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第六章
大切な存在 ~王太子Side~
しおりを挟むその時のオリビアの顔が笑顔なのに泣きそうに見えて、このまま行かせてはいけない、と警鐘が鳴っている気がした。
「リチャード!馬を貸してくれ!」
「はっ!」
私はリチャードの馬を借りて、急いでオリビアを追いかける事にしたのだ。
「ちょ、ちょっとヴィル!どこに行くの?!」
「オリビアのところだ。君はリチャードに送ってもらってくれ。リチャード!後の事は頼んだ」
「お任せ下さい!」
それだけ伝えて馬を走らせた。後ろから聖女が何か言っていた気がするが、構わずオリビアを追いかける――――ようやく姿が見えてきた……前方で彼女が馬を上手に乗りこなしている姿を見て、沢山練習したのだろうなと思うと、無性に愛おしさがこみ上げてくる。
聖女が言っていた言葉が浮かんでくる。
『その子、よくグレなかったわね』
『そんな小さい頃からやらなきゃいけない事ばっかりやらされてたら、息が詰まって生きるのしんどくなっちゃう』
そうだ、彼女は努力家なのだ。
自分のやるべき事を一生懸命にやり続ける。だからこそ危ういところもあるが、文句も言わずにやり続ける事は誰にでも出来る事ではない。
私は今までそんな彼女の努力に見向きもしてこなかった。自分もやっているのだから当たり前に出来る事だと思っていたのだ。
でもそれは……全然当たり前の事ではなくて、頑張り続けた努力がオリビアの愛で、それを踏みにじったのならその愛を失っても仕方ない。
それでも、私の前からいなくなったりはしないでほしい。
今までみたくバカな事を言って笑い合う関係でもいいから、距離を置かないでほしい。
やがて彼女の乗っている馬のスピードが落ちてきたので、ここが目的地だと思い、私もスピードを落とす。私をアングレア兄妹だと思っているのか、私の声を聞いて驚ているようだったが、オリビアから拒絶の言葉が出てくるのが怖くて顔を直視出来ないでいた。
お互い行き違いがあったが、話していくうちにバカらしくなった彼女が、苦笑いする。
「ふっ…………私たち、久しぶりに会って何の話をしているのかしら。バカみたいだからこの話は終わり」
この時のオリビアの表情がとてつもなく可愛くて、堪らなくなった私は、彼女を腕の中にすっぽりとおさめた。そして久しぶりに会えた事を実感し、さらに腕の力を強めて抱きしめると、自然と心の声が漏れてしまうのだった。
「はぁ…………会いたかった……」
本当に長かった。1か月半会えなかった日々は息も出来ないくらい息苦しい日々――――やっぱり私はオリビアを諦められる気がしない。
他の男の名前が出てきてモヤモヤするくらいなら、自分を好きになってもらう為の努力をしよう。
「オリビアにはいつもそのままでいてほしいって言ってきたけど、やっぱり止める。私を好きになってほしいから、もっと努力するよ」
私がそう言うと、キョトンとした表情で「え…………努力って?」と聞き返してくるので、これ以上は堪えられずに彼女の可愛らしい小さな唇を塞ぐ事にした。
初めてかわした口づけはとても甘くて、いつまででも味わっていられるような、もっと欲しくなるような、今までの人生で一番幸せな瞬間になったのだった。
~・~・~・~
あの後聖女が公爵邸に突撃してオリビアと仲良くなったり予想外の事が起こったが、割と穏やかに日々は過ぎていた。
爆発騒ぎの後の教会は大人しく、聖女の行動に対しても彼女の意思を尊重する動きを見せたりしていた。
聖女の方もオリビアという友達が出来たのもあって、この世界で順応していく為の努力をしているように見えた。
直接彼女に元の世界に帰る手立てはない、とは伝えていないが…………今は聖女の努力に水を差さない方がいいだろうと判断した。
そして私は聖女のお世話係を卒業し、これで仕事にも専念出来ると、オリビアに会いに行く為に日々仕事を早めに終わらせ、ようやく数日後には公爵邸に行けるだろうと思った矢先の出来事だった。
陛下に大事な書類を渡しに行こうと王宮を歩いていると、そこに聖女が突然やってきて、私に教会の苦情を訴えてきたのだ。
「ちょっとヴィル!せっかく暇が出来たからオリビアのところに行きたいのに、教会の人が誰もいないんだけど~」
「…………相変わらずうるさいな。誰もいないなんて事はない。誰かしらいるはずだ、君がしっかり探していないだけでは?」
これ以上厄介事は御免だと言うのに…………
「そんな事ないわよ!大司教様も誰もいないの。さすがに誰にも告げずに公爵邸は行けないのよね……」
「大司教も?」
私と聖女が廊下で話していると、父上の執務室から出てきたクラレンス公爵がこちらに向かって歩いてくる。
「おや、お二人で何のお話ですか?公爵邸と聞こえたのですが」
「あ、こんにちは!今日オリビアのところに伺いたいのですけど……大丈夫ですか?」
?…………なんでクラレンス公爵にはこんなに畏まった態度なんだ?
「いつもオリビアと仲良くしてくださって、ありがとうございます。ですが今日はオリビアはボゾン子爵家でのお茶会に呼ばれているんですよ~」
「え、そうなんですね!そっかー……残念」
「ボゾン子爵家に?オリビアと何の繋がりが?」
突然のボゾン子爵家の名前に驚いて聞いてしまった。ボゾン子爵家という事はレジーナ嬢か……母上のお茶会によく出ていた女性だな。
レジーナ嬢とは幼い頃、よく遊んだ記憶がある。
子爵家が母上のお気に入りだったからよく王宮に来ていて遊ぶ機会が多かったのだが、母上に嫌われている自分があの人のお気に入りの女の子と遊ぶ事に違和感を覚えて、徐々に遊ばなくなったのだった。
「主催はブランカ嬢のようで、建国祭の祝賀パーティーであのような騒ぎを起こした事を謝罪したい、という内容だったはずです。私も正直気が進まなかったのですが、イザベル嬢も一緒だと言うので」
「…………………………」
あの時の事か。確かにあれは陛下も来ていて大きな騒ぎにはなったが、あれは私の対応も良くなかったのに、オリビアだけが矢面に立たなければならない事に後悔の念が先立つ。
「そうだ!公爵様、オリビアに言伝をお願いしたいのです。以前私が力を使ってあげた貴族を調べてあげると言っていたのですけど、日記を見たら今話していたボゾン子爵家にも行っていたんですよ」
「聖女様の力を領地で使ってもらった諸侯、という事ですよね?」
「そうです、領地だけじゃなくてお屋敷でも力を使ったんです。とても植物が沢山あるお屋敷で素晴らしくて……力の使いがいがありました。なんと地下室にもあるんですよ!」
聖女はその時の事を嬉々として話していたのを話半分に聞いていたら、地下室という言葉に反応してしまう。地下で育てられる植物など存在するのか?私は不思議に思って公爵と顔を見合わせた。
「地下室……それはあなたの力を使ったら喜ばれたでしょう。そこではどんな植物が育てられていたのですか?」
「確か鮮やかな青色の花で……とっても綺麗なお花です!その花ばかり壁一面に栽培していてちょっと怖かったんですけど、この苗で商売をするんだと言っていたので、沢山増殖してあげたんです!泣いて喜んでいました~でも地下室はすっごく寒いのであまり長居が出来なかったんですけど」
おそらく私と公爵の考えは一致しただろう。これは嫌な予感しかしない。
そこへゼフからの伝書鳩が飛んでくる――――嫌な予感は確信へと変わっていった。手紙にはオリビアとイザベル嬢が子爵家の中で失踪と書かれている……手紙の内容を見た公爵がすぐさま動いた。
「陛下に知らせて来ます!そして私もボゾン子爵家に向かいます!」
「頼む、私はニコライに伝えた後向かう!」
「ちょ、ちょっとどういう事?!」
事情を飲み込めていない聖女に話している余裕はない――――――もし私の考えが正しければ、オリビア達は――――
「君は公爵の馬で来てくれ。オリビア達の危機だ」
端的にそう伝えると執務室に走り、ニコライに事態を伝えてリチャードにも伝えるように頼んだ。
まさかあの家でデラフィネの花が栽培されていたとは…………そして沢山増殖されてしまったという事は………………まずい、非常にまずい。
私は自分の手が震えているのを見て、彼女を失うかもしれない恐怖に変な汗が流れてくる。
あの劇薬が使われていない事を祈りながら、とにかく一刻も早く着く為に馬を必死に走らせたのだった。
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