしまう。
そういえばクロードは貴族の出だと聞いた事がある。メリアの王子であるグノーと幼少の頃に面識があるくらいだ、よほど出自のいい家柄だという事はなんとなく分かっていたが、さすがにこれは想像していなかった。
「おっきいおうち、お城みたい」
子供達は目をキラキラさせてその辺を駆け回り始める。
「あ、こら駄目ですよ」
ナダールが慌てて子供達を捕まえようとすると、クロードが「大丈夫です」と頷いて背後を見やる。いつの間に控えていたのか執事と思われる老齢の男とメイドが幾人かそこには立っていて、メイド達は何も言わずとも分かっているとばかりに子供達の相手をしてくれた。
「クロード、イリヤに戻ったのか?」
グノーが親しげにそう声をかけるとフードを外したクロードが少し困ったような顔で微笑んだ。
「改めまして、お久しぶりです。イリヤに戻った訳ではありませんよ、今回はちょっと野暮用です」
クロードが丁寧に頭を下げそんな事を言うので、首を傾げると、彼はまた微かに微笑んだ。
昔に比べて彼はよく笑うようになったと思う、数年前までは無表情で人形のような男だったのだが、最近の彼は容姿の美しさはそのままにずいぶん人間らしくなったと思う。
「ところで先程の話ですが、試合に出てくれるとはどういう事ですか?」
「あぁ、そうでしたね。そのままの意味ですよ、私はあなたの配下として二回戦目を一緒に戦います」
そう言ってクロードは事の経緯を語ってくれた。
三年に一度の武闘会が今年だという事をクロードも理解はしていたのだが、イリヤを飛び出し騎士団も辞めたつもりでいたクロードはこの武闘会に参加するつもりはさらさらなかったのだと言う。
騎士団長は二回に一回の出場でいい為、最後にクロードが参加したのは6年前、それこそあの運命の事件があった直前だった。その6年前の武闘会で騎士団長になったクロードはその後騎士団長としての仕事をほとんどこなさないままここイリヤを出奔しており、その事を国王陛下に叱られたのだそうだ。
「騎士団長という肩書きは本当に名ばかりで、実質第一騎士団を回していたのは3人の副騎士団長です、私の籍などもうとっくに抹消されていると思っていたのに、お前は騎士団長の最後の仕事として後釜くらいは据えていくべきだ、とそう陛下に言われてしまったのです」
「後釜……え?」
「私はあなたを騎士団長にすべくお手伝いをさせていただきます」
役職付きとは言われたが、まさかそんな一足飛びに騎士団長などと考えていなかったナダールは青褪める。
「ちょ……待ってください! 私まだファルスに越してきたばかりで右も左も分からないのですよ!?」
「そうは言ってもお手伝いできるのは二回戦だけです、三回戦は個人戦なので私には何もできません。ただ、二回戦を勝ち上がるのは本当に難しいのです、それのお手伝いを私はさせていただきたいのです」
「確かに二回戦、仲間の人数10人が集まるか不安だったので、参加してもらえればとても助かりますけど、私に騎士団長なんて……」
「陛下は負けたら負けた時だ、とも言っていました。陛下自身別にあなたを騎士団長にと思っている訳ではないと思いますよ、一人でも優秀な人間を上に立たせようとしているだけです。現状あなたには仲間が不足している、私はその穴埋めです」
「あ……そんな感じなんですね、それなら良かった」
思わずほっと安堵の息が零れる。
「ナダール、何あからさまにほっとした顔してんだ、どうせやるなら騎士団長目指します! くらい言えよなぁ」
「いやいや、さすがにそれは無いですよ。自分の分くらいわきまえています」
グノーの叱咤に苦笑いを浮かべて言うと、クロードも非常に真面目な顔で「ただし、負けたら戻ってこいと言われているので、二回戦絶対負けるわけにはまいりません、覚悟しておいてください」と、告げられてしまった。
「とすると分団長までは確約って事か。まぁ妥当な所ではあるけれど……」
言ってグノーはちらりとこちらを見やった。
「なんですか?」
「俺、負けるのって嫌いなんだよなぁ……」
「知ってますよ! 知ってますけど、それとこれとは話しが別ですからね。それにそもそもあなたは私が陛下の下で働く事には反対していたじゃないですか」
「それこそ、これとそれとじゃ話が別だな、お前は格好いい勇姿を子供達に見せたいとは思わないのか? 負けてへらへらしてるパパを子供達がどう思うか考えた事あるか?」
「それは……」
にっこり笑って詰め寄ってくるグノーにナダールは狼狽える。
「この鬼嫁、やめておけ。実際親父の下で働くなんて碌なもんじゃない、出世なんてしただけ面倒だぞ」
ずっとだんまりを決め込んでいたもう一人の男、エドワード・ラングが溜息を吐きつつそう言って、フードを外した。
ナダールと同じ金色の髪がふわりと零れ落ちる。
「エディ君は一ヶ月ぶりくらいですね、今回はアジェ君は一緒じゃないんですか?」
「アジェはルーンに置いてきた。そもそも長居をするつもりもなかったし、こいつが親父に言いくるめられて困ってる姿が容易に想像できたから付いてきただけだ。ってか、あれほどやめておけと言っておいたのに、あんたは親父の面倒臭さを知らなさすぎる!」
ひと月程前、隣国ランティスの首都メルクードで久しぶりの再会を果たした際、散々ブラックの下で働くのを反対していたエドワードは苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。
「お前はいつ会ってもアジェがいないと怒ってるな、そのうち血管切れるぞ」
「俺は怒ってるんじゃない、心配してやってるんだ! お前等あいつの人使いの荒さ知らねぇのか!?」
「あ~……それは……」
そんな事は薄々分かり始めているナダールと、そもそも昔から知っているグノーは顔を合わせて苦笑した。
「毎度毎回無理難題吹っ掛けてきやがって、あのクソ親父!!」
「今回の事以外にも何かあったんですか?」
首を傾げてそう問えば、クロードはまた少し困ったような笑みを見せる。
「つい先日、ルーン近くの川に方法はどうでもいいから、川の流れを変えて橋をかけろと命令が……別に無視してもいいのかもしれませんが、そこに橋が架かると交通の便が格段に良くなるのも見れば分かるので、一概に無視もできず……」
「あ~俺その計画書見たわ。橋の設計図、あれ駄目だったぞ」
「くっそ、知らねぇっての! 橋なんてどうかけろってんだ! ってか、無駄な事業じゃない事は分かるんだよ! でも方法はどうでもいいってなんだよ、土地の利権やら職人の手配、企画・運営丸投げかよ!」
エドワードはわなわなと拳を握って怒鳴り散らす。
「まぁ、それだけ信用されているという事なのでは?」
「あいつの信用なんていらねぇ」
彼は盛大に溜息を吐いて言い切った。クロードはそれを見てまた苦笑している。
「話がそれてしまいましたね、まぁ、そんな訳で、私二回戦目あなたと一緒に戦わせていただきます」
「俺も出るぞ、俺も一時とは言え騎士団には所属していたから、その資格はある。正直親父の思惑に乗るのは癪だが、現状クロードがルーンからいなくなるのも困る」
「あなた方もなんだかんだで仲がいいですよねぇ」
「不本意だが……」
「不本意ってなんですか、失礼ですね!」
全くそりの合わなさそうな2人なのだが、なんだかんだで上手くやっているのが見て取れて笑ってしまう。
「助かります、正直人数集まる自信がなかったので、これで2人は確保です」
「いや、3人だろ?」
グノーの言葉に驚いてその顔を見やれば「俺も出る」と彼は言った。
「え? でも騎士団員以外の人の出場は原則禁止で……」
「ルールブック、ちゃんと読んだか? 一般参加の優勝者は二回戦大将としては出られないけど、配下としてなら出場権を与えられる。俺が一般人相手に負けると思うか?」
「一般参加の方は全く未チェックでした、それはとても助かります!」
「ちなみに俺とクロードはここイリヤでは少しばかり顔が売れすぎてる、顔は隠して参加させて貰う」
「顔を隠して? 覆面という事ですか? それは果たして大丈夫なのでしょうか?」
本来ならここにいるはずのない2人だ、それは致し方ないのかもしれないがそれでも少し不安を隠せない。
「クロードが配下に下ってるなんて知れたら、親衛隊の奴等が何しでかすか分かったもんじゃないからな……それに比べたら覆面参加くらいどうって事ないだろ」
「そういえば親衛隊ってなんですか? 同僚の少年に聞きましたけど、一体どういったものなのです?」
「知らなくてもいい、とりあえず面倒くさい奴等の集団だ、とだけ言っておく」
言葉を濁され、エディ君がそう言うのなら、まぁいいかと頷いた。
「これで3人確保です。あと7人……」
「ふん、まだいるぞ。おい、お前等どうせその辺で聞いてるんだろ、出て来い」
エディが声をかけると、天井の隅からひらりとふられた手。
なんだかこのシチュエーションには覚えがある。
「来てたんですね、お久しぶりです」
「あぁ、元気そうで何よりだ」
言って現れたのは、ムソンの民でここ数年一緒に働いていた男、カズイだった。
まだムソンを出てそんなに経っているわけでもないのに、ずいぶん久しぶりな気がしてしまう。
「あれ? ルーク君も?」
「旦那! グノーさんもお久しぶりっす!」
いつも元気なムソンの民、ルークは相変わらず元気だった。
「2人でまた仕事ですか?」
「仕事と言えば仕事だな。この武闘会、騎士団員は全員参加なんだ、もちろん俺達も全員強制参加だ」
「黒の騎士団……ですか?」
全身黒尽くめの彼等ムソンの民はブラック国王陛下指揮の下、諜報を生業とする裏の騎士達だ、武闘には精通しておらず、こんな大会に参加などしていると思っていなかったので驚いた。
「そうだ、とは言ってもやはり裏方だがな」
そう言ってカズイは事の説明をしてくれる。
元々この武闘会はブラックの兄が発案して二十数年前に始まり、試合をブラック以下ムソンの民が判定して団員を振り分け纏め上げているのだとカズイは教えてくれた。
ムソンの民は諜報の仕事を主としているので、そんな仕事もするのかと驚きを隠せない。
「元々黒の騎士団はブラック国王陛下直属の部隊だからな、命があれば何でもやるし、この大会ももちろん強制参加だ」
「でもこれ三年に一度ですよね? 私、三年前参加してないですよ?」
「お前は言っても正式メンバーじゃなかったし、覚えていないかもしれないが三年前はちょうどこの武闘会の時期が長男の出産に重なって、お前は仕事を控えていたから声がかからなかったんだよ」
そう言われれば確かに長男ユリウスの生まれた頃、村は何かとばたばたしていたような気もする。
「それではあなた達は試合の方ではなく、審査する側での参加なんですね」
「まぁ、そうだな」
本来はな、とカズイは続ける。
「二回戦、俺達もお前の配下につく」
「え?」
「友人が困っているのに放っておけないだろう? 俺達にだってその資格はあるんだから」
「いいんですか? それともこれも国王陛下の命令ですか?」
「命令じゃないっすよぉ~」
ルークはけらけらと笑った。
「おいらとカズイ兄さんで参加者募ったら、サクヤとカズサ姉さんが手を上げたんだけど、4人も抜けたら誰が審査するんだ! って、ボス困ってましたもん」
ルークは心底可笑しいという顔で笑い、エドワードも「いい気味だ」と笑う。
「これで7人、あと3人だな。3人くらいなんとかなるだろう?」
「えっと……たぶん恐らくは」
「歯切れが悪いな」
カズイは苦笑する。
「いや、だって本当にほとんど知り合いいないんですよ。試合を見ていて私の所に1人でも2人でも来てくれたら嬉しいですけど、そんなに上手くいくのか全く分かりません」
「そのくらい何とかなるだろ」とグノーは言うが、本当に大丈夫なのかと不安は隠せない。
恐らくエドワードやクロードが一声かければ人は集まるだろう、だがそれでは駄目だとナダールは分かっていた。そんなおんぶに抱っこな状態で勝って役職を手に入れたとしても、下は自分に付いてこない、それが分かってしまうのだ。
二回戦目はもう一回戦が終わった時点から、いやむしろ一回戦時点から始まっていたのだ、人を惹きつける力、纏め上げる力、そういう物が試されているのだと気が付いてしまった。
だから一回戦目は勇猛に戦うのだ、人目を惹いて自分の力を誇示して他者を誘う。果たしてそれが自分に出来ていたかと問われると言葉に詰まる、そんな事に気付くのも遅すぎた。
「ま、なんとかなるさ」
グノーは笑って背を叩いたが、どうにも不安を隠せないナダールは曖昧に微笑んだ。
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